喧嘩
今日も学校帰りに図書館で勉強をしている煌大。椅子の背にもたれかかると軽く伸びをし、スマホに手を伸ばす。時間を確認すると閉館時間が近いことを知り、さっさと帰り支度を始め、外に出る。
すると冷たい夜風が全身を襲う。
「さむっ!」
気づけば季節は冬を迎えていた。小腹が空いた煌大はコンビニに寄って肉まんを二個買うと、食べ歩きながら自宅へと向かう。
(とりあえず夕飯まではもつかな)
二個とも一瞬にして煌大の胃袋におさまったが、成長期の彼にとってはまだまだ余裕だ。でも、帰れば母のおいしい夕飯が待っているので、これ以上胃袋は満たさない。
(今日の夕飯は肉がいいなー)
夕飯を想像すると早く食べたい気持ちになってしまい、足取りが軽く速くなる。
しばらくして、ふと足が止まる。
「・・・・・?」
一瞬、誰かの気配を感じたが、周りには誰もいない。気のせいかと思い再び歩き始めたが、やはり人の気配を感じる。
(あと、つけられてる?)
周りに気を配りつつ、何も気づいていないふりをしながら、平然と歩き続けていると、呼び止められた。
「おい!」
足を止め、声のした方へ振り向く。暗くて顔はよく見えないが、男が一人立っているようだ。男は黒のマスクに、上下黒のスエットファッションに身を包み、闇と同化していた。
煌大は男を警戒しつつ声をかける。
「何か用ですか?」
「・・・・・・」
「?」
男は返事もせず、黙ったまま突っ立っている。
煌大は訝しながら男の方へと歩こうとするが、それがまずかった。
突然、背後に別の男が現れたのに気づいたのも束の間、その男は力の限り煌大の腹を殴った。
「っが・・・!」
男の攻撃にやられた煌大はその場に倒れ込むが、意識は手放してはいない。
(・・・・・一人と思って油断した)
煌大を殴った男は続けて攻撃しようとする。しかし、煌大は反撃することも防御することもできない。
(くっそ!)
「煌大!」
「!?」
聞き覚えのある声に顔だけ上げると、少し離れた所に兄、剛毅がいた。
不審な男達と倒れる煌大を見て、瞬時に状況を把握した兄は、恐ろしい形相で男達に飛びかかろうとするが、男達の逃げ足は速く、その場からすぐさま散って行く。追いつけると判断した剛毅は、煌大を殴ったほうの男を追おうとしたが、煌大が止める。
「兄貴!追わなくていい!」
「何言ってる!あいつら!」
「いいって!」
お腹を擦りながら上体を起こす煌大。塀に肩を預け大きく息を吐く。
剛毅は忌々しげに、男が消えた方向へと視線を送ると、煌大の傍に駆け寄る。
「どこをやられた?」
「・・・・・腹を一発だけ。兄貴のおかげでそれ以上殴られずに済んだ。ありがとう、兄貴」
しかし、煌大の感謝の言葉は、今の剛毅には響かない。
大切にしている弟の煌大を襲った奴がいる。それは剛毅にとって決して許せないことで、彼らに報いを受けさせないと、この抑えられない怒りをどこにぶつければいいのか分からなかった。
「母さんには言わないでよ、心配するから。これぐらい平気だし」
「・・・・・」
「兄貴はトレーニングの途中だった?」
「・・・・・」
「それとも直兼さんと遊んだ帰り?」
「・・・・・」
「じゃあ、千」
「何で止めたんだ?」
今まで黙っていた剛毅が、両膝で拳を握りしめながら、真っ直ぐな視線で煌大を貫く。
(・・・・・マジで怒ってる)
男達を追えば、間違いなく兄は彼らを殺していた。それは兄も分かっていたはずだ。殺しが悪いと言っているのではない。煌大にだって殺したいと思うやつはいる。ただ、今ではないと思っているだけだ。
そして、それは自分の手で行うべきなのだ。
「俺が売られた喧嘩なんだから、俺が買う」
「お前がそんなことをする必要はない。あいつらには俺が恐怖と苦痛を与えてやる。だから全部俺に任せろ」
煌大は溜め息をこぼすと、ゆっくりと立ち上がる。少しの痛みはあるが、歩いて帰れないほどではない。自分を一心に見つめる兄に、弟は冷たく言い放つ。
「兄貴は余計なことしないで。もし手を出したら許さない」




