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dear…  作者: 平平方
最終章Ⅰ
11/43

011

 新東京、港区にある高級タワーマンションの最上階へと訪れた悠馬たちは、その気品溢れるフロアに興味津々だ。


 結婚してからこの方16年、別荘は購入したもののタワーマンションの購入経験がないのが暁悠馬という男。


 そもそも彼は現在、日本支部に家を所有していない。


 別荘にだって数年に1回しか行けないほど多忙を極め、1年のほとんどを空中庭園で過ごしている悠馬にとって、日本建築のタワーマンションは珍しいものだろう。


 タワーマンションは一般的なマンションのように共用廊下は吹き抜けになっているとばかり思っていたが、さすがは〝高級〟とつくタワーマンションなだけあって、最上階は共用部分も完全屋内だ。


 八神の部屋は最上階の50階だと聞いて、エレベーターに乗り込んだが30階までしかボタンはなかった。


 30階よりも上層の階に行くには別のエレベーターに乗り換え、専用のカードキーか31階以上にお住まいの方から、セキュリティ解除をしてもらう必要があるくらいしっかりしている。


 これは一軒家なんかよりもセキュリティ面で遥かに安心できるな。


 伊奈姫邸なんかは警備員もガッチガチだから別格の一軒家だが、私的な警備員を雇えない一般家庭や裕福な家庭からすると、この高級タワーマンションは感動するほどセキュリティ面が万全に感じる。


 もちろん悠馬だってそうだ。


 自宅が空中庭園(お空の上)だからセキュリティなんてないし、そもそも攻め入られる事もないため、こんなにしっかりしたセキュリティを見ると感動してしまう。


 八神がこんな高級なタワーマンションに住んでいることを羨ましく感じる悠馬は、夕夏と一緒に石畳でできた廊下を歩き、目的の部屋の前で立ち止まる。


 最上階は長い廊下が十時型に分かれているだけで、部屋はたったの4室だ。


 つまりこの階層には単純に4組の家庭しか住めないことになる。


 どれだけ部屋大きいんだよ。


 意外と庶民的な思考を残している悠馬は、そんなことを考えながらインターホンを鳴らす。


 よくあるチャイムの音が共用廊下に響き、すぐに反応がある。


「はいほーい…って、清、カメラ越しにバチボコイケメンいるんだけど、コレヤバくない?見て見て」


 クソ、カメラのところ抑えてインターホン鳴らすべきだった。


 インターホン越しに聞こえてくる高校の頃と変わらない美沙の声に、頭を抱える。


 頼むから旦那がいる空間で、他の男をバチボコイケメンとか褒めないでくれ。八神はあれでいて冗談通じないタイプなんだよ。


 まさかインターホンを鳴らしただけで地雷を踏み抜くとは思っていなかった悠馬は、先が思いやられて既に帰りたそうだ。


「おい美沙、あんまりふざけた冗談言ってると帰るからな?」


「わーわわ!ちょい待ち!すぐ扉開けるから、夕夏、悠馬捕まえといて!確保ぉ!」


「え!?うん、わかった」


 冗談を言ってたら帰ると言われ焦ったのか、美沙は夕夏に指示を出して扉を開けに来るようだ。


 夕夏は美沙の指示通り、律儀に悠馬の腰部分に手を回し、しっかりと確保している。


「夕夏…」


「ご、ごめんね?でも美沙にお願いされたし…」


 夕夏は恥ずかしそうに謝罪する。


 従順で可愛いのな…

 まさかの親友からの指示だとはいえ、大人しく悠馬を抱きしめて捕まえている夕夏が愛らしい。


 これで30代って言うんだから、ありえないよな。


 亜麻色の髪に茶色の瞳、高校生の時から何も変わってない様子の夕夏は、物語能力で老化を阻止してるんじゃ?と疑いたくなるレベルだ。


 現に悠馬も、夕夏が歳をとっていないような気がして物語能力の使用を疑っている。


 夕夏のお母さんの優梨も見た目がかなり若かったし、美哉坂家の女性は歳を取らない特殊な異能でも保有しているのだろうか?


