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転生したけど魔法が使えないので薬師を目指していたら幼馴染み魔術師が私を溺愛してきます  作者: みゆり


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32.天球儀と新月と火竜の出現



 念願のマゥムを食べる事ができ、ティナはご満悦だった。しかも他にお昼もご馳走になってしまった。


 「でも他に遼ちゃんなら何か作れそうじゃない? 例えば醤油とか」

 「造ってみても良いけど、あれはとても時間がかかる。発酵させるのに菌がないとダメだしね」


 ティナは呻いた。


 「……菌を一から作るのも大変よね」

 「しかもとても清潔な所でやらないとね」


 はぁ、と二人して溜め息を吐く。ふとティナは目を瞬いた。


 「お酒は? マゥムがあるし」

 「それも発酵なんだけど。 ……でもそれなら造ってみても良いかな。でも時間はかかるからね?」


 「ぜひお願いします!」


 ティナは祈るようにリオンに向かい、手を合わせた。


 新たな約束を取り付けた所で、ティナは彼の部屋をチラリと見た。書類や専門書が本棚に収まりきれず、あちこちに山積みだ。


 つと小机の上に置いてある丸い物に目が留まった。


 「これは?」

 「ああ、それは天球儀だ」


 「遼ちゃんは国家魔術師の資格を持っているの? すごいね」

 「よく知ってるな。それは資格取得の時に貰った物だ。 でも持ち歩きはしないけどね」


 

 天球儀はこの国の国家魔術師の資格取得時にその証明として授与される物だ。掌に軽く収まってしまうサイズで、魔術師は鎖を通し首から下げていることが多い。


 リオンの天球儀は魔導具製の台座上にフワフワと浮かんでいる。ティナはそれを見つめ、笑みを溢す。


 

 「これって指輪の形にも変形するのよね」

 「詳しいな、ティナは魔法は使えないんだろう? 誰かから聞いたのか?」


 「ううん、何かそんな気がして――」


 ティナはその言葉に戸惑い、瞳を揺らす。



 ――既視感



 これを見ていたら心揺さぶられるのだ。何だか泣きたくなる様な懐かしい気持ちが込み上げる。どうしてだろう。


 背後でリオンが呟いた。


 「天球儀の携帯は自由だが、魔力量を少し補ってくれる作用がある。 だから低位の魔術師は持ち歩いていたりするが、高位の魔術師は身につけていない事がほとんどだ。必要ないからな」


 うん、とティナは頷く。


 「……似てる。だけどこれじゃない、違う」

 「ティナ? おい!」


 ぼんやりと天球儀を見つめ呟くティナの様子に異変を感じたのか、リオンが焦った様に呼び掛けてきた。


 その声にハッと我に返る。


 「……! あ、何でもない。ごめん私ボーッとしてて――え?」


 気づけばティナの目から涙がとめどなく零れていた。ポタポタと流れ止まらない。


 「ティナ……本当に、どうしたんだ?」


 ハンカチをあててくれた。彼もいつもと違うティナに動揺しているようだ。


 「はは、変なの。急に涙が出てきちゃって……。 あれ? これって暦? 月齢が書いてある」

 「ああ、天球儀で調べたら分かる。例えば今日は新月だ」



 壁に目をやると紙製の暦が掛けてあった。ペラペラと捲る。先月、そのまた前とびっしり月齢が書き込まれていた。


 「新月は特別な日だ。俺達の世界では朔とも云う。 一度力の流れがリセットされるから体調に影響する者もいるらしいぞ」

 「そうなのね。今日は私も何か変だし、気をつけた方がいいのかもね」


 「……かもな」


 

 リオンが肩を竦める。ティナは苦笑しハンカチで目尻を拭いた。




◆ ◆ ◆




 ティナは早めにクラヴィスの家に戻った。今夜は彼は仕事で居ないので一人での食事だ。リオンに貰ったお土産のマゥムを台所に置いた。あとで食糧保管庫に持っていこう。


 昼間に届いた郵便物のチェックもする。と、ティナ宛に魔術師団から速達が届いていた。きっとクラヴィスだ。急いで開けてみる。



 「えっ! 遠征? 大変、竜が出たの!?」


 手紙には王都からずっと離れた北西にあるトゥーラ山脈麓の村で火竜が出現し、討伐のため直ちに魔術師団、騎士団を編成しその地へ向かうということだった。



 『ティナ、どうしたの? 竜だって?』


 ティナの声に驚いたのか、白銀の光を纏いシアが現れた。


 「うん、クラヴィスさんも遠征するって」

 『火竜か……、あそこの奴はちょっと厄介だぞ』


 腕を組んでシアが唸る。ティナは青ざめた。



 (どうしよう、クラヴィスさん大丈夫だろうか)



 この世界には竜や魔物が存在する。人類にとっての脅威の対象とされていた。近頃あまりそのような外敵が出現したという話を聞かなかったので、ティナは呑気に構えていた。


 クラヴィスは強い。けれども絶対に大丈夫という補償はどこにもない。もしかしたら命に関わる傷を負う場合だってあるのだ。


 『火竜が来るなんて、女神の加護が弱まってるのかもね』

 「加護?」


 『あそこと北東は結構危ないんだ。元々女神の力が薄い土地だからね。魔物も出やすいし。 どっちにしてもティナはここでアイツを待つしかないよ。 行っても邪魔になるだけだ』

 「それは……、そうだけど」


 今朝のクラヴィスの様子が気にかかる。何だか元気がなさそうだった。耳飾りの件が原因ならまだいいが、もし体の調子が良くなかったのならすごく心配だ。


 

 そして今夜の新月というのも嫌な予感がする。


 

 (ああ、どうか何事も起こりませんように――)



 手紙を握り締め、ティナは心の中で祈った。


       

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