39.叡知の彼女とティナの魔力と壊れた魔導具
「それと姉さま、魔導具の作り方を教えてくださいませんか?」
「おや、どんなやつだい?」
「クラヴィスさんに貰ったネックレスの魔導具なんですけど、あの時に壊れてしまって。 こちらで同じ物を造れたら、彼の手を煩わせなくて良いかと思ったんですが」
「良いけど。でも彼の魔力が込められていたのだろう? 類似した物を造っても、本人が何と言うかね」
ソルソフィアが腕を組んで考える素振りをした。
そうですよね、とティナは肩を落とす。やはりクラヴィスにまず話すしかない。言い方次第によっては、あの事をうまく隠して伝えられるかも知れないし。
そんなティナの様子をついと目に留め、ソルソフィアは人差し指を立てた。
「それはそうと、折角ここに来たんだし《彼女》に会って行かないかい? 君、全部あれに託して居なくなってしまっただろう。 とても心配していたよ」
「ああ、元気にしていますか彼女は」
「もちろん元気さ」
ソルソフィアに連れられてティナは屋敷地下に下りる。後ろにはルーもいる。
地下は三階層まであり、目的の場所は第三階層だ。移動には特殊な転移陣を要し、認証された者だけが使うことができる。
薄暗い回路の向こうに青白い光がぼうっと浮かび上がっている。《彼女》はそこにいた。
『お帰りなさい、ティナ』
「ただいま、トリニティ」
ティナが話しかけているのは球体である。それも人の体程ある巨大な天球儀だ。三方に魔石の嵌め込まれた魔導具製の台座上をふよふよと浮かんでいる。
そして開口一番彼女に謝る。
「ごめんなさい、トリニティ。あの時は貴女しか頼める人が居なくて仕方がなかったの」
『あの少年が無事で何よりです。ですが貴女は無謀すぎます。貴女が消えた後、私はとても大変でした。貴女の天球儀を遠隔操作しソルソフィア様方を喚び、情報を公開しました。非常に疲れる作業です。いいですか、これは――』
「トリニティ、分かった分かったから」
「相変わらず彼女は話長いよねー」
終わらない。途中でソルソフィアが止めに入った。ルーが呆れて息を吐く。
トリニティとは賢者ソルソフィアが創造した人格をもった叡知の集合体である。但し容量の問題で全ての叡知が内蔵されている訳ではない。
ちなみにティナのもつ天球儀とトリニティは紐付けし同期させてあるので遠隔操作が可能である。
そうだ、とティナはふと思ったことを口にする。
「貴女なら私の天球儀どうなってるか分かるよね?」
『はい。あれは魔力感知出来ない所にあります。位置は特定できません。視界は暗く不良、狭いです。確定できませんが安定している所かも知れません』
「やっぱり、私の部屋かも……」
家に帰ったら確認してみよう。
隣にいたソルソフィアがトリニティに問いを投げかける。
「あとティナの記憶は戻ったが、未だ魔法は使えない状態だ。君の見解は?」
『…………使えます。回路は開いています。使えないのではなく、使い方が分からないと考えます。恐れがあります。コントロールが利かない可能性があります』
大体ガチで当たっていたので、ティナは内心舌を巻いた。さすがトリニティ、叡知の塊である。
「姉さま、彼女の言うことは当たっています。 多分私の魔力は以前より増している。使えば壊れます。 正直怖いので、生活魔導具も私の魔力で使わないようにしています」
「それは困ったね。何か良い方法があればいいんだけど」
『七割の確率ですがあります。一度全力で魔力を放出すべきと考えます。おそらく使い勝手も分かり彼女にとっては一石二鳥かと』
相変わらず速い答えだ。アレクサ並みである。
それを聞くや否やソルソフィアは目を見開き、口元を押さえた。
「や、それは無理だよね。ティナの魔力全開なんて、壊れるよね絶対。しかも七割でしょ、改善されない場合もある」
魔力全放出しても壊れない場所、というか壊れてもいい場所――
ううん、と彼女は目を瞑って唸っている。ティナは困ったように笑った。
「姉さま、大丈夫ですよ。きっとその内使えるようになりますから」
