71.刹那の境目とソルソフィア達との夕食
パチリと目を開けると、目の前に金髪金瞳の美女がいた。眉目秀麗のその人は女性でありながら、男物の服を纏っている。
この人とは最近知り合った。ある日突然自分の家にやって来て、言葉を交わすようになった。
彼女はこちらを見るなり、というか同じ目の高さで、
「こんにちは、ティナ」
とにっこり笑って挨拶してきた。私も強張った顔で返す。
「こんにちは、ソルソフィア様」
ここはお祖父様の御屋敷にある図書室だ。膨大な資料、魔術書が所狭しにギッシリと詰まる。私にとっては宝物庫のような場所だ。
私はちょうどそこの本棚の隅に背を預けて本を読んでいた所だった。恐らくソルソフィアはお祖父様に会いに来たのだろう。二人はとても親しいのだと聞いている。
その後特に会話もなく、それじゃあと朗らかに笑って彼女は部屋を出ていった。
そして次の日もいた。
私が目をぱちりと開けると、彼女がやあと言ってニコニコしていた。
目線が合う。というか合わせていた。
よく学校で授業中そのままの姿勢で居眠り、もしくは意識がいつの間にか飛んで、ふっと目が覚めた時に先生が目の前にいるような感覚である。
目を開けた瞬間ソルソフィアがいたのだ。背中から冷たい汗が流れる。
この人は――
「お帰りなさい、どこに行ってきたの?」
最初から最後まで変わらない笑みで訊ねてくる。彼女は自分が何処かへ行っていた事を知っていた。
「…………」
返事なぞ出来るわけがない。答えられなかった。言えない、言ってはいけない。これは私だけの秘密だ。
知られればお前は狙われる、珍しい人間だ閉じ込められて利用されるかも知れないとアカシャが言っていた。
あの白い影の言うことは当たっている。
だからとても気をつけていた。滅多に人の寄りつかない祖父の図書室ならば、安全だと思ったのだ。
(この人は一体何者……? 賢者様だからわかったの?)
あちら側に行くのに《刹那》という時間が必要なのだが、それは一瞬だ。その境目が彼女には分かると言うのか。
ソルソフィアがこちらの動揺を読み取ったのか、穏やかな口調で優しげな笑みを浮かべる。
「私は誰にも言わないよ。どうか君のその秘密を教えてはもらえないだろうか?」
「……閉じ込めたり、しませんか?」
「ふふっ、しないよ。脅したりもしない。ただ、知りたいだけなんだ」
「…………」
なおも私が押し黙ったので、彼女が顎に手をやり考え込んだ。
それなら、とソルソフィアが茶目っ気たっぷりに人差し指を口元に当てた。
「私の秘密を教えてあげよう」
「……え?」
「実は私はね、――――なんだ。……結構すごい秘密だろう?」
「嘘ですよね」
「まさか。本当の本当、」
「…………」
信じられない。彼女の秘密の方が驚いた。自分なんかよりも凄い内容だ。その言葉に降参した様に息を吐いて一拍置くと、ポツラポツラと語り出す。
「私は、叡知……の世界に、行っていました」
「へぇ、すごいね」
「そこには番人がいて、この世界を行き来している事は誰にも言うなと忠告されました」
「それは正しい助言だね。君みたいな子は騙されていい様に利用されるだろうね」
そしてその番人はアカシャという名だという事。その世界に行けば、瞬時に答えが解ること等を彼女に話して聞かせた。
普通の人間が聞けば驚く内容だ。軽く頭がおかしくなったと思われても仕方ないかも知れない。だがソルソフィアは、その話をただ黙って頷き真摯に聞いていた。
そうして彼女は形の良い唇を開く。
「君の言う様に、その世界が存在する事は知っている。けれど行く方法は解明されていないんだ。そして仮に運良く行けたとしても、無事に戻って来た者はいない」
「そう、だったんですか?」
「うん。そういう研究をしている者がいるんだ。君は気をつけた方がいい。周りは世迷い言だ、気が狂っていると言っていたが、その男は本当にあると信じていた」
この事は絶対に知られてはいけないよ、と真剣な表情で彼女は言った。
◆ ◆ ◆
養成機関の帰り道の途中から、ティナはこっそり転移しソルソフィアの屋敷にやって来た。
