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dear…  作者: 平平方
最終章Ⅰ
2/43

002

 〝ここ数日物騒なニュースが続いていますが、日本支部はどうなってしまうのでしょうか?〟


 〝今回の件には双葉総帥も頭を抱えているでしょうねぇ〟


 〝情報によると総帥と警視庁のやりとりでもなんらかのトラブルがあったとの見方ですので、政府内部でも摩擦が生じているのは間違いありません〟


 〝この件に関して双葉総帥に対する不信感を募らせている人も少なからずいるわけで…〟


 日本によくある形のマンションの一室。


 そこそこ大きめな55インチテレビの中で、自称専門家や芸能人がニュースを取り上げるモーニングショー。


 そんな彼らの台本通りのやり取りを、リビングのソファから崩れ落ちるように眺める黒髪の男は、心底つまらなさそうにしながらも、真っ黒な瞳だけはしっかりとテレビに固定されている。


「も〜、(りっ)くん、朝からだらしないよ!」


 ソーセージを焼く香ばしい匂いが部屋中に漂い、フライパンに油が跳ねる音が響く中、キッチンから微かに聞こえてくる声。


 声の主を探すように、テレビに固定していた視線を動かした黒咲律(くろさきりつ)は、キッチンで朝食を作る金髪の女性へと力なく笑って見せた。


「今朝まで仕事でさっき帰ってきたんだ。今日は多めに見てくれると嬉しいんだが」


「でも結局逃げられたんでしょ〜?大丈夫?総帥に怒られてない?」


「逃がしたのは俺じゃなくてバカ夫婦だ。俺は何も悪くない」


「バカ夫婦…?夫婦でケーサツしてるなんてすごいね!」


「…まぁ、そんなところだ」


 深くは語らない黒咲。


 それもそのはず、彼は日本支部の政府側の人間で、そんな黒咲の妻である彼女はごく普通の一般人。


 当然の話だが、そんな奥さんに向かってこの国の裏事情なんて話せるわけがない。


 黒咲が話すバカ夫婦というのは、紅桜家の連太郎と加奈のことだが、それを知らない彼女は夫婦で警察をしているという話を聞いても、特に気にしたそぶりもなく料理を続けている。


 昨日は黒咲もグール騒動に駆り出され、朝まで仕事をしていた。


 おかげで朝に帰宅をしたと話す黒咲は、徹夜1日目でかなりお疲れのご様子だ。


「やっぱ三十半ばにもなって徹夜なんてするもんじゃないな…体が重い」


 若い頃はオールだなんだ!と楽しんでいたが、今はそんなことできる歳じゃなくなってしまった。


 なんてったって三十半ばだ。

 体力全盛期の学生時代とは訳が違う。


 〝歳〟というものを痛感する黒咲は、気づけば変わっていたニュースの話題へと意識を向ける。


 〝今日は異能王の空中庭園で戴冠16周年の記念パーティが行われるそうですね!〟


 〝そうなんです、このパーティはごく一部の報道機関と、異能王が直々に招待した著名人しか入場できないんですよ!行ってみたかったなぁ、招待されてる人はどんな人なんでしょうね?〟


