覚悟
気づけば、火葬場の敷地内にあるベンチに腰掛け、空を見上げる煌大。
母からの電話があったあの日、直ぐに警察の安置所に向かった。
安置所内には両親と千里の両親がいた。剛毅と千里の子供達は、千里の妹が家で面倒を見ていると母が教えてくれた。
おぼつかない足取りで、剛毅と千里の元に辿り着く。距離は数歩しか掛からないはずなのに、心が認めたくないのか、泥沼を歩くような気分だった。
震える手で、白い布に覆われた一つに手を伸ばす。ゆっくりと捲ると、そこには剛毅がいた。
真っ白な顔で眠るその姿は、起こせば、声を掛ければ直ぐに反応し、自分に飛びついてくるのではないかと思う。
しかし、そんなものは煌大の願望で、剛毅が話すことも、動くことも、もう二度とない。
誰も侵せない完全な「死」が、そこに存在してしまっていた。
(あっという間だったな・・・・・)
剛毅達が亡くなってからの数日は、怒涛の速さで駆け抜けてしまい、今一人になり、やっと少し振り返る余裕ができた。
(道成様が会いに来てくれて、兄貴喜んだよな?)
直兼家の人達が仮眠を取るため席を外した時、千紫寺道成と鳴﨑が斎場に姿を現した。両親と共に挨拶し、剛毅達の棺に案内すると、一瞬、ほんの一瞬だけ唇を噛みしめると、いつもの無愛想な表情に戻り、斎場をあとにした。
僅かな時間ではあったが、道成の想いを感じられ、煌大は嬉しく思い、そのおかげ覚悟も決まった。
今までは兄、剛毅が道成の護衛を担っていたが、その兄も突然死んでしまった。
兄の長男、嗣は今年高校を卒業する。順番を言えば、護衛を担うのが筋なのかもしれないが、突然両親を失い、その子供達の胸中は、穏やかであるはずがない。暫くは静かに過ごして欲しいと切に想う。だから煌大は医者を辞め、剛毅の後を引き継ぐつもりでいる。父親にもその旨を伝え、賛同してくれた。やっぱり子供と孫は違うんだな、と心の中で苦笑した。
(あとは道成様に報告するだけだ)
「煌おじさん」
「・・・・・嗣?」
いつの間にか剛毅の長男、嗣が近くに来ていた。
「どうした?火葬が終わったのか?」
煌大の隣に腰掛けると嗣は首を横に振る。
「まだ終わってないです。煌おじさんに伝えたいことがあって僕だけ出できたんです」
「伝えたいこと?」
何だろうとおもいながら、嗣の横顔を見る。その横顔も剛毅にそっくりだと思った。
(学校でもモテてるんだろな、兄貴みたいに)
剛毅には四人の子供がいて、特に長男の嗣は剛毅によく似ていた。否、剛毅以上のイケメンと言っても過言ではない。
そんな嗣は小さい頃から弟達の面倒をよく見ていて、しっかり者で、両親の葬儀でも、今も凛として振る舞っている。
「僕、父さんの後を継ぎます」
「・・・・・・・は?」
嗣が何を口走ったのか理解できず、思わず間抜けな声が出る。
しかし、嗣は構わず続ける。
「きっと煌おじさんは僕達のことを想って父さんの後を継ぐつもりだって思ったんです。でも、それは僕がやります」
しっかりした口調と強い意志を瞳に灯して話す嗣。冗談で言っているのではないと分かったが、煌大も譲らない。
「却下だ」
「煌おじさん!」
「いずれお前が継ぐだろうけど、それは今じゃない。俺はお前達に学生生活を楽しんで欲しい。それにこれからいろんな体験がお前達を待っている。それは護衛の役を担ってしまえば経験することは出来ない。俺は兄貴のおかげで十分味わえた。お前達も当たり前を享受して欲しいんだ」
押し付けがましく、キツイ言い方になってしまったかもしれないが、継には諦めてもらう。でも、嗣が引くわけはなかった。
嗣は首を横に振ると両手の拳を膝の上で握り締め、煌大を真っ直ぐにみつめる。
「これは父さんも望んでいると思うんです」




