警報
仕事が順調に終わった千紫寺道成は、珍しく十八時過ぎには屋敷へ帰宅し、いつものように鳴﨑達に出迎えられ自室に入ると部屋着に着替える。一人掛用のソファーに深く腰掛け、鳴﨑がタイミングよくお茶を出し、それを口に運ぶ。
喉を潤し一息ついたところで湯呑みをテーブルに置くと、向かいのソファーでクッションに顔を埋め、今日もうつ伏せで倒れこんでいる人物に声をかける。
「その様子だと、今日も謝罪できなかったようだな」
ソファーに倒れている人物、杞龍剛毅は恨めしそうな顔を道成のほうへと向けるが、そんなものでは物怖じしない道成は更に追い撃ちをかける。
「このまま時間が経つと機会を逃すぞ」
「・・・分かってるよ。でも、煌大が俺にあんなに冷たい声で怒るなんて初めてで・・・・・俺、俺・・・・・・」
(重症だな)
クッションを両手で思い切り抱きしめ、世界中の絶望を背負ってしまったかのような剛毅の表情に、内心あきれる道成。
普段は気が向いた時にだけ千紫寺家を訪れていた剛毅だが、ここ最近というか、一週間前ぐらいから、毎日千紫寺家に来ていた。しかも尋常ではない暗い表情に、最初に剛毅を出迎えた鳴﨑は一瞬驚いたものの、何も尋ねず、いつものようにあたたかく出迎え、温かい紅茶とお菓子でもてなした。
道成は剛毅の様子を見ても、特段驚いたりはしなかった。剛毅がこんなふうになるのは、家族(主に煌大)が原因だと今までの経験で分かっていたし、聞かなくても剛毅は道成に洗いざらいすべてを話していた。
「さっさと謝ればすむことだ」
「・・・・・・分かってる」
道成の冷たく突き放すような言い方に、他の人なら心が折れるところだが、剛毅には効かない。道成は一つ小さな溜息をこぼし、夏祭りで会った煌大を思い出す。
自分に臆することなく意見をハッキリと言い、年齢の割にしっかりしていた少年だったと思う。どちらが兄で弟か分からないほどに・・・・・・。
「お前はもう少し弟と距離をとるべきだな、そして自分の世界を、視野を広げるべきだ。弟もそう思ったから、お前に冷たい態度をとったのだろう。自分のことは自分で片付けると」
「・・・・・・・・」
道成の言葉が胸に突き刺さり、苦い表情になる。剛毅だって、煌大の気持ちは分かっている。でも煌大には安全なところにいて、苦しまず、汚いモノに触れず、平穏に生きていって欲しいと思う。
その為なら、自分のことはどうでもいいと思えるほどに、剛毅は弟が可愛いのだ。
「・・・でも・・・寂しいよ。俺としてはもっと頼って欲しい」
(弟のこととなると感情の起伏が激しくなるのも考えものだな)
涙目になりながら答える剛毅を凝視する道成。お互いを想い合っている兄弟だというのは、道成の目から見て十分すぎるほど伝わる。
(早く元に戻れば良いが・・・・・)
言葉にはせず、心の内でだけでひっそりと応援しているとーーーーーー。
ガタガタガタッ!!
「「!!」」
突然の強音に、室内にいた道成達は驚く。
突然剛毅が立ち上がり、床に置いていた自分の荷物、竹刀袋を手に取ると握り締め、何も言わず部屋を飛び出した。
その表情から、焦りが容易に見て取れた。
剛毅が去ったあと、道成は再び湯呑みに口をつける。
「鳴﨑」
「はい」
「剛毅達を補佐しろ」
道成の命令に疑問も質問もなく、鳴﨑は深々と道成に頭を下げると退室する。
一人になった道成は湯呑みをテーブルに置くとソファーに深く腰掛け、ゆっくりと瞼を閉じた。
「・・・・・愚かな者達だ」




