夢
重たい目を開けると、真っ白な世界にいた。
周囲を見渡しても、歩いても、走っても、叫んでも、白、白、白の世界。
「・・・これ、夢だな」
立ち止まり冷静に状況を判断する煌大。稀に目にしているモノが現実ではなく夢だと分かる時があるが、風景がなく、人のいない夢は初めてだった。
「んー、どうしよう」
今は寝ている場合ではないと頭では分かってはいるが、人も物も何もないこの状況で、どうやったら起きられるのかが、まったく分からない。
とりあえず地面に座り込み考え込んでいると、後ろに人の気配を感じた。
「お主、何をしておるのじゃ?」
「!」
後ろを振り向くと、一人の女性が立っていた。
女性は長い黒髪に透き通るような白い肌、着物に身を包み、笑うでも怒るでもなく、ジッと煌大を見つめる。
一方の煌大は突然現れた女性に驚きはしたものの、怖さや不安は全く感じなかった。
そんな感情よりも、女性の美貌に感嘆の呟きが漏れる。
「・・・・・キレイ」
「妾が美しいのは当たり前じゃ」
(・・・・・・中身は違ったな)
外見の美しさから、奥ゆかしい日本女性と勝手に想像していた煌大は、女性のギャップに、勝手に失望する。
でも、そんな感情はすぐに消え去り、真っ白な世界に現れた唯一の希望にすがる。
「あの、ここから出たい・・・というか、起きたいんですけど、どうすればいいか知りませんか?」
質問の意味が分かってもらえるかとの不安は湧かず、女性なら分かってくれると確信していた。
女性は煌大を値踏みするような視線を注ぐと、口元は緩やかな弧を描く。
「妾の許可なく質問するとは、相変わらず無礼な家系じゃ」
「?」
「・・・まあ、良い。無論知っておる」
「本当ですか?お願いします!教えて下さい!どうしたら、どうやったらいいですか?」
飛びつく勢いで女性に頼み込む煌大。その必死な形相に、女性はある男性の姿を重ね、ほんの一瞬、表情を曇らせる。
「教えるかわりに妾の問いに答えよ」
「え?問い、ですか?」
煌大の承諾を待つことはなく、女性は真面目な表情で尋ねる。
「お主、いつまで兄と仲違いを続けるのじゃ?」
「!?」
女性の質問に煌大は目を見開く。
(何で俺に兄貴がいるって・・・それに喧嘩中ってことも何で知ってるんだ?)
ここは夢の中のはずなのに、現実を、自分達兄弟を知っている。彼女は一体何者なのかという疑問が煌大の頭の中を目まぐるしく駆け巡る。
俯き一向に何も言わない煌大を見て、女性は扇を取り出し彼の頭を叩く。
「イタッ!何するんですか!」
「いつまで妾を待たせるのじゃ。さっさと答えぬか」
(気の短い人だな・・・)
頭を擦りながら、立ち上がり女性と対峙する。残念ながら女性のほうが身長が高く、煌大は少し悔しかった。大きく息を吐くと真っ直ぐに女性を見つめる。
「次に会ったら謝ります。正直悔しいけど、兄貴は頑固で強情だから俺が謝らないと・・・・・。それに、このままっていうのは嫌だし・・・でも、兄貴には分かってほしかった。俺は守られるだけの人間じゃないって。俺も兄貴を助けられるって!」
「・・・・・・・・」
最後の言葉はここにいない兄、剛毅に向かって叫んでいた。女性がどこまで自分達のことを知っているのかは分からない。唯、黙って煌大の想いを聞いてくれた。
そしてゆっくりと煌大に近づき、優しい手つきで頭を撫でる。
「あ、あの・・・」
女性は清々しい笑みを浮かべると、煌大の肩を軽く押す。
「ならば証明してみせよ」
「え?」
突然、煌大の足元に巨大な穴が空き、何もできないまま、吸い込まれ落ちて行く。
段々と遠ざかっていく女性は、煌大を笑顔で見送っていた。
煌大の姿が見えなくなり穴が閉じると、真っ白な世界には女性だけが残される。
「兄弟か・・・」
目を閉じると女性の脳裏に昔の記憶が蘇る。
弟を助けられず、もがき苦しんだ兄のことを・・・・・。あの兄弟も、今の兄弟のように、喧嘩をしたりしたことがあったのだろうか、と。
兄弟のいない女性には、想像するだけで、理解することはできなかった。
「あと幾年待てばお主に会えるのじゃ・・・・・」
興味本位であの男に似た煌大をこの世界に呼び込んだが、意外にも外見だけでなく、中身もよく似ていた。しかし、どれだけ似ていても、やはり自分が心から求めているあの男ではなく、虚しさと愛しさが募るばかりだった。
女性は重たい気持ちを払い除けるように顔を上げ、煌大と剛毅の結末を、遥か遠くから見届けることにした。




