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dear…  作者: 平平方
最終章Ⅰ
10/43

010

「う…」


 随分と長い夢を見た気分だ。


 パラレルワールドから現実世界へ戻ってきた悠馬は、真っ暗な部屋のベッドの上で目を覚ます。


 少し、状況を分析しよう。


 星屑の全ての可能性=悪羅、もしくは暁悠馬が選択しなかった過去で、その世界を救う必要があるということ。


 これはさっきのパラレルワールドの出来事でほぼ確定した。


 あとはパラレルワールドの救済が完了した際は、速やかに元の世界に戻されるということ。


 ここで気になる点が一つ、失敗した場合はどうなるのかということだ。


 失敗=死なのか時間切れなのかはわからないが、いずれにせよ現実世界の時間は経過しているだろうし、結界が使えなかったことを鑑みても、シヴァの再生が使えないのはかなり不安が残る。


 今回は対象が八神だったから、殺し合いとまではならなかったが、相手が混沌クラスで殺意を持って敵対されたなら、こっちも怪我を負う覚悟が必要になるだろう。


 加えてパラレルワールドでの怪我は現実世界でも有効なのか。


 これは試しておくべきだった。

 再生が使えない上に現実世界でもダメージが蓄積されるなら怪我はできないし、無傷での救済が絶対条件になってしまう。


 他にも、悠馬がパラレルワールドに行ったことで、こちらの八神や通は、あちらの記憶を共有してしまったのかどうか。これも日本支部へ行った際に確認が必要だろう。


 それとどのくらいの時間が経っているんだ?

 長いようで短いパラレルワールド旅行だったが、おそらく滞在時間は2時間にも満たない。


 夜に空中庭園の寝室で眠ったことまで覚えている悠馬は、徐々に夜目が利いてきて、時計を見る。


 時刻は午前3時。

 正確に寝た時間までは覚えてないが、パラレルワールドの経過時間と現実世界の経過時間は、ほぼ同じって認識でいいか。


 ならばパラレルワールドを救済しなければ、ずっと寝たきりになるのだろうか?今からまた寝たら、また別のパラレルワールドに行くのか?


 色々と試す必要が出てきた。


 現実に戻ってからも課題が見つかった悠馬が、1人ベッドの上で悶々と考えていると、横で眠っていた黒髪の女性が手を伸ばしてくる。


「あは…こんな夜更けに1人考え事なんて、眠れないんですか?」


「ああ…なんか目が覚めちゃってさ…」


 朱理に抱き寄せられ、大人しく彼女の腕に収まる。


 桃のような香りと、柔らかな感触が伝わってきて、考え事が徐々に薄れていく。


「朱理…結界契約の件だけど」


「私は別に、オーディンの神器なんて必要ありませんよ」


 まるで子供を撫でるように、悠馬を胸に抱いて頭を撫でる朱理の姿は、高校時代と比べると随分と大人びている。


 少し胸も大きくなり、身体の肉付きも華奢ではあるものの高校時代より成長している朱理は、悠馬の額にキスをする。


 悠馬は次のオークションで出品されるオーディンの神器を、朱理の結界契約に使う予定だ。


 朱理は必要ないと言っているが、今後何が起こるかわからない以上、出来る限り世界最高峰の神々との契約をしておいたほうがいいだろう。


 そう考える悠馬は、朱理の真っ黒な極薄ネグリジェの胸元に顔を埋める。


「そもそも、悪羅がオーディンと契約していたということは、悠馬さんの方がオーディンの結界適正があるわけじゃないですか。なぜ私なんですか?」


 疑問を口にする朱理。


 普通に考えると、悠馬がオーディンとの結界契約をした方がいい。


 すでに悪羅という前例のおかげで神器にも結界にも適正があることはわかっているし、契約が成功すれば、オーディンとシヴァ、つまり全知全能と破壊と再生の力を有することになる。


 そうすれば間違いなく、悠馬は最強になれる。


 そう考えている朱理は、なぜ自分じゃないといけないんだと言いたげだ。


 悠馬は朱理の疑問に対し、数秒間戸惑ったような表情を見せた。


 言えるはずがない。近いうちに自分は死ぬだろうから、彼女たちにはできる限り強力な後ろ盾を用意したいだなんて。


「まぁ…そうだな。好きな女にはいい物をプレゼントしたいのが、男の性ってものなんだ。せっかくいい品物があっても、嫁を差し置いて自分のモノにするなんて、いくら何でも酷すぎるだろ?」


