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8.精霊の棲む山 3 ~その頃のクラヴィスさん~



 王城内にある魔術師団の詰所。副師団長に割り当てられた執務室で、クラヴィスは山のような書類を前に盛大な溜め息を吐いた。



 師団長のブラムは現在、各署幹部連中を集めての会議を行っている。



 「騎士団の奴らも来るから遅くなる。 あとよろしく!」



 そう軽い調子で宣ったブラムは、クラヴィスにてんこ盛りの書類を机上にドサッと落とし、颯爽と執務室を出ていった。



 (……会議の後、絶対宴会始まるな)



 まず間違いない。


 額を手で覆い、クラヴィスは項垂れた。


 

 こうなればもう、ブラムは戻って来ない――少なくとも本日中には。


 よって自分はもうこの部屋から一歩も出られないのだと覚悟した。


 

 クラヴィスは力なくその山を見上げる。


 それでも大分処理できたとは思う。山が減ってきたし。



 文書を読み、只管ペンを動かし判を押しまくる。副団長だからといって、決して人が羨む役職ではないのだ。兎に角、今までより仕事量と責任が増えるだけの中間管理職――さらに却って前より自由が利かなくなった。



 はぁ――何度目かの溜め息。



 ティナは今頃どうしているだろうか。


 

 「ストレイ山、か」


 あの山は別名、《精霊の棲む山》という。精霊達は山に入った人間に悪戯したり茶化したり、その相手の反応を見て面白がったりする。


 それだけなら精霊の性質上、許容範囲なのだが。


 ただ少しクラヴィスが気になるのは、希に気に入った人間を精霊達がその山に隠してしまう、というものだった。信じられないような話だが、昔本当にあった事例らしい。



 養成機関の生徒達がストレイ山に入ることは、事前に騎士団と魔術師団の所に報告されている。


 万が一、山で遭難したり精霊に遭遇し何らかの事情で戻れなくなった場合は、直ちにこちらで隊を編成し救出に向かう手筈になっているのだ。



 

 「何もなければ良いが……」



 過去、この件で出動したことはクラヴィスが入団して以降、数える程しかない。



 きっと大丈夫だろう、と再び書類に目を落とした所で――魔術による外部からの連絡が届いた。




◆ ◆ ◆




 「ちょっと、あなた達誰なの。ここから出して。私、帰らなきゃならないの」



 陽はもう傾きかけ、早く下山しないと暗くなってしまう。焦る気持ちを抑えきれず、ティナは周りを囲み行く手を阻む存在に語りかけた。



 『もう少しあそぼうよー』

 『ここにいなよ』

 『僕たちの言うことが聞けないの?』


 綿毛達は口々にティナに訴えている。


 「あなた達、精霊よね。 私は人間だからここにずっとは、いられないの」


 『えー、いたらいいじゃん。大丈夫だよ』


 幾度となく繰り返した言葉は精霊達が受け止めてくれることはなく、ティナは心底泣きそうになって唇を噛んだ。



 『……だってさぁ、君は面白いからここにいて欲しいんだ』


 ポンッと綿毛の一つが羽のある少年の姿に変わった。その髪は神秘的な白銀色だ。


 ティナが驚きに目を離せないでいると、少年がコロコロと笑った。




 『ねぇ……《ルカ》ちゃん?』



 

 きっとこの先誰からも呼ばれることはないであろう懐かしいその名に呼吸が止まり、ティナは目を見開いた。



 「……なんで、その、名前を」


 漸く絞り出した声は震えている。


 そうだ。あちらの世界でティナは確かに《如月瑠夏》という人間であった。それをあっさり看破された。まるで心の中を読んでいるかのように――



 いつの間にか鼻先近くまで来た少年は笑みを浮かべ、顔を覗き込んできた。ティナの髪を恭しく一房手に取る。



 『わかるよぉ。だって君は《異界の魂》じゃないか。 どんなに隠してたって僕たちには視えちゃうんだよ』

 『わかるわかる』

 『ああ、君のこの金の髪もすごいや。 ……欲しいなぁ。少し頂戴?』


 ふわふわと綿毛達がさらに纏わりついてきた。特に髪に。



 (髪……? 髪なんて)


 ティナはグッと拳を握った。


 「ダメに決まってるでしょう! あなた達、私がゲーハーになったらどう責任取ってくれるの!?」




 ――髪は女の命、である。



 髪を取られまいとティナは激しく頭を動かし、綿毛達を振り落とそうとした。なんで落ちないの、雪虫みたいだ。


 『ゲーハー? ゲ……、あっハゲって意味ー?』

 『何それー』

 『魔力欲しい~。 その髪にすごく詰まってるのにぃ』



 「魔力? 私にそんなのあるわけ――」



 ティナはハッと続く言葉を飲み込んだ。


 精霊達の言うことはある意味正しい。確かに自分は魔法は使えない。だが魔力自体はあるのだ。


 昔、医療魔術の先生が教えてくれたのだが、子供の頃の魔力共鳴事故は、何らかの原因によりティナの魔力回路が破損、もしくは閉じた可能性があるとのことだった。



 よって魔力が発動出来なくなっただけ、なのだ。


 

 『いいよー。なら、ちょっと乱暴だけど無理矢理もらう~』

 『もらうー』



 「ふぁっ、やめっ……! 髪抜かないで……」


 頭皮を痛める、そう言おうとした所で目眩がし、ティナはふらりと体を傾がせた。力が抜けてガクンと膝をつく。




 すると、辺りが一面、真っ白な目映い光に包まれた――


 






【登場人物】

・ティナ・ヴァンドール……主人公、《如月瑠夏》の前世をもつ、《異界の魂》と呼ばれている

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