婚姻届を提出したら、間違えてノリとネタで書いた方の婚姻届だった。【釣書シリーズ 2】
『お見合い相手に釣書を送ったら、間違えてノリとネタで書いた方の釣書だった。』の続編です。
(現在シリーズ 3まで投稿しております)
未読の方は、上部↑シリーズのリンクをご活用くださいm(_ _)m
人は誰しも、ちょっとポカッとした軽いミスをする。
……と、私は思うのよ。
「だから……その、ちょっとした遊び心だったんです」
「で、コレがその『遊び心』をふんだんに盛り込んだ、婚姻届で、ポカッとしたミスで、またもや間違えた、と?」
私の愛しの婚約者様であり、二週後には旦那様となる、ノーザン伯爵ジョルダン様の手には、なんの因果か……私がノリだけで書いたネタのような婚姻届が握られていました。
そして、ソレが二人の間にあるテーブルに、バシンバシンと激しく叩き付けられています。
私の部屋の、ちょっと作りが心許ないテーブルが、ガタガタと揺れています。
――――デジャヴかしら?
「デ・ジャ・ヴ、では、ない」
「ですよねー」
「………………はぁぁぁぁ」
びっくりするほどに重たい溜息を吐かれてしまいました。
『 夫 氏名:マクシム・アゼルマン
貴族籍:アゼルマン子爵家 長男
生年月日:七四九年 八月 三日(二八歳)
出生地:シルレー王国 王都
(以下略)
妻 氏名:ジョルダン・ノーザン
貴族籍:ノーザン伯爵家 当主
生年月日:七四五年 八月 三日(三二歳)
出生地:シルレー王国 王都
(以下略) 』
――――と書いた、何かのネタのような婚姻届のせいで……あら? デジャヴ?
◇◆◇◆◇
そもそもの原因は、ジョルダン様と脳筋兄にあると思うのです!
決して、私の妄想が暴走し無双しまくったとかではない……はず。
私とジョルダン様は、あのわちゃわちゃしたお見合いと婚約のあと、順調に愛を深めて行き、一年の婚約期間でとってもラブラブになりました。
結婚に向けての書類などの用意が終わり、この日は二人で王都で有名な菓子店でお茶をしながら、婚姻届を記入して、『二人で提出しに行こーねー! うふふふ!』というラブラブカップルの予定だったのです。
「提出書類は揃ったかい?」
「はい、全て揃いました!」
妻側が用意する書類は、出生証明書、独身証明書、慣習証明書の三種です。
出生・独身の証明書は字面の通りなのですが、慣習証明書というものは、夫婦間で執り行われる契約の為に必要な書類で、取得がとても面倒でした。
取得するための書類を申請し、取得し、提出し、また別の書類を申請し、取得し………………無限ループなのかと思いました。
おかげで脳も体も疲労困憊です。
あー、今日もお菓子が美味しいっ!
「ソフィ、落ち着いて食べなさい。ほら、唇に――――」
ジョルダン様がフフッと笑いながら、私の口元にそっと手を伸ばして来られました。
ついっ、と親指で唇を撫でられ、ドッキンコしていましたら、まさかのまさか! ジョルダン様が、親指に付いたクリームをペロリと舐めたではありませんかっ!
――――えろっ! ちらりと見えた舌がえろっっっっ!
「ん? どうした?」
「な……んでも、ありまひぇん」
「そうか?」
不思議そうなお顔のジョルダン様、可愛いっっ!
私がお菓子を心ゆくまで堪能している間に、ジョルダン様が書類に不備はないかの確認をしてくださいました。
「ん、大丈夫だな。ソフィの方の証明書取得は大変だったろう? ありがとう」
あぁぁ、笑顔が尊いです。
接すれば接するほど、ジョルダン様の心優しさに惹かれていきます。
脳筋兄が心酔する気持ちが、多少は理解できそうです。
「さて、記入しようか」
「はいっ!」
先ずはジョルダン様から。
夫の欄にサラサラと書き込まれていく文字。
ジョルダン様は、教本のようなとても綺麗な文字を書かれます。
私はちょっと斜めに傾いてしまう癖があるので、お手本にしたいです。
兄は……枠外にはみ出すうえに、オリジナリティ溢れる前衛的な文字です。
流石にアレは真似できないので、サインの偽造防止などの役には立ちそうだなぁ……なんて考えていましたら、ジョルダン様が書き終えていました。
「さ、ソフィの番だ」
「っ! はいっ!」
わくわく、ドキドキ。
ジョルダン様に見守られながら自分の名前を書いて、貴族位を……あっ、地味に書き損じました。
えいっ! とうっ! と形を整えましたが、微妙です。
この微妙に誤魔化された文字の書類を提出して、保管されるのかぁと思うと、しょぼーんとしてしまいます。
「ふっ…………ははっ!」
ジョルダン様が急に笑いだすので何かと思いましたら、新しい用紙を出してくださいました。
「大丈夫だ。多少のトラブルは想定している」
――――かっ、かっこいぃぃぃぃ!
