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dear…  作者: 平平方
最終章Ⅰ
13/43

013

 日本支部総帥邸付近。


 新東京と旧東京のちょうど境付近にあるその区域は、オフィス街ということもあり夜は静かになる。


 眠らない街、東京なんて言ってるが、総帥邸付近は他国のお偉方も宿泊したりするため、基本的に定時退社がルールみたいなものなのだ。


 時刻は午前0時を周り、オフィス街は電気すら付いていない。


 有名な24時間チェーンやコンビニエンスストアの明かりが夜の街を照らし、街灯が星を見えづらくする。


 そんな中を、1人の男が闊歩する。


 彼の名前は来須彰人。


 日本人によくある黒髪に、平均的な身長の彼は、指先で何かを動かすようなジェスチャーをしながら歩みを進める。


「バカだよなぁ。ホントに。どこの国のお偉方も、今日は国を放置してオークションに参加してるんだから、俺みたいな奴がいたら帰る場所がなくなっちまうぜ?」


 各支部の総帥も、神器が国力に直接反映される以上、ワールドアイテムは喉から手が出るほど欲しい。


 破壊と再生を可能にする、シヴァの結界は花蓮と悠馬が契約しているためオークションに出る可能性はゼロだし、全知全能の神ゼウスはエスカと契約しているため、こちらも契約は不可能。


 ポセイドンのトリアイナやアテナのエジオスなんかは契約はないがアメリカ支部が保有しているし、今どこの国にも属していないワールドアイテムは、オーディンのグングニルくらいだ。