 そんなことを考えていると、重厚感のある黒い扉が開かれる。


「おっひさ!…って、夕夏顔真っ赤じゃん…どったの?」


 勢いよく扉を開いた美沙は、軽いノリの挨拶をした。


 挨拶をすると同時に、悠馬を抱きしめて捕まえる夕夏の顔が真っ赤なことに気づき、首を傾げる。


 夕夏はさっきの結婚の決め手の話で悠馬をすごく意識をしている状態だ。


 そんな状態で、捕まえておくためとは言えハグをしているのだから、純粋な夕夏が顔を真っ赤にするのは仕方のないことだろう。


 美沙はそんな2人の惚気たやりとりを知らないため、共用廊下でハグをして顔を真っ赤にしている変な人という認識だ。


「あの、他人の自宅の共用廊下でイチャつくのやめてもろていいですか?」


「ちょ…!これは美沙の指示で悠馬くんを捕まえてただけだよ!?」


「でも夕夏さんや、今すっごく破廉恥な顔してまっせ?」


「ちが…!」


 突然に共用廊下で旦那にハグをして、顔を真っ赤にする破廉恥な人という烙印を押された夕夏。


 諦めろ夕夏、美沙は元々そういう奴だったろ?


 コイツは高校時代から、こうやって人をからかって遊ぶ少女だった。


 特に夕夏は高校に上がりたての頃は子作り=キスだと思っていたくらいだし、美沙の格好の餌食になっていたのを覚えている。


「美沙、冗談やめてそろそろ中に入れてあげて」


「そうね〜、悠馬のせいでご近所さんからクレーム来たら嫌だもんね」


「おい、なんで俺のせいになってんだ…勝手に人のせいにするな」


 室内から微かに聞こえた八神の声に反応する美沙。


 そしてなぜかほとんどやりとりに関わってないのに、勝手に自分のせいでクレームになると言われた悠馬はかなり不服そうだ。


 おい八神!お前の奥さんなんとかしろよ!高校生の時から何も変わってねえじゃん!こどおばだよ!子供おばさん!


 心の中で、親友の奥さんにめちゃくちゃ失礼なことを言う悠馬は、美沙に室内へ入るよう促され、入った先の玄関で靴を脱ぐ。


 玄関はベージュがかった大理石調の床になっていて、室内のフローリングは焦茶色。


 一般の家庭によくある室内の雰囲気ながらも、かなり小綺麗で細部から高級感が滲み出ている廊下は、裕福な家庭を彷彿とさせる。


「ささ、どうぞ入ってください異能王様」


「そうだよ…もっと敬えよ…これでも一応異能王だからな?」


 ふざけながらペコペコ頭を下げて部屋の中へ案内する美沙に、冗談で返す。


「清〜、お客様連れてきましたよー」


「ありがとう。久しぶりだな、悠馬、夕夏さん」


「おう、久しぶりだな」


「久しぶり、八神くん」


 美沙に案内され辿り着いたリビングで待っていた白髪の男性、八神清四郎と挨拶を交わす。


 彼の外見は、高校時代と変わらず安定に容姿が整っている。


 これでいてアイドル狂いの変態野郎なんだけどな。


 心の中でそう付け足した悠馬は、懐かしい高校時代のメンツに少し嬉しさを感じながら、口を開く。


「高級タワマン買って、日本支部の隊長はかなりの高給取りみたいだなぁ?絶好調か?」


「いやぁ、異能王ほどじゃないよ。お前今年収いくらなの?億?」


「ギリ億行くくらいだなぁ」


「へ〜、ガキの頃だったら夢あるなって思うけど、今言われると夢ねえな」


「その発言で、お前との年収がさほど変わらないことに気づいた俺は今、ショックを受けているよ」


 八神に夢がないと言われ、日本支部陸軍でも数千万後半の年収は貰っているのだろうと悟り、ショックを受ける。


 チクショウ、異能王の年収もうちょっと上げろよ。


 おかげで朱理のためにオーディンの神器買うのだって、貯金全部なくなる覚悟なんだからな?


「まぁ座れよ。俺が励ましてやろう」


「野郎に励ましてもらう趣味はないんだ。悪いな」


 八神にジェスチャーで座るように促され、茶色の革製のソファに座る。


 夕夏は悠馬の横に座り、美沙は八神の横に座り、ちょうど向かい合った状態になる。


 すでに湯気の漂うコーヒーが4杯準備されている辺り、エレベーターのセキュリティ解除くらいのタイミングで準備してくれていたのだろう。


「それで?忙しいお前がここまで来たってことは、ただの思い出話しに来たってわけじゃないんだろ?」


「まぁな。久しぶりだから色々話したいことはあるんだけど、生憎公務だからな。まずはグール事件について何か知ってることはないか?」


「あー…」


 悠馬がグール事件を話題に出すと、八神は不都合でもあるのか、視線を逸らしてコーヒーを飲む。


「知ってて鎌かけてるのかはわからないけど、戀パイが陸軍にもグール制圧の依頼をかけたことか?」


「は…?」


 八神の発言に、悠馬は口をぽかんと空けて固まってしまう。


 何言ってんの?いやマジで言ってんの?