「そう言ってくれるなら…遠慮なくいただきますけど」


 朱理は頬を赤らめ、目を逸らす。どうやら満更でもないようだ。


 悠馬に好きな女にはいいものをプレゼントしたいと言われ、愛の告白にも近いその言葉に興奮を隠せない朱理は、自身の手をネグリジェの紐にかける。


 そうして露わになる、朱理の真っ白な肌と、豊満な胸。


見ているだけでも柔らかく、今にもこぼれ落ちそうな大きな胸に、悠馬はそっと視線を逸らす。


 朱理はそんな悠馬を見て、舌なめずりをした。


「夕夏と日本支部に行く前に、一回シちゃいますか?」


「ん…」




 ***




 昨晩朱理との行為後、再び眠りについたが、文字通り普通に眠りについただけだった。


 そのことから察するに、パラレルワールドに行くのは1日1回、もしくは何らかの条件や決まった日数があるのだろう。


 久しぶりに、自分自身の目で日本支部を眺めながら考える。


 映像や写真、ニュースや記事なんかで目にすることはあるが、新東京の街並みは、以前見た時とさほど変わっていないように見える。


 もちろん、建物がさほど変わっていないだけであって、お店なんかは少しずつ変わっているように感じるが、それでも真新しさよりも懐かしさを感じさせてくれる。


 新東京の街並みを眺める悠馬は、横に並ぶ上機嫌な亜麻色の髪の女性、夕夏と手を繋ぎ信号待ちをしている。


「〜 ♪ 」


 久しぶりに日本支部へと訪れている夕夏は、上機嫌だ。


 私服姿の夕夏は先ほどから鼻歌混じりに歩いていたし、信号待ちだってこんなに楽しそうなのだから、誰がどう見たって上機嫌だろう。


「すごい機嫌いいな。何かいいことでもあったのか?」


「うん!だって今日は認識阻害の異能のおかげで周りには私も悠馬くんも気づかれないし、一般人を満喫できるもん!も、もちろん仕事なのはわかってるけどさ?ごめんちょっと羽目外しすぎかな?」