 だからどこの国も血眼になってオークションに参加しているのだが、来栖の言うとおり、今日こそが国家転覆には最適な日だ。


 なにしろ国の中枢が欠けているのだ。

 今襲撃すれば、やりようによっては国のひとつくらい崩壊させれるだろう。


 しかし来栖は、そのチャンスを別の方向性で使うことにした。


 異能王がオークションに赴き、邪魔されないことが確定しているこの数時間が、彼に許された最初で最後の時間。


 この国で容赦なく異能を振るい、決着をつけるためにはオークションの数時間の時間があれば十分だ。


 人通りのない大通りを歩く来栖は、総帥邸の前に辿り着くと立ち止まった。


 真っ白な宮殿のような作りの建物を守るように、5メートル近い壁が周囲一帯を覆い、唯一車両が出入りできる正門は、黒門で閉ざされている。


 そしてそんな黒門を警備する人物が2人。


 警備服に身を包み、しっかり門の前に立っている2人を見た来栖は、その雰囲気から瞬時に何者なのかを察し、ニヤリと笑みを浮かべた。


「まさかこの国の裏が警備してるとは…これは想定外だ」


「こんばんはぁ、来栖パイセン。何かご用ですかぁ?」


 警備員の雰囲気、佇まいから只者ではないことを感じ取った来栖は、深く被った帽子を脱いだ金髪の男を見る。


 金髪の男は、脱いだ帽子を片手でクルクルと回し、もう片方の手でサングラスを装着する。


「来栖彰人。ここから先は侵入禁止だ。お引き取り願おう」


 連太郎が素顔を晒すのを見ていた雷児は、呆れたように帽子を外して帰宅を促す。


 来栖は未だ、グール事件の犯人と確定したわけじゃない。


 偶然居合わせただけの可能性もある以上、先制攻撃ができない2人は、動こうとしない彼の動向を見守る。


「悪いんだけどさ、俺はお前らに用ないんだわ」


「それはつまり敵対意思アリってことでOKかぁ?」


「敵?敵ねぇ?お前らが敵と呼べるほどの実力があるのかは知らないけど…とりあえずその門は通させて貰おうか」


 連太郎と雷児を前にして、特に動じた様子のない彼は平然と話す。


 その直後だった。


 雷児は来栖が敵対意思ありとの判断で、電撃を放つ。


 バチっと大きな音を立てた電撃は、白に近い黄色の雷を迸らせながら来栖へと向かう。


 しかしその電撃は、来栖の前に割って入った黒い物体に打ち消された。


 肉が焦げたような臭いとともに、周囲に煙が充満する。


「おいおい、あんまり大きな音出すなよ。大事になるとギャラリーが増えちまうだろ。俺は別に構わないけど。お前らギャラリー守りながら俺と戦うつもりか?」


「傀儡術…厄介だな」


 動物のようなナニかを盾にして電撃を防いだ来栖は、レベル10の攻撃に驚くことも焦ることもなく、淡々と話す。


 来栖彰人。


 本来であれば、異能祭のフィナーレに出場するはずだった人物で、順当にいけばフェスタの代表選手にも選出される予定だった。


 しかし夏葉を殺害したことにより、彼は本当の力を見せる前に表舞台から去った。


 ここからは完全に未知数だ。


 傀儡術という特殊な異能の都合上、レベル10の使用者は来栖以外存在しないとまで言われているし、彼自身異能を高校時代から派手に使っていないため、情報が少なすぎる。


 唯一わかっていることといえば、当時の時点で戀と同レベルの実力だったことくらいだ。


 動物をグールとして使役し、傀儡術で扱っているのは判明しているが、まさかこれだけ素早く操作できるのは想定外だ。


 電撃よりも早くグールを操作できることが判明し、雷児は気を引き締め治す。


 数秒の沈黙。


 雷児が傀儡術を警戒し、連太郎が顎に手を当てて何かを考える中、動きをとったのは来栖だった。


「動く気ないならこっちから行くぞ?この日のために準備してきたんだ。お前らレベル10が2人いたところで状況はかわらねえよ」


 来栖がそう告げると同時に、連太郎はハッとしたように顔を上げる。


「雷児、ちっとこれは分が悪いぞ」


「どういうことだ?」


 さっきから考え込むような仕草を見せていた連太郎の発言に、一歩後ずさった雷児が尋ねる。


()()()()。それも大量の何かが」


「おっ、耳がいいね。俺の奴隷はたくさんいるよ?下にも上にも、どこにでも」


 来栖はこれまで、単体でしかグールを使ってこなかった。


 そこから彼らが導き出した答えは、複数の扱いはそこまで得意ではないという可能性、もしくは数に制限があるという可能性。


 しかしそのどちらも、来栖が準備した用意周到な罠だ。


 人間は自分の都合のいいように物事を解釈しようとする。


 来栖はその心理を利用し、そこまでの脅威を植え付けないよう、うまく戀だけを挑発し、他の人たちには大した脅威ではないと認知を植え付けた。


 結果、来栖への対応が後手に回っている。


 来栖が現れてから感じていた違和感。


 いや、もっと前から少しの違和感があったが、数日間の警備の末完全に見落としてしまった。


 地下の下水道を流れる下水の音の中に、何かが流されるような音。


 それは連太郎の聴力強化でも聞き取るには難しい音ではあるものの、来栖は傀儡術で操っている何かを、下水道を通すことで最も効率よく運搬していた。


 地上を歩いて動いているのであれば、連太郎だってすぐに気づけた。


 しかし下水道を身動き取らずに流れる物体をいちいち補足するのは至難の業だ。


 小さな違和感。

 下水を流れる音に混じるノイズに今気づいた連太郎は、2人では覆せない数の暴力が下にいることを悟る。


「でもさぁ、下にばっかり意識を向けてると、上からも攻撃がくるぜ?」


「っ!?」


「連太郎!」


「GYA A A!」


 来栖が空を指さすと同時に、巨大生物が上空から降ってくる。


 それのサイズは9メートルほどの何かで、翼を持つ生き物の中で、これほど大きな生物を現代では見ることはできない。


