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To the Milky Way

俺は一度も振り向かずに例の高台までやってきた。

街灯もなく、暗く暑く湿った空気が重く体にのしかかる。

頭上から見下ろす星々は、以前よりもずっと多い。まるで俺たちが多くを失った分多くを得たかのように。それでもその輝きは皮肉にも美しかった。

「綺麗だね」

背後から奈美がこぼすように言った。俺は視線を下に移して「そうだな…」とだけ返事をする。

視線を移した先は、昨夜津波に飲まれた町があった場所。でも今は本当に何もかも食い尽くされ消え去ったかのような暗黒が広がっていた。

「こっちは暗いね」

背後からまた奈美の声。今度は視線を変えずに「だな」とだけ返事をする。


それから暫しの沈黙が訪れた。星々が俺たちの言葉さえも吸い取ってしまったのだろうか、彼らは一層輝きを強めているように見えた。

けれど俺の心は穏やかだった。そっと前に手を伸ばす。天空から澄んだ水が注がれて、それは手だけではなく全身に降りかかり心の汗を洗い流してゆく。そのシャワータイムは非常に心地いい一時だった。


「ねぇ、ありがとね。」

ふと、奈美がぽつりと言った。少しどもっていて恥ずかし気な様子だった。

しかし俺は彼女に特段何かをした覚えはなく、彼女の発言が不思議に思えた。

「何かしたか?俺」

俺は案山子のように変わらず前を向き続けたまま訪ねた。

「ううん、何でもない。」

少し間をおいて、踵を返すように彼女はまたはぐらかした。その声色はどこか寂しげで、何か迷っているようだった。

「一体どうしたんだ?」

俺はたまらず聞き返した。何故か、どうしても今、彼女の真意を知らねばならないと思ってしまい。

「……隆誠、わたしね…。」

そこまで言いかけたものの、彼女は言葉を押しとどめた。それはともに溢れ出ようとする感情をせき止めるように。

その証拠に彼女の声はさっきより一段と弱々しかった。そうして再び、今度は長い沈黙が訪れる。


俺はずっと空と地を交互に見ていた。地を照らさないのにその輝きを吸い取って眩しく光るだけの星たちが憎らしくも、美しくも思えた。



背後から奈美の声はもうない。それを認識するとほぼ同時に、天空を埋め尽くす無数の星々の中から一際強く輝くものを見つけた。

それはまるで、自分を見つけてほしいと言っているように、必死に煌めいていた。

俺はその星に向かって手を伸ばそうとしたが、やめた。

あの天の河の星の数は失われた人の命の数だろうか、それとも「魂」の数だろうか。いずれにしても、俺もいつかあの星たちの中に還るときが来るのだろう。でも、その時までにもう一度…。

俺はただ、荒廃した世界でも、変化が訪れてしまった今でも、あの日常を再び作ることができることをかの星に願って、天の大河を仰ぐのだった。

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