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兄弟の絆  作者: 木邑 浩二
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「兄貴が、お前が後を継ぐのを望むって・・・・?」


視線を逸らず自分を見つめてくる嗣。彼が嘘をついているとは思えない。でも、兄貴がそんなことを言うだろうか?


「父さん、いつも言ってました。自分は家族にしか、親しい人にしか心を割けない人間だと。でも、煌おじさんは家族だけじゃなく、他人にだって心が割ける人だと言ってました。それに自分は限られた人しか助けられないけど、煌おじさんはこれからもっともっとたくさんの他人を助けるかっこいい医者で俺の弟なんだと」


「・・・・・・」


「父さんは医者で他人を救う弟の煌おじさんが自慢なんです」


「いや、嗣、俺は」


嗣はベンチから立ち上がるとなおも反論しようとする煌大に対峙する。


「煌おじさん、僕は後を継ぐのに不満はありません。むしろ僕も父さんと同じ想いで、煌おじさんには医者を続けて欲しい。僕も家族しか大切に想えない人間なんです。他人にも真摯に向き合える煌おじさんは僕達の憧れなんです。だから僕達のために医者を辞めないでください!」


「!」


一瞬、嗣の後ろに剛毅の姿が見えた。自分が都合よく願った姿かもしれないが、剛毅は大きく頷き笑っていた。


「煌おじさん!?」


嗣が慌てる。それはそうだろう、大人が目の前で泣いているのだから。

煌大は両手で頭を抱え込む。


(・・・兄貴・・・・違うよ)


嗣の口から兄の言葉を聞きながら、煌大の感情は破裂し、涙に変わる。

煌大が医者を目指したのは、兄、剛毅のためだった。

兄が父から護衛を引き継ぐとなれば、命に関わる場面に遭遇する可能性が高くなる。そんな兄の役に立つために迷うことなく医者の道を選んだ。

自分は兄達が思っていたよう大層な人間ではない。むしろ兄よりも酷い人間だ。兄のためと云う理由だけで全てを切り捨てられる。兄は自分を溺愛したが、兄とは違う情の形で、煌大も兄が一番大切な人間だった。

それなのに、何もできないまま、兄は死んでしまった。

この悔しさは一生消えることのない棘となって、胸に残り続けるだろう。でも、俺はまだ生きている。ならば、兄が残していった者を兄の代わりに見守っていこう。

涙を拭うと、煌大は嗣の両手を掴む。


「嗣達の気持ちは分かった」


「良かったです」


安堵の表情を浮かべる嗣。

しかし、煌大は違う。厳しい目つきで嗣に尋ねる。


「嗣、本当にそれで後悔しないのか?」


掴まれた手の熱さとハッキリとした口調に、思わず嗣の背筋が伸びる。父の意志を尊重するのではなく、嗣の本音が知りたいのだと分かった。

だから、嗣も迷いなく告げる。


「はい。後悔しません」


嗣の覚悟を確認すると、少し悲しげな表情になる。そして立ち上がると嗣の頭をクシャクシャに撫でた。


「こ、煌おじさん?」


「じゃあ、もう何も言わない。だけど辞めたくなったらいつでも言え。遠慮したら怒るからな」


「・・・・・・はい」


「それと」


嗣の頭から手を放し、今度は思い切り抱き締める。


「!」


「兄貴は俺や嗣達に後を継いで欲しいと思っていなかったと思う。でも、杞龍家に生まれてしまった以上、誰かが継がないといけない、避けられなかったのも事実だ。だけど、嗣。一人で背負うな。お前には俺達がいる。それにお前はまだ子供なんだから、そんなこと気にせずに兄貴達を送ってやろう」


「・・・・・・・」


今度は嗣の頬を涙が伝う。

これからは両親の代わりに自分が弟達を引っ張っていかなければならない。その不安の中、身体が、心が押し潰されそうになりながらも、何とか平静を保っていた。

そうしなければ、ボロボロになって倒れるのが分かっていたから。

でも、弟達の手前、そんな姿を見せるわけにはいかなかった。

自分を包む煌大の温もりに、我慢していた嗣の涙は、涙腺が崩壊してしまった。


「・・・っ・・・・っ・・父さん・・・・母さん・・・」


嗣の背中を擦りながら、気の済むまで泣かせた。

気づけば火葬場の煙突の煙は消えていた。剛毅と千里は空にも溶け込んでいったのだと思いながら、兄に別れを告げた。


(嗣達のことは、兄貴達の分までしっかり見届ける・・・・・・さようなら剛毅兄さん)


煌大の頬を一筋の涙が伝って零れ落ちた。

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