多少なんて言われましたが、私が起こすかもしれない素っ頓狂なトラブルに対応できるよう、様々なことを想定してくださっているのだと思います。
私の婚約者様、超絶格好良いです。
二枚目も書き損じ、三枚目にしてどうにか成功しました。
『 妻 氏名:ソフィ・アゼルマン
貴族籍:アゼルマン子爵家 次女
生年月日:七五七年 五月 一三日(二一歳)
出生地:シルレー王国 王都
(以下略) 』
「ん、大丈夫そうだ――――」
「だーんーちょぉぉお! ジョー団長ぉぉぉおぅ!」
「「……」」
物凄く大きな声で、ジョルダン様を呼ぶ……というか、叫ぶ声。
聞き間違えるはずもない、脳筋兄の声。
「どぅあぁんちょぉぉぉ!」
ズバンと個室のドアを開け放ったのは、見間違えるはずもない、脳筋兄。
「……今日は大切な用事があると言ったよな? 如何なるトラブルも副団長に回せと言ったよな? 全ての部署にそう指示を出していたよな? その脳内には、それさえも留め置けないのか? ん?」
ジョルダン様が、笑顔で怒っていらっしゃいます。
全部署に指示を出すほどに大切な用事って何でしょうか?
――――あっ!
私との、用事ですわね。二人で、書いて、書類提出するという、大切な用事です。
「お前、なにニヤニヤしてんだ?」
人がせっかく幸せに浸っていましたのに、脳筋兄が話しかけてきて、脳内の幸せ物質がヒュンと消えてしまいました。
「お兄様、煩いですわ」
「お前なぁ、毎日まい――――」
「マクシム。報告」
「ハッ!」
ジョルダン様の低い一声で、脳筋兄がビシッと敬礼し、報告を始めました。
いつもこういう姿であれば、心の中でも『お兄様』と呼んであげてもいいかなぁ、なんて妄想していましたら、ジョルダン様がどんどんと険しいお顔になり、俯いて蟀谷を揉み始めました。
「………………すまない。本当に緊急事態だ。明日必ず……明日が無理だったら明後日――――」
「ジョルダン様、無理なさらないでくだい。緊急なのでしょう? 書類は私が貴族院に提出しておきますから」
「しかしっ、おい、引っ張るな!」
「だんちょー! 急いでぐほっ……」
ジョルダン様が腕をグイグイ引っ張る脳筋兄の鳩尾に、勢いよく膝蹴りをぶち込みました。
え? 大丈夫です? 流石の兄でも……あ、恍惚としてますね。そしてピンピンしてますね。大丈夫そうですね、頭以外は。
「本当にすまない」
そっとこちらに近付いて来たジョルダン様が、少し屈まれて、私の蟀谷にちゅと軽くキスをしてくださいました。
「私の書類はこのケースに入っている。道中気をつけなさい。今は少し日差しが強いから、少し休憩してから――――」
「ジョー団長! マジで時間ないから!」
ジョルダン様はなにやらモゴモゴと言いながら、脳筋兄に引きずられて、個室の扉からフェードアウトしていきました。
ジョルダン様から受け取ったファイルには、ジョルダン様側の書類の他に、白紙の婚姻届が七枚。
…………どれだけ失敗すると思われているのでしょうか?
ジョルダン様の優しさとアホ認定されている気がする事実に、心がぐるぐるぐる。頭もぐるぐるぐる。
なんとなく手に取ったペンで落書き。
ジョルダン様と兄の関係性……どちらかというと、兄が攻めかしら?
ジョルダン様って結構Sな気がするけど、Sが攻められるのも…………ありね。
そういえば、兄とジョルダン様のお誕生日って一緒なのよねえ。
やだ、ちょっと、どんな運命なのっ⁉
ちょもーっと、妄想を追想しつつ暴走せて、無双状態でペンを走らせていましたら、スイーツとハーブティーが届けられました。
ジョルダン様が退店される際に、支払いと追加注文してくださったようです。
本当に、なんというデキる人なのでしょうか。
バタバタと書類をまとめて、机の上を綺麗に片付けて、ジョルダン様の優しさをお腹いっぱい堪能しました。
◇◆◇◆◇
「――――で、提出して帰ったら、間違って、コレを渡した、と」
「はいぃぃ」
「この国では……同性婚が認められているのは知っているか?」
「はいぃぃぃ」
「他の書類がソフィの名前でなかったら、受理されていたぞ」
「はいぃぃぃぃ」
バッシンバッシンと机に叩きつけられる、『兄✕団長』な婚姻届。
バッシンバッシンと叩きつけられる、机。そろそろ壊れそうな気がします。いえ、なんでもないです。
「今日は君の誕生日なのに。こんなことは言いたくなかった……はぁぁぁ」
また、大きくて長い溜息。
呆れられてしまっています。きっと幻滅されています。きっと…………。
「ごめ、なさい……きらいに、なりましたよね?」
「…………どう、だろうね?」
ジョルダン様がスッと立ち上がってしまいました。
あぁ、本当に嫌われてしまったようです。
夢のような日々は終わりのようです。
ジョルダン様のお顔を、現実を、見るのが怖くて俯いていましたら、首にひんやりとしたものが当たりました。
チャリッという小さな金属音のあと、後ろぎみの首筋に温かくて柔らかな感触。
ちゅ、と心締め付ける、甘い音。
「いじめてすまない。それでも、君を愛している」
「っ――――!」
◇◆◇◆◇
婚姻届を提出したら、間違えてノリとネタで書いた方の婚姻届だったけど、なんやかんやでセーフでした。
ジョルダン様と仲良く手を繋ぎ、ちゃんと書いた方の婚姻届を貴族院に提出して来ました。
胸元で輝くエメラルドのネックレスを見るたびに、この幸せな瞬間を、いつも思い出すことでしょう。
「ソフィ、もうこんな間違いは無しで頼むよ?」
「………………てへっ!」
―― fin ――
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