57.地下空洞捜索と女神への誓文
遺物の確認された場所へ到着すると、皆でくまなく探し回る。稀に野犬や魔獣、鳥などが持ち去る場合もある。様々な可能性を意識しながら、徐々に探す範囲を広げていく。
すると雪の降り積もった所に足跡が点々とある。ティナは皆を呼んだ。
「姉さま、ルー。これ、人間の足跡かしら」
「うーん、この足跡まだ先へ続いているな」
皆で足跡を追いながら歩いていくと、ふと地面が無くなった。咄嗟に歩みを止める。
地面の下を覗き、ティナ含め全員の目が大きく見開かれた。
暗い中目を凝らして見ると、巨大な空洞があるのが確認できた。もしかしたら犯人はここから落ちた可能性もありそうだ。
「これは……遺構、じゃないですよね?」
「違うな、これはただの穴だ。しかし大きいな」
「遺物を盗んだ奴は、この中に逃げたのかな。それか間違って落ちたか」
作業員達とソルソフィアが顔を寄せ合い話し合っている。ティナは表情なくその空洞をじっと見つめた。
「……ねぇ、ルー。その遺物は本当に聖遺物なの?」
「あの時少しだけれど確認した限り、聖遺物ではないと思う。 ただタルムという男が、遺物に何らかの契約紋を刻まれかけている。あれは普通の代物じゃないのは確かだ。早めに回収したい」
「そうなのね。あの空洞、というかここって過去に坑道とか無かった?」
突然脈絡なく奇妙な事を言い出したティナにルーデウスが目を瞬く。すると背後に控えて聞いていたラウルが前に出てきた。
「この下はどうかわかりませんが、この地方では昔から外気から身を守る為に、地下道を作り住居としたりそこに食物を保管したりしています。ただここはノースル村の外れです。 ここに地下道があるだなんて今まで聞いたことがありません」
彼の顔は不可解とでも言いたげだ。
やがて作業員が魔術で空洞に灯りをともす。中の様子が微かに見える。やはり空洞の奥に道らしきものがある、何処かに続いているようだ。
話し合いが終わり、ソルソフィアがこちらにやって来た。
「ルー、すまないが作業員と一緒に降りて中を見てきてくれないか? もしかしたら犯人がいるかも知れない。そうなれば彼らだけでは心許ない」
「わかった。行ってくる」
うんと頷き、ルーデウスが準備をし出した。作業員が二名後ろにつく。それを見て、ティナはソルソフィアに近寄った。
「姉さま、私も行っていいですか?」
「ティナ? 中はどうなっているかも分からない。ちょっとこれは女の子が行くのは危ないよ」
「お願いです。ルーの側から離れないようにしますから」
困り顔の彼女に、ティナはペコリと頭を下げる。その姿に説得は無理だと感じたのか、ソルソフィアは言葉を続ける。
「絶対ルーから離れないようにしてね。あと危なくなったらすぐに転移して戻ること」
「わかりました」
「……あの、俺も同行して良いですか? 多少、魔法が使えるので何かお役に立てるかも知れません」
後ろでラウルがおずおずと声をかけてきた。ソルソフィアが頼む、と彼に頷く。横から表情を硬くしたレイラが、ティナに頭の布を外し差し出してきた。
「これは?」
「女神の加護の紋に守護、持ち主の力を高める作用があります。どうかこれを身につけて行ってください」
「ありがとう」
そうして彼女の様に布を頭に巻いてくれる。ルーデウスがティナの肩に手をかけて呼びかける。
「ティナ、そろそろ行こう」
「はい」
ルーデウスが風の魔法を使って、ティナを含めた皆を空洞へと下ろす。
空洞の内部を確認すると崩れた土に埋もれた靴が片方あった。やはり何者かがここにる可能性がある。が、見渡しても人の気配はないので、ティナ達はそのまま先へ進むことにした。
歩いていくと道が二股に分かれている。どちらに行けば良いか迷う。ティナはごくりと唾を飲んだ。
「ルー、二手に分かれましょう」
「そうだね、僕と作業員一人は右側。左はティナとラウル君、そして作業員一人に分かれよう。何かあれば君は契約精霊に僕を呼ぶよう命じてほしい。そうすればすぐに駆けつける」
「うん。わかった」
ティナ達は二手に分かれるとそれぞれ薄暗い道を進みだした。
ポゥとラウルの魔力で灯りがともされる。前方は作業員、次にラウルとティナが並ぶ。作業員は左手に魔力喰いの手袋を装着しているので、遺物の影響を受けづらい。その為前方にいるのだ。
「ラウルさんは魔法が使えるんですね」
「はい。先日、国家魔術師の資格を取りました。村のために何か役立てられるかと思ったんです」
「資格持ちなんですね。若いのに村のためにっていう気持ちがすごいです」
「いえ……俺は二十四です。若くないですよ」
驚いたティナを見て彼はクスッと笑う。とても穏やかな青年だ。村のために尽くそうという気持ちに、何とも頭が下がる思いだ。
ふと彼の首元から鎖がのぞき、目に留まる。何故かティナの胸の奥がざわめいた。
「……あの、もしかして天球儀持ってきています?」
「ああ、はい。持ち歩くようにと養成機関から教えられたので」
シャラリと音をたて、ラウルがそれを見せてくれた。まだ新しい、それは一見どこも変哲のない天球儀だ。
ただ、僅かな灯りの中でもそれはハッキリと分かった。何か紋様が刻まれている。ティナの目がそれに引き付けられる。
自分はこれと全く同じものを見たことがある。
恐る恐る彼に訊ねてみる。
「ラウルさん、この紋様は……?」
「それは、ここらの地に古来より伝わる呪い、というか誓文です」
ラウルが穏やかな声音で呟く。
「我らは女神のために力を尽くさん。我らは女神の血肉となりて共に大地に還らん」
それは女神に忠誠を誓う言葉らしい。現在は魔術師も少なく廃れてしまったが、昔は厳格な女神崇拝が行われていた地だそうだ。
「まぁ、こんな女神の加護が薄れている地で、おかしい話ですけどね」
「…………」
ラウルは苦笑しているが、こちらは笑うことなど無理だった。それどころか血の気が引いていく。
(血肉って、何……? アカシャは彼らは喰われたと言っていた。まさか、女神様が食べたってこと?)
誓文なぞ単なる比喩であってほしい、ティナはそう思わずにはいられなかった。
すると奥の方で、
ドオオォン、と耳をつんざく轟音が響き渡り、地が揺れた。