 なるほどそういうことか。


 高校卒業と同時に悠馬は異能王、夕夏は戦乙女になったことで、基本的に外に出ようものなら一度に一回は声をかけられる。


 だが今日は認識阻害の異能を使っているため、周囲から見ると2人は一般人のようにしか見えないのだ。


 今日日本支部へ訪れているのは仕事だとわかっているものの、日本支部で一般人を満喫出来ることに喜びを感じている夕夏は、羽目を外しすぎていたかなと、自重する。


「いいんじゃないか?流石に昼間からグールは活動してないだろうし、今向かってるところだってほぼ同窓会みたいなもんだし、楽しみな気持ちは俺も同じだから」


 グール事件は決まって深夜の時間帯に起こっているし、昼間は特にやることもない。


 いや、やることもないって言ったら語弊はあるのだが、特に力を入れるのは深夜帯のため、日中はほぼデートのようなものだろう。


「子供ができてからは中々こんな時間も設けれなかったし、なんか高校生に戻った気分だよね〜」


「確かにそうだな。みんな中高生になったから、空中庭園も静かになって寂しくなったもんな」


 子供達は空中庭園から出て、伊奈姫財閥の援助の下、悠馬の子供であることを隠して生活している。


 これは子供達が異能王の親族だとバレた場合、人質に取られる心配や良からぬ動きをする輩も現れることが想定されるため、みんなで考えた最善策だ。


 今ならなぜエスカが結婚もせず子供も作らなかったのか、わかる気がする。


 子供を作ること自体が異能王にとってリスクになるということを軽く見ていたが、なずながいてくれて本当に良かった。


 伊奈姫財閥は政府とも繋がりがあるし、子供達の戸籍を偽装することだってどうってことない。


 あとは一時的に伊奈姫財閥の分家なり親族の家系図に捩じ込んで、財閥の家系だと言っておけば不自由はないし、異能王の子供を名乗るよりもリスクが減る。


 なずなのおかげで子供達を学舎に通わせることができている悠馬が本日向かうのは、八神の家と伊奈姫邸だ。


 もちろん時間が余れば他のところに行くつもりだが、自分の子供たちの近況と、八神が昨晩の記憶を共有しているのかを確認するのが最優先だろう。


「しっかし八神のやつも出世したよな。新東京のタワマン購入なんて、年収いくらだよ?」


「あはは、日本支部陸軍の、それも隊長だからね〜」


 八神は卒業と同時に日本支部陸軍への入隊を選択していたが、仕事を辞めることなく16年間働いた結果、隊長の役職を得ている。


 間違いなく、出世コースを歩んでいる1人と言っていいだろう。


 異能王になった悠馬や、日本支部総帥の戀、日本支部陸軍隊長の八神。


 悠馬が1年の頃の異能島メンバーで同窓会をしようものなら、豪華メンバーが集うこと間違いなしだ。


 それに加えて八神の奴はいい嫁さんがいるしな。


「まさか八神くんたちもあのままゴールインするとは思わなかったよね」


 心の中で奥さんの話をしたからか、夕夏が八神の奥さんの話を口にする。


「ああ、まさか美沙があのまま落ち着くとはな」


 そう、八神はあのまま、美沙とゴールインした。


 紆余曲折はあったものの、あの自由人の美沙と別れることなくそのままゴールインしたのだから、美沙の性格を知っている悠馬は夕夏からしたら、驚きの方が勝ってしまう。


 だってアレだぞ?

 高校1年の時は好みの男子見つけたら食い散らかしてたような女だぞ?絶対1人の男じゃ満足しないタイプだって。


 そんな美沙のことだから、八神と付き合った後に浮気でもしているんじゃないかと思っていたが、まさかの美沙が大学を卒業するのと同時にゴールイン。


 まぁ、男好きの自由人ということを除けば本当に良い女だからな。


 文化祭の時はそつなく料理を作っていたし、ノリも良く雰囲気作りも上手く、総合的に見るといい女であることは間違いない。


 夕夏も美沙があのまま落ち着くとは思っていなかったのか、八神と結婚するとは思ってなかったみたいだ。


「だって八神くん、花蓮ちゃんのこと大好きだったじゃん?悠馬くんに襲いかかるくらいだったし、ちょっと常軌を逸してるっていうか…私は友達の彼女に想い寄せてる人、ちょっと嫌かも…」


 あ、そっちですか。


 美沙と親友だった夕夏からすれば、悠馬とは別の視点から物事が見えているのだろう。


 八神が花蓮の大ファンで逆上したり変な行動をとっていたことの方が印象に残っている夕夏は、まさかあのまま美沙がプロポーズをOKするなんて…と思っているのだろう。


 女性ならではの視点だ…と言いたいところだが、確かに彼氏が友達の彼女のドルオタは嫌だよな…


 よく浮気しそうな美沙と結婚したなと思っていたが、夕夏の話を聞くとよく八神と結婚したな…という気持ちが強くなる。


「後で2人に結婚の決め手でも聞いてみるか?」


 結婚13年目くらいだろうし、多分今冷やかしたって怒られることはないだろう。


 クズみたいなことを考える悠馬は、親友と会えるとあってかかなり楽しみにしている。


 夕夏もだ。

 悠馬が結婚の決め手を聞いてみるか?と訊ねると、「聞いてみたいかも!」と答えて頬を赤く染める。


 新東京、港区のタワーマンション街を歩く夕夏は、チラチラと悠馬の方を見ては目を逸らし、モジモジしている。


「どしたの?夕夏」


「い、いや〜…そういえば悠馬くんの結婚の決め手って聞いたことなかったなぁ…って思って…」


 シラフで、しかも真昼間っから旦那に結婚の決め手を聞くのが恥ずかしかったのか、顔を赤くする夕夏。


 そう言えば言ってなかったっけ?


 寺坂と鏡花がプロポーズをする際、そんな2人に夢中になる夕夏に嫉妬して勢いでプロポーズもどきと指輪まで見せてしまったが、思えば彼女に結婚の決め手を話した覚えがない。


 結婚して16年、思えばいくらでも話す機会はあったはずなのに、結婚の決め手を話していなかった最低な悠馬は、ふと思う。


「誰にも結婚の決め手話してなくね?」と。


 みるみるうちに青ざめていく悠馬は、夕夏の肩を掴むと、目をくるくる回しながら口を開く。


「結婚の決め手は死ぬほどたくさんあるんだ!まずは料理がすごくうまくて、温和で一緒にいて居心地が良くて、この人となら〝ああ、死ぬまで一緒にいて楽しそうだな〟って思えたところとか、いろんな夕夏の一面を見て、一緒にいて、この人と生涯を添い遂げよって思った!」


 ちょっとすぐに全部は伝えられない。


 とにかく全部好きだし、一緒にいて欲しいと思った。それが結婚の決め手だ。


 慌てて結婚の決め手を話す悠馬を見て、ふふっと微笑んだ夕夏は、嬉しそうに背を向け、歩き始める。


「夕夏…?」


「今顔真っ赤だから、見ないで…」


 笑顔で背を向けた夕夏だが、口元はニヤニヤしているし顔は真っ赤だ。


 そんな顔は見せられないと判断した夕夏は、悠馬の方を直視できず、足早に目的地へと向かう。

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