 〝いやぁ、暁悠馬(あかつきゆうま)が異能王になってからもう16年かぁ、日本人初の異能王として、その名に恥じない働きっぷりですよねぇ〟


 日本支部の不穏な話題と違い、コメンテーターたちは打って変わって盛り上がりを見せている。


 暁悠馬。

 現異能王、9番目(10番目)の王位継承者にして日本支部出身の覚者。


 レベルは全くもって不明だが、レベル10以上の数字が存在するなら、彼が間違いなくレベル99(超越者)だろうという話しすら上がる人物だ。


 同じ日本人として初の異能王である彼の話題とあってか、コメンテーターたちの表情もかなり和らいで見える。


 実際、彼のレベルは99で、人という枠組みを超越している。


 そんな悠馬と黒咲は、高校時代に何度か顔を合わせたことがあった。


 あまりソリが合うタイプではなかったが、高校時代悠馬の恋人に世話になった記憶がある黒咲は、それなりに悠馬のことを評価している。


「暁悠馬、今年で戴冠16周年なんだ〜、すごいよね、うちらの誇れるところって、暁悠馬と同い年だったことくらいだよね!」


 キッチンからテレビを見ていた黒咲の妻、花音(かのん)は悠馬の話題に反応する。


「花音は会ったことないだろ。そもそも学校違うし…」


 誇れるだなんだと言ってるが、そもそも会ったことないじゃん。


 そもそも学校だって違ったし、出身地だって違う。

 何なら学校は本土と異能島で完全に隔絶されてるような状態だ。


 共通点は本当に同い年だっただけなのに、なぜかそれをステータスのように誇らしげに思っている花音に、ついついツッコミを入れてしまう。


「えーいいじゃん!律くんは会ったことあるんでしょ!?だったら私も会ったようなものじゃん!」


「なんだその友達の友達は友達みたいな理論…初めて聞く」


 なんで自分は会ってないのに旦那が会ってたら会ったことになるんだ。


 ってか会ったって言っても17年前に会っただけで、それ以降顔だって合わせてないぞ。17年も会ってないのだから、もはや悠馬と黒咲の関係は顔見知り程度だ。


 黒咲は表舞台で活躍をするような異能じゃないし、基本的に裏方が多い。


 対する悠馬は異能王だから公務で表立って行動することが多く、頑張らなければ顔を合わせる機会だってない。


 別に野郎の顔なんて興味ないし、顔を合わせたところで特に何もないと考えている薄情な黒咲は、ふとテレビ画面の横に立てかけてある、白色の封筒に金色の封蝋が施された手紙を目撃し、硬直する。


 いつもは何が置かれていようが気にしてなかったが、今日は何故かその金色が目についた。


 この手紙は一体いつから飾ってあったんだ?


「花音、あの手紙みたいなのなに?」


「あー、2ヶ月前くらいに届いてたんだけど、世界保安協会からのお手紙だよ〜。封筒オシャレだから記念に飾ってるの!めちゃ高級そうだよね〜、紙質が違うっていうか、なんていうか!」


 全く気づかなかった。


 普段から自宅に無頓着の黒咲は、家事系は専業主婦の花音に任せっきり。


 部屋の掃除だって、手紙や年賀状だって花音にお願いして処理してもらっている社会不適合者の黒咲は、世界保安協会と聞いて口をあんぐりと開けた。


「ちょっとやばいかもな…」


 世界保安協会というのは、アメリカ支部や日本支部など総帥が運営する大元の協会を指し、そのトップは異能王。


 そして総帥と直々に働いている黒咲は、一応世界保安協会・日本支部で働いているということになり、これは所属会社からの手紙を、2ヶ月間未開封のうえ放置していたことになる。


 そもそも高校時代から日本支部に属していた黒咲が、過去こんな手紙を受け取ったことは一度もなく、そこから考えられる可能性は、この手紙がとても重要な内容だということだ。


 今から開封しても大丈夫なものか?


 それとも最初から届いてないことにして捨ててしまうか?


 自分が世界保安協会からの手紙を2ヶ月も完全無視していたと気づいてしまった黒咲は、立ち上がるとすぐに手紙を手にし、数秒間考え込む。


「一応聞くけど、開けてないんだよな?」


「もちのろんであります!不審な郵送物は決して開封しません!」


 いや、これは開封するか、なんか届いてるって伝えてよ。


 世界保安協会からの手紙を不審な郵送物と評した花音に若干呆れつつ、意を決して封を切る。


 中身が期限切れのものであれば、確認した上で捨ててしまおう。後で何か聞かれたら届いてないことにすればいい。


 出来れば何でもない手紙であってくれ。


 そう願いながら手紙を取り出すと、ボルドーカラーの紙に、黄金色の文字が記された1枚の紙が出てくる。


 その紙からは葡萄のような芳醇な香りが漂い、黒咲はこの手紙がある程度重要であることを悟り文字を読む。


「招待…状…」


 彼が手にしている手紙には、異能王戴冠16周年 記念パーティーへのご招待と記されている。


 …いやなんで?


