4.爪の垢を煎じて飲む薬はありません。そしてなんちゃってオムライス、作ってみた
――思ったより買い込んでしまった。
実の所、食材はもちろん、鍋など調理器具がほとんどなかった――フライパンは辛うじて家にあったのだけど。
なので結構買わざるを得なかった。食器すらもだ。
道がまだよくわからないティナを心配してクラヴィスが一緒に市場をまわってくれた。視界に入った建造物を詳しく教えてくれたり気をつけることを聞かされる。
歩きながら、ふと足元をみるとティナの歩幅に合わせて歩く速度を調整してくれているのがわかって、すごいなぁと感心して一人ほっこりしてしまった。
そんなクラヴィスは私用で外に出るのは久しぶりだそうで、なんだかちょっと嬉しそうにしている。
ただ、二人で買い物した荷物を持って歩いているとまるで新婚さんのような雰囲気を醸し出しているのか、店の人と顔を合わせるたび微笑ましそうにみてくるのが、なんとも気恥ずかしかったのだけど――
買い物が一段落し、ふと空を見上げると柔らかな日差しとふわりと横切る風が心地よかった。
「この街は賑やかでいいですね」
「王都だとこれが普通かな。 建国祭の時はもっと人が多くなって大変だよ」
眉を顰めたクラヴィスは人混みが少し苦手のようだ。
近くの広い公園で昼食を食べながら休憩しよう――ということになった。
木陰のベンチに腰を下ろし、店で買ったサンドイッチと飲み物を紙袋から取り出す。隣に座ったクラヴィスには、チキンのサンドイッチを手渡した。
「はい、ルドシエルさんどうぞ」
「ありがとう」
「すみません、奢ってもらってしまって……。しかも荷物まで――」
「いや、本当は私が準備しておくべきものだったから、君は気にしなくていいんだ。それにこういうのは自分には不得手というか……。その、君がいてくれて助かった」
購入した荷物は彼の転移術ですでに家に送られている。ティナは生まれてこの方、転移術を見たことがなかった。
(この人は、きっとすごい人なんだわ)
サンドイッチを一口かじり、クラヴィスをちらりとみた。
「あの、ルドシエルさん――」
「その名前なんだが……、私のことはクラヴィスと呼んでほしいんだ。それに君とは年が近いからね」
「んぐっ!? ケホッ」
「大丈夫か!?」
おもいっきり玉子サンドが口の中でむせた。
驚いたクラヴィスが背中を擦ってくれる。手元にあったフルーツジュースを少し飲んだら落ち着いてきたので、ホッと息を吐いた。
『年が近い』というワードに過剰に反応してしまった。恥ずかしい。
「あの、ちなみにおいくつなんですか?」
「19」とクラヴィスが呟いた――ように聞こえた。
(同い年……ですかぁぁ!?)
驚愕のあまり目を開いて彼の横顔をみた。
どうみても自分よりかなり上、25才位かと思ってた。嘘でしょう。
まじか。
しかもよくよく聞いてみると、クラヴィスは8月生まれ。私より1ヶ月遅れだ。
(自分がこの人より1ヶ月だけとは言え、年上であることに罪の意識を感じるわ)
「幼すぎてごめんなさい……」
「ティナさん?」
がっくりと肩を落とすティナの様子に何かあったのかとクラヴィスが顔色を窺うように覗き込んでいる。
さらにいうとクラヴィスは子供の頃から非常に優秀だったらしく、通常では考えられない程の異例の速さで魔術師養成機関を卒業し、そのまま魔術師団に入団した。
そして若くして副団長の地位まで上り詰めた現在がある――
と、全く嫌みなくティナに自分のことを語ってくれた。
照れ恥ずかしいのか謙遜しているのか、クラヴィスの声が細々と小さくなっている。
ティナは隣のクラヴィスに微笑んだ。
「すごいですねクラヴィスさん。同じ年なのにいっぱい頑張ってて。私も爪の垢を煎じて飲みたいくらいです」
「……爪の垢? なんだろう、最近の薬かな?」
「あっ! ややや、違いますっ、今の忘れてください! とにかく一生懸命ですねってこと、です!」
「……?」
ぶんぶんと手を振って訂正する。危ない。この世界、この手の慣用句はあるにはあるが、同じ言葉ではなかった。