 上空からの攻撃をギリギリのところで回避した連太郎は、目の前に降り立った生物を見て、苦笑いを浮かべた。


「オイオイ…タイムマシンで白亜紀に行ってきたのか?」


「プテラノドン…」


「アカツキエモンに頼めば捕まえてきてくれそうだな」


 誰がアカツキエモンだ。

 この場に悠馬がいたらツッコんでいたことだろうが、ツッコミ不在の現場は混乱している。


「プテラノドンは中生代白亜紀後期に生息していた翼竜だ。ちゃんとそう言え、失礼だろ」


「おいおい、白亜紀は合ってんだからいいだろうがよ!細えこと気にしてるとモテねえぞ!」


 白亜紀と言ったら細かな指摘を受けた連太郎は、不服そうにプテラノドンに向けて木の根を伸ばす。


 しかしプテラノドンは、そんな気の根っこなど気にしたそぶりもなく空を飛び、難なく木の根から逃れる。


「まるで生きてると錯覚するほどの身のこなしだな」


「俺の異能を見るのは初めてか?桜の人間」


「ああ。催眠や洗脳は見てきたが、傀儡術は初めてだ」


 正直その辺の中上級程度の犯罪者と同レベルだと思ってたが、この傀儡術のスペックは、総帥に匹敵すると言っても過言ではない。


 油断していないつもりだったが、来栖彰人という人間を対策するためには、想定外を想定し行動することが必須条件だろう。


 彼は傀儡術という異能が強い上に、戦闘IQが高い。

 常識的に考えて行動する人間ならば、今の時点で詰んでいてもおかしくないくらいだ。


 来栖は警戒心をむき出しにする2人と会話を交わしながら、指先を動かす。


「警戒したって無駄だろ。お前らがいくら特別な訓練を受けていようが、所詮人間だ」


「ずいぶん舐められてるみたいだなぁ、俺たちはお前にとって、脅威に見えないか?」


「もちろん。だが俺だって好き好んで人を殺したいわけじゃない。今日一晩邪魔しないって約束するのであれば、見逃そう」


 思っても見ない提案。

 連太郎と雷児を前にしても、自分が圧倒的強者であるという揺るぎない自負を持っている来栖は、邪魔をしないなら見逃してやると提案をする。


「いやぁ、見逃してもらっちゃうと、来栖パイセン生きての捕獲が無理になっちゃうんだよなぁ」


「そうだ来栖。俺たちはお前を殺したいわけじゃない。だがこの中にいる奴は違うんだ。だから大人しく俺たちに捕まってくれ」


 連太郎と雷児は、来栖を殺すためにこの場に訪れたわけじゃない。

 彼らの任務は彼の生きたままの拘束だ。


 それに戦って気づいたが、来栖の異能は研究価値が非常に高く、更生すれば日本支部側の人間としてかなり有力な駒になる。


 傀儡術が動物や死体を自由自在に扱えるという都合上、彼の異能一つでスパイも内部崩壊も容易く起こすことが可能になるため、更生することを第一に考えている2人は、これ以上先に行くならそこで死が待ち受けていることを伝える。


 そう、この先に行けば、来栖を生きて拘束したい2人と違い、ただ単純に殺したいだけの戀が現れる。


 アレは来栖の異能的価値なんて全く見ようともしていないし、過去の出来事しか見えていない。


 だから来栖が戀と出会えば、殺されておしまいだ。

 グールを東京都内に放っただけで殺されるのは、あまりにも不釣り合いだろう。


 来栖は2人の話を聞いて、小さくため息を吐く。


「平行線だな。お前らの意思と戀の意思が違うのはわかった」


「…死ぬつもりか?」


「…俺が?死ぬ?なぜ?」


 側から見れば、自殺行為だ。


 少し頭がキレて総帥と同程度の実力があったって、戀に勝てないと判断するのは、当然のことだろう。


 雷児の質問に対し、自分が負ける可能性など微塵も考えていないのか、来栖は首を傾げて見せる。


「戀パイは攻撃通んねえだろ?だから理解できないんだよ、お前がやろうとしてること」


 そう、彼にはアキレウスの結界がある。

 これこそが戀の負けるイメージができない最大の理由だ。


 いくら頭脳明晰だろうが、他の支部の総帥だろうが、高校時代の暁悠馬ですら破れなかった最高峰の防御。


 もちろん、そんなこと高校の同級生である来栖が知らないはずもないだろうが、アキレウスを知っているのと防御を破ることができるのとは全く別の話だ。


 来栖は連太郎の質問に対し、数秒間黙り込む。


「なるほどな。でも残念、種明かしをしてやるつもりはないんだ。対策済みとだけ教えてあげとくよ」


「はは、そうかい。ならばそろそろ…重傷負わせてでも止めるぞ」


「死んでも恨むなよ、来栖」


 生半可な攻撃じゃ通用しないことが判明した以上、無傷での拘束は不可能。


 戀に見つかる前になんとしてでも来栖を確保したい2人は、互いに異能を発動させ、来栖を睨む。


 しかし来栖は、2人が本気になったというのに、焦ることなく大きく一歩を踏み出した。


「もういいよ、ボタン押しちゃって」


 来栖が一歩踏み出すと同時に、そう呟く。


「?」


「…は?」


 その発言を聞いた雷児は首を傾げたが、連太郎は何かに気付いたのか、ガバッと振り返った。


 指示を出したのは来栖だった。


 それがなんのボタンなのかは知らないが、そんなことは今どうでもいい。


 問題なのは聴覚強化で聞こえた、ボタンを押す音が総帥邸の中から聞こえたということだ。


 それは来栖の仕向けた内通者が、すでに総帥邸内にいるということ。


 違和感はあった。


 なぜ彼は一目で、この国の裏の人間が警備をしていると気付いたのか。


 なぜ戀の意思を知っているような口振で話していたのか。


 至る所にヒントが散りばめられていたというのに、完全に見誤っていた。


 連太郎が総帥邸に意識を向けている最中。


 来栖が置いていたプテラノドンは腹部を発光させ、大爆発を起こした。

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