 黒咲の頭には真っ先にその疑問が浮かぶ。

 それもそのはず、彼は一言で言い表せば自由人。


 相手がどこの王族だろうが格上の人間だろうが、嫌いであればはっきりノーと答えるし、悠馬には真っ先に死にそうなどと無礼な発言を残している。


 だからこれまで正式なパーティーやイベントごとには、問題の火種を作る可能性があるということで必ず呼ばれなかったし、黒咲自身もそれをわかっているから、何で自分がパーティーに誘われないんだと怒ることもなかった。


 遠回しにパーティーへの出禁が日本支部側で決められている黒咲に届いた、記念パーティーへの招待状。


 空中庭園までは総帥邸にあるゲートで行けるから問題ないし、パーティーまではあと8時間ほど余裕があるから遅刻することもない。


 さてどうしたものか。


 手紙の中には、同席者は婚約者のみ参加可能と書いてあるため、嫁の花音も連れて行けるわけだが、人生初パーティーが異能王の記念パーティーは不味くないか?


「えっ!?律くんそれ招待状だったの!?」


 黒咲がパーティーのことで考え事をしていると、いつの間にか朝食を作り終えて運んでいた花音。


 横から手紙を覗き込まれていた黒咲は、悲鳴にも近い声を聞いてビクッと震える。


「あ、ああ…まさか異能王から直々に招待が来るなんてな…」


 悠馬とはお世辞にも良好と言える関係ではなかった気がするが…気のせいか?


 否。気のせいではない。


 初対面で自ら喧嘩をふっかけ、悠馬と口論になったのが17年前で、そんな事ほとんど忘れてしまっている黒咲は、思い出補正で美化された結果、まぁそこまで仲は悪くなかったんだろうと思うことにする。


 過去を思い返す黒咲の横で、花音は目をキラキラさせながら待機していた。


「え、行きたい行きたい行きたいぃぃ!律くん行こ!?異能王から直々の招待とか、超すごいことじゃん!」


 一般人の花音からしてみると、異能王の記念パーティーにお呼ばれするのは大変名誉なことだ。


 異能王の記念パーティーは、一般人が行きたいと思って行けるようなものではなく、異能王が直々に選定した人々が招待されるからだ。


 もちろん中には重鎮だからという理由だけで呼ばれる人もいるだろうが、その中に一般人なんて紛れようがない。


 元々パーティーというキラキラした所に興味があるのか、部屋にあったサングラスを掛けてセレブのようなポーズを取り始める花音は、もうすでにウキウキ状態。


 これはもう、パーティーに参加するしかないだろう。


 各国の重鎮やお偉方が参加する中で、招待された一般人が不参加なのは無礼に当たるだろうし、招待された側としても最低限のマナーというものがある。


 普段の黒咲ならばこんな招待状無視していつもの日常を送っていただろうが、これが悠馬からの招待であること、そして妻の花音が行きたがっているということもあり、パーティー参加を決意する。


「そうと決まればドレスを買いに行かないとな」


「あ、そうじゃん!やっぱり貴族みたいなエレガントなやつ!?中世ヨーロッパみたいな感じに揃えちゃう!?」


「いや、俺はスーツ着るから」


「えーでも、もちろん私の買い物はついてきてくれるよね?」


「時間もあるし、いいよ」


 1人でドレスを買いに行きたくないのか、一緒に行こうと話す花音に快く答える。


 正直寝不足だから寝ていたいが、これは結婚した後に生じる義務というやつなのだろう。


 1人でいるときと違って、相手を尊重する、思いやるということを学んでいた黒咲は、言われるがまま外出の支度を始める。


「まさか律くんが異能王から直々に招待されるとはね〜」


「俺も驚いてる。なにしろ十数年会ってないからな。完全に忘れられてると思ってた」


 何で今更招待されたんだろうか?


 最後に話してから17年も経過しているのに、何かあったのだろうか?


 一抹の不安を抱きながらも、初めてのパーティーの誘いに浮き足立っている黒咲は、ズボンを履きながら花音の作った朝食、タコさんウィンナーをつまむ。


「楽しみだなぁ!パーティー!」

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