キョトンとしているクラヴィスに誤魔化すように慌てて立ち上がったティナは、もう帰りましょうと呟いた。
◆ ◆ ◆
クラヴィスの家に帰宅した後、ティナは魔石を使ってみることにした。
台所に立ち、コンロの火をいれてみる。
一瞬で着火され、ものすごく感激だ。
「どう? 使い方わかった?」
「はい! すごく便利です。これなら私でも大丈夫そう。クラヴィスさんありがとうございます」
「ふっ、良かった」
心配なのか、クラヴィスは度々ティナの所へやって来ては背後から覗いている。
魔石はポケットに入れていても、魔力は対象物に伝わるらしい。そんなに離れてなければいいみたいだ。
ただし、あくまでも微弱なので生活魔道具を使用する際に限られるし、たまに魔力補給したりメンテナンスしないとダメらしい。
「何を作るの?」
「ふふっ、何にしましょう。クラヴィスさんは苦手な食べ物とかありますか?」
「う……、苦手な物がわからないので、とりあえず食べてみます」
市場で食材を選んでいた時、好き嫌いについてクラヴィスは特に何も言ってなかったから大丈夫、と思ったのだけど――
あとクラヴィスの言葉遣いが敬語だったり砕けた感じだったりなのでちょっぴり面白い。少しずつだけど、慣れてきたのかなぁと思う。
(よし、今日はなんちゃってオムライスにしよう!)
オムライスにはご飯が必要だ。だが、この国には米がない。前世の記憶が戻った時ティナは洋風の料理しかなく、かなり絶望し落ち込んだ。お粥やおにぎりが食べたかった。
体力が回復しある程度自分で動けるようになった頃、ルーン領内を米を求め探しまわった。色々な物を食べてみたりもした。
その中で、この世界には色や形が違っていても、ティナの求める食材に近いものが意外とあることがわかってきた。
(米――ご飯に近い食感の食材があった時、本当に奇跡だと思ったわ)
ただ少し違うのは市場にも売っている、とある植物の葉を使うのだが、そのままだと大きいので細かく切らなければいけない。
その後は普通のご飯を炊くのと同じ要領だ。勿論、炊飯器は存在しないので鍋で炊く。
そしてそれは不思議なことに、炊き上がると色が抜ける。水分を多く含み楕円になり半透明になるのだ。
あとは蒸らしてから冷まし、塩胡椒で炒める。卵をとき少し牛乳を入れ、焼いて、ご飯もどきに乗せる、と。
冷蔵庫がないので卵はなるべく焼くようにしている。生卵を食べるのはこの世界では、よろしくないとされているのだが、ティナはこっそりと生みたての卵を食べたことがある――その後アリシアにめちゃくちゃ怒られたが。
あとはベーコンと野菜のスープ。サラダを作って完成だ。
「そうだ、クラヴィスさんはお酒とか飲むんですか?」
この国では18才から飲酒して良いことになっている。もしクラヴィスが飲むなら、今後お酒のアテも用意せねばと思った次第だ。
「……付き合い程度には飲むが、家だと休みの前位かな。 ティナさんは?」
「あっ、私は20才になってから飲みます!」
「ん? どういうこと?」
「ただのこだわりです」
因みに本当は20才の誕生日に父と母とでお酒を酌み交わしたかった。その日何も予定がなかったら、実家に帰ろうかなと思っている。
そのことをクラヴィスにいうと、なんかすごい興味深そうにこっちをみていた――絶対この人笑ってると思う。
料理を盛り付けてクラヴィスとテーブルにつく。見たことのない料理なのか、食べるのに戸惑っているようだ。
「スプーンで食べるといいですよ。ほら、こんな風に――」
スプーンで掬って食べる所を見せると、彼も同じようにオムライスを食べ始めた。
「あ、美味い。玉子がふわっとしてる。中に入ってるコレは……?」
「ふふっ、ぷりっとして美味しいですよね」
余ったスープは明日の朝使おう。
二人で夕食を摂り食器を洗い終え片付けてから、ティナはお風呂をかりる。
これまた浴室に関してもティナの家とは比べ物にならない造りで驚かされることになるのだが。