いつもの通り客間に通される。するとそこにはクラヴィスの姿もあった。今日はユールの森で得た杖の材料を渡しがてら、ソルソフィア達と四人で夕食をとろうと約束をしていたのだ。
今日は一日休みだったクラヴィスがティナを気遣う。
「お帰りティナ。昨日の今日で疲れたろう?」
「うん、正直かなり疲れたわ。まだ昨日のユールの森にいた感覚が抜けないの」
二人並んでソファーに座って待っていると、ルーデウスがひょっこりと顔を出した。その後ろにソルソフィアが続く。
「二人共お待たせ。無事にあの森から帰って来れて良かった。枝はどんなものか、見せて?」
「これです」
クラヴィスが持ってきてくれた袋から枝を出して、ソルソフィアに渡した。彼女の目が食い入るようにそこに留まる。
「これは良いものを選んできたね。滲み出る魔力がすごい」
「私が選んだ訳ではなくて、あの中心部にあった大きな木の枝が光って上から落ちて来たんです」
「いや、木が君に合うような枝をくれたんだ。やっぱり本人が行くと良いんだね」
ふふっと彼女は微笑み、枝を優しく撫でた。
やがて食堂に通されたティナ達は夕食をとりながら、迷わせの森での不思議な出来事を話した。
ソルソフィアの見解は、やはりそれは創世王かも知れないとの事だった。
話が進んでいく内に杖の件へと移っていく。
「しかしこの枝は大きいね。本当に今と同じサイズで良いの?」
「はい、姉さま。それで……あの、杖がまた壊れた時用に、予備にもう一つ造って欲しいんです」
「……予備?」
目を丸くして驚いている彼女にティナは申し訳なさそうに頭を下げた。もし万が一杖が破損した場合、またあの森に行くのは大変だなと思ったのだ。
ソルソフィアはううむと考える素振りをしたが、程なくしてふわりと笑った。
「良いよ。でも一つは今月中には出来上がるけれど、予備のは少しかかるよ大丈夫?」
「はい、大丈夫です。姉さま、忙しいのにありがとうございます」
彼女はこう見えてかなり多忙だ。この間のように不可思議な遺物が見つかる事もままある。その度にそこへ移動し確認する作業を行っているのだ。
「あと壊れた杖なんですが、あれ加工して再利用しても良いですか?」
「えっ!? 良いけれど……そんな事言ってくる人なんて初めて見た。やっぱり君は面白いねぇ」
ティナの発言にこれまた彼女は興味を示した。何を作るの、と聞いてくる。
何を作るかはまだ決めていないので、とりあえず壊れた杖だけ彼女からもらい受ける。
(あとで工芸品製作に詳しいレイラさんにも、何が良いか聞いてみよう)
食事も終わりお腹が一杯になると、何だかとても眠たくなってきた。そんな自分の姿をクラヴィスが気遣わしげに見つめてくる。
「もうそろそろ帰って休もう。ここ数日ずっと慌ただしかっただろう?」
「そうだね、ティナはちょっと疲れているね。今日はもう帰って眠った方がいい」
ルーデウスやソルソフィアも心配そうにティナの顔を覗き込む。今日ばかりは彼らの言葉に従うことにした。
「はい、今日はもう帰ります。二人共ありがとう」
「うん」
「じゃあね」
「賢者殿、それでは俺達はこれで失礼します」
クラヴィスは彼らに頭を下げると、ティナの腰に腕を回した。瞬く間に転移する。気づけばそこはもう彼の家だ。
ふと強い眠気が襲ってきた。先程果実酒を飲んだからだろうか、美味しくてかなり進んだ気がする。
立っていられなくて彼に掴まったら、ヒョイと抱え上げられた。
「わわ、ラヴィ。重いから下ろして」
「平気。それより疲れている時はお酒に気をつけて。そんなに赤い顔して……」
何かを言いたいのを堪えているクラヴィスにティナは身を捩って訴える。
「でも本当に大丈夫。お風呂に入ってから寝るから、ここで下ろしてほしいの」
「…………」
無言で身体浄化の魔法をかけてくれた。これはそのまま部屋に連れて行くと言う、彼の意思表示だ。
「しっかり今日は体を休めてほしい。でないと明日、無理矢理にでも休ませる」
「う、……わかりました」
低い張りつめた声が耳に届く、ティナは縮こまった。
そうして部屋のベッドに寝かされ、眠りにつくまで彼は側にいたのだった。




