5.ひげ先生は凄い偉い人でした
何回も書き直してすみません。マーカスのこと抜けてたので書き加えてます。不慣れですみません
「ティナ、この後懇親会らしいよ。行かないか?」
「……ごめんね。今日は行けない。マーカス、私の分まで楽しんできて」
午後3時。授業終了のチャイムが鳴り、ティナは教本を鞄に入れて立ち上がった。生徒用の濃緑のローブを羽織り、教室から出て歩き出す。
後ろから薄茶の髪をした男――マーカスがくっついてきた。
「えー。なんでー? 俺、ティナと一緒がいい。さっきのひげ先生の説明よくわからなくて、懇親会で丁度会うから詳しく教えてもらおうと思ってたのに……」
「ちょっと……。 先生居たらマズイでしょ。聞こえたらどうするの」
ギョッとしてマーカスに声を潜めて窘める。
ひげ先生こと、ラドルートは養成機関のティナ達のクラスを担当している先生である。
マーカスはティナの同級生で一番に仲良くなった友達だ。たまたま隣に座った彼が、ティナに教本忘れたから見せてほしいと頼んできたのがきっかけだ。
座席は毎回自由に座って良いことになっている。
それ以来、マーカスはティナの近くに座るようになっていた。
(彼の物怖じしない気さくな感じが、話してても気を遣わなくていいからラクだわ)
「私はこれから買い物して帰って、ご飯作りです。まだ慣れてないからごめんね」
「……じゃあ、俺もやめようかな」
「マーカスは出なよ。それになんか面白い情報聞いたら教えてほしいし」
「何それ。えー、面倒くさー」
ぶつぶつと歩きながら文句を言ってるようだが聞こえないフリをした。
マーカスは王都に自宅があるらしく、商家の跡取り息子らしい。
薬関係の取り扱いをするのに、養成機関で知識を得たり扱い方を知るというのが目的だそうだ。なんでもあまりに無知だと、仕入れの時に粗悪品を掴まされる可能性があるらしかった。
「情報といえばさ、今回は全コースから懇親会参加だって」
「えっ、Bコースだけじゃないの? やだなんか――怖そう」
懇親会は各々生徒の事情を考慮し、自由参加形式となっている。だが、参加者は大体裕福な家の子息子女が多いようだ。
ただもう入学して半月経とうとしているが、ティナが知る限り、すでに二度は懇親会を行っている、気がする。
(明らかに毎週とか、やりすぎだと思う)
何かにつけて、夜会とかお茶会が開催される世界ではあるが――
因みに薬師養成機関サティアスは、【2年制魔力ありAコース】と【1年制魔力なしBコース】がある。
魔法が使えないティナはBコースである。正直A コースの生徒達にはあまり近づきたくないと思っている。なんか睨まれそう。怖い。
歩いている内に出入口に差し掛かってきたので、じゃあね、とマーカスと分かれ王城を出た。
養成機関はちょうど王城の裏側にある。繋がっているので、一度そこに入城し専用の通路を通って行くのだ。
(……今日は、何食べようかな)
クラヴィスの家へはここから歩いて20分位。
実はティナはこの帰路につく道すがら、晩のメニューを考えるのが一番好きだったりする。
◆ ◆ ◆
「「いただきます」」
今日はハンバーグ、サラダ、スープである。
毎回食べる前の祈りの後、ティナが「いただきます」というので、何故かクラヴィスも一緒に言うようになってしまった。
自分のおかしな言動にあまり深く突っ込んでこないクラヴィスにティナは心の中で苦笑する。
付け合わせのトマトをぱくんと口に入れた。
「ティナさん、今日は変わったことなかった?」
「ないですねぇ。 あ、今日は授業終わったら懇親会あるって言ってましたけど、私は遠慮しておきました。 毎週のようにあって困っちゃいます。断るの大変です」
「こっちは無理しなくていいから。ティナさんが出たいと思ったらそうしていいよ」
ふっとクラヴィスが微笑んだ。
「あと、やっぱり朝大変だろ。 どうせ同じ場所へ行くんだし、馬車で送るよ」
「あぁ……いいです、それは。 運動にもなるし、気分転換にもなるので大丈夫。歩きます!」
食べ終えた食器を片付けようとしたら、クラヴィスが今日はいいよ、と魔法であっという間にキレイに洗って乾燥させ食器棚に戻してくれた。
食後はソファーに座ってお茶を飲む。
「……あと、クラヴィスさん。私がここに住んでることは――」
「ん……、ちゃんと秘密にしてるよ」
「良かった。ありがとうございます」
入学前にティナとした約束。それを再び確認すると、向かいのソファーに座ったクラヴィスがコクンと頷いた。
その言葉にティナはほっと息を吐く。
初めて養成機関に通う前日も彼が魔術師団に出勤するので馬車に乗せてくれると言い出した。
何か嫌な予感がしたので丁重にお断りしておいた。
なにせ目の前のこの麗しいお方は、若くして副団長という立場だし、何より美形で独身。年頃の子女は普通ほっとかないだろう。何かしら注目しているはずだ。
(そんな中でクラヴィスさんと馬車に乗って王城なんぞに行ったら、私――)
養成機関行ったら、薬師仲間作るぞー、と張り切ってるのに。綺麗な女の人達に目を付けられ、何なのあの女とか言われていらんマウント取られかねない。嫌がらせとか受けそう。
――それだけはごめんだ。
穏やかに卒業したい。
とにかく変に目立ちたくないので、クラヴィスに言ったら理解してくれた。実は彼に会いたいがために魔術師団の詰所までやってくる子女もいるらしく、訓練が中断されるので困っているらしい。
なので、ティナがここに住んでることは秘密だし、万が一、城で遭遇しても初対面――という体でいこうと決めている。
実際あの日、馬車で行かなくて良かったことが判明した。
教室で女子達がクラヴィスのことを噂していたからだ。やれ、さっきすれ違っただの、目が合っただの挨拶しただの……。
確かにクラヴィスさんは格好いいとは思うけど。
「そうだ、クラヴィスさん。 来週、現地実習でストレイ山という所に薬草摘みに行くので、帰り遅くなるかも知れません。一応、現地集合現地解散なんですけど」
「ストレイ山というと、精霊の棲む所だろう。 確かにそこは珍しい植物がたくさん群生していると聞いたことがある」
「はい。ひげ先……、いえラドルート先生も言ってました」
「うん。ハハッ、ひげ先生ね。 あの人ああ見えて凄い方なんだよ。農作物研究の第一人者で、彼のおかげでこの国の食糧事情が良い意味で一気に激変した。 その功績で陛下から勲章報奨を賜っていてね――」
堪えきれずにクラヴィスは笑った。
(あの先生、そんな偉い人だったのね)
確かに薬草学はすごく大切だと思う。薬は勿論、肥料として混ぜたり、香水、化粧、染料にも用途があるのだ。
あとで寝る前にもう一度教本を読んでみよう、とティナは思った。
【登場人物】
・ラドルート……薬師養成機関の先生。通称ひげ先生。
・マーカス……ティナの通うBコースの同級生。薄茶の髪。