「いや、違うんだ。あるにはある。でも――」
『発掘作業終了。作業員があと五分後に到着します。彼らはソルソフィア様を探しています』
「え、もうそんな時間?」
今まで静かだったルーデウスが目を瞬かせた。ソルソフィアが顔を上げる。
「分かった。とりあえず戻ろう」
結局、魔力の放出についてどうするかは、後日ソルソフィアが検討し連絡してくれる事になった。
急いで一階の広間に戻ると、そこにはすでに複数名の作業員が集まっていた。ソルソフィアは彼らと共に会合に入った。今日一日の進捗状況を確認するためである。
すぐに終わるらしいが、ティナは帰ることにした。思ったより長居してしまったようだ。早く帰って夕飯の支度をしないと。
すると門にいた髭男がルーデウスの元にやってきた。来客があるようだ。彼は名を確認し苦笑する、そして通せと促した。
やって来たのはクラヴィスだった。仕事帰りだったのだろう。魔術師団の制服とローブを纏っている。凛とした佇まいに思わず見惚れそうになってしまった。
「クラヴィスさん!」
「やっぱりここか。迎えに来た」
ティナの姿を見て、彼はホッとしたように瞳に安堵の色を滲ませた。それにしても今朝行き先を伝えてなかったのに、ここだと分かったのが凄い。魔導具もつけてないのに。
「じゃあティナ、彼も来たことだし帰るといいよ。またね」
「はい。ルーも今日はありがとう」
「ちょっと待ってクラヴィス君、私は君に言いたいことがある!」
ルーデウスに礼をして帰ろうとしたら、向こうから物凄い勢いでソルソフィアが走ってきた。目つきが鋭い。
名指しで呼ばれたクラヴィスがキョトンとしている。
「賢者殿、お久しぶりです。何か……?」
「この前の観劇でも言ったと思うけど、私のティナを泣かせるような事はするなとあれほ――ん、もがっ」
「ソル何言ってるの! ほら、ティナ、じゃあね」
「はっ、はい。それでは失礼します」
ルーデウスが彼女の口をサッと塞ぎ、早く帰るよう促した。ティナは頷くと急いでクラヴィスの手をひく。
「さ、帰りましょう。クラヴィスさん」
「…………」
馬車に乗り込み、クラヴィスと向かい合わせに座る。窓の外を見るとすっかり暗くなっていた。決して治安が良いとは言えない場所なので、迎えに来てくれて良かった。
その事を伝えると彼は真剣な顔になった。
「ティナ、賢者殿の所に行くなとは言わないけど、必ず馬車を使ってほしい。この辺りは本当に危ないから」
「はい、気をつけます。でもよく私がここに来ていると分かりましたね。ちょっとビックリしました」
「……なんとなく、かな。ここかと思った」
「はぁ」
クラヴィスはそう呟くと窓の外を眺めている。
家に到着し、急いで着替えて食事の支度をする。彼も一緒に準備を手伝ってくれた。
食後のお茶をテーブルに置く。ティナはソファーに座るクラヴィスを見る。
「あの、ちょっとお話があって、いいですか?」
「うん、でもその前に……。ティナ、敬語はもうやめてほしいんだ。人前でなら仕方ないけれど、せめて家に居る時は、そうして?」
切実な表情で彼は言う。その言葉に困ったようにおずおずと返す。
「分かった。でもやっぱりまだ慣れてなくて、あなたのことクラヴィスさんって言ったり、敬語に戻ってしまう。その時はごめんなさい」
「ん、」
「話というのは、……あのね、ラヴィから貰った魔導具のネックレス、壊れてしまったの。ごめんなさい」
「やっぱりそうか」
ティナの言葉にクラヴィスは全く驚いていない。それどころか自分の思った通りだと納得している。予想外の反応だ。
「君には言わなかったけど、実はたまに魔導具の機能を確認したりしていたんだ。 数日前からそれとの繋がりが途絶えてね、どうしたものかと思っていたから。 今のを聞いてやっぱりかと」
そうか、彼には何となく気づかれていたのか。
「ところで破片とか何か残った物は?」
「うん、その、突然弾けて粉々に砕けて、光になって消えてしまったの」
「え?」
彼は信じられないという顔で、目を見開いた。