 戀がグール制圧のために日本支部陸軍にまで依頼をしていたなんて知らなかった悠馬は、不意打ちで頭が痛くなるような話を聞いてしまい硬直する。


 これまで日本支部陸軍が国内で大きな動きを見せたのは、新博多でのテロ以降、悪羅が国内で確認された時と、混沌の腕が奪われた時くらいだ。


 だというのに、たかだかグール事件ごときで陸軍にも依頼をかけただと?死人も出ていない事件だぞ?


 つくづくぶっ飛んでやがるな。


 鎌をかけたつもりはなかったが、真っ先に自白してくれた八神には、感謝しないといけない。


「もちろん断ったんだよな?」


「当たり前だろ。軍を動かすにはリスクが大きすぎるし、言い方は悪いが、そこまでの事件じゃなかったろ?」


「ああ…凶悪事件とは到底言えないレベルだ」


 私利私欲の為に陸軍まで動かしたとなると、本当に後戻りできなかったぞ。


 マジで記事にされなくてよかったな。


 これが週刊誌に掲載されようものなら、戀の総帥人生は速攻で終わっていた。


 そしてその依頼を断っていた八神には、グッジョブとしか言いようがない。


 お前、テストの点数は悪かったけどやっちゃいけないことはわかったんだな!道徳の成績は良かったんだな!


「なぁ悠馬、ぶっちゃけこの国本当に大丈夫か?戀パイ最近かなり怪しいぞ?お前が動いてるってことは、戀パイ見限ったってことだろ?」


 そう発したあと、「ここだけの話!」と付け足した八神は、どうやら戀のせいで日本支部がまずい状態になっているんじゃないかと心配しているようだ。


 実際のところ、世論はすでに傾きつつある。


 陸軍の隊長である八神が戀はやばいと感じるように、国民だってバカじゃないから、その不穏な空気を感じ取っている。


 この前週刊誌の記事にすっぱ抜かれたように、戀の問題行動は徐々に明るみに出てきていて、過去の話や陸軍にまでグール事件制圧の依頼をかけたという話も、遅かれ早かれ明るみに出る。


「見限った訳じゃないが、アイツ一人じゃ手に負えないんじゃないかと思ってな。最悪俺が動くことになるのは間違いない。現状正常な判断もできてないみたいだしな」


「そういうことか。まっ、お前が動くんなら心配いらないな。俺が何かする必要はなさそうだ」


「そうそう、悠馬が優秀なせいでうちの清は楽させてもらってますんで〜」


「あはは…悠馬くんが異能王になってから、戦争は起こらなくなったし、国同士の小競り合いも減ったからね…」


 悠馬が異能王になってから、各国の陸軍は実戦がなくなって平和に慣れつつある。


 ハードな訓練はしているだろうが、美沙の言う通り、悠馬のおかげで楽させてもらっている部分はあるはずだ。


「ところで陸軍繋がりだけど、南雲は何やってんだ?」


 ふと、気になったことを口にする。


 八神は高校卒業と同時に日本支部陸軍に入隊したが、同期に南雲もいたはず。


 南雲とは特別仲が良かった訳じゃないし、繋がりと言えば湊くらいだが、南雲の方はそろそろ入隊した本当の目的は果たせたのだろうか?


 南雲が陸軍を選んだ理由を知っている悠馬は、彼が何をしているのか訊ねる。


「南雲かぁ、一応他の部隊の副隊長してるけど、アイツは九州の方に行ってて、顔合わせないからなぁ…正確に何してるかまではわからないや」


「へぇ…」


 九州か。

 まだ陸軍を辞めてないってことは、犯人を見つけきれてないんだろうな。


 アイツのことだから、犯人見つけたら陸軍なんて続けなさそうだしな。


 南雲はストイックだが興味のないことには怠惰なため、間違いなく陸軍は向かないだろう。


 しかしアイツも副隊長とは、出世したな。


 彼は異能の都合上、唯一無二で最も効率的に国を堕とすことができるものだから、副隊長になるのも必然か?


 分身という異能と、摩利支天の結界という最高最悪の組み合わせの南雲は、セカイがなければ相手にしたくないレベルだ。


 分類上はレベル9の枠組みに入っているものの、それは測定の仕方で南雲の異能の真意がわかってないだけで、彼の異能がレベル10以上なのは確実だ。


 時間があったら、美月も連れて南雲に会いに行くのもいいな。きっと湊さんも喜ぶだろう。


 そんなことを考えながら、コーヒーを口へと運ぶ。

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