30.修羅場になりました。やっぱりイケメンは鬼門です
「ス、ステファニーさん?」
ズンズンとこちらに向かってくる彼女から離れようと、ティナは後ずさる。間近でみると何か威圧感の様なものを感じる。美人だからか表情がハッキリしていて余計に怖い。
「貴女、名前は?」
「ティナ・ヴァンドールです」
「ふぅん……ティナ、ねぇ」
頭から足先まで値踏みするようにこちらをジロジロと眺めてくる。ティナの冷や汗が止まらない。
ステファニーが不機嫌そうに口を開く。
「突然、連絡きてチケットが欲しいって言うからおかしいと思ったのよね。 一体クラヴィスとはどういう関係なの!? 早く話しなさい!」
「ひっ、ク、クラヴィスさんはお世話になっている家の家主さんです」
「はぁ!? 貴女まさか彼と一緒に住んでいるんじゃないでしょうね」
「…………」
その通りなので何といっていいか分からない。これ以上彼女の怒りを買うような言葉を言ってはいけない気がする。ティナは押し黙った。
「貴女、身分はあるの?」
「あ、ありません。ただの庶民です」
「そう、なら遊ばれているだけね、諦めなさい。 彼は公爵の息子よ。貴女じゃ相手にならないわ」
「え……、公爵ですか? クラヴィスさんが?」
ティナの反応に少し満足したのか、ステファニーはフンと鼻を鳴らした。
「知らなかったの? 馬鹿な娘。あの人は優しいから貴女も好意を持ったんでしょうけど。……でもね彼には好きな人がいるのよ。 貴女なんかその女の代わりよきっと」
動揺して動けないティナに彼女はさらに近づき睨んでくる。
が、その目がティナの耳飾りに留まった。途端に彼女の顔がぶるぶると震え青ざめていく。
「なんで貴女がこれを着けているの? まさかクラヴィスと婚約していたっていうの? これは公爵家の紋章、証じゃないの」
「……公爵家の、証?」
ティナは目を開く。精緻な造りの耳飾りだと思っていたが、それ以上に由緒正しい物だったのか。
「あんた、クラヴィスをどうやって、誑かしたの。庶民の分際で!」
「……っ! 誑かしてなんかっ――」
「うるさいっ!」
ドンッと彼女に突き飛ばされた。そのまま椅子にぶつかると思ったその時、ティナの体は背後に現れた人物に受け止められた。
ステファニーがその人物を見て、真っ青になっている。
「どういうことだ、これは?」
怒りを押し殺した低い声が室内に響く。クラヴィスの声だ。
「……あ、あのこれは、その、そうその娘が悪いのよ! だって庶民の分際で貴方に近づいて誑かしたのよ?」
「彼女は何も悪くない。俺が一方的に好きになっただけだ。 この人を傷つけようとする者は例え誰であろうと許さない」
何か色々パワーワードが飛び交って、限界突破しそうな心境だが、見上げるとクラヴィスが凍てついた表情でステファニーを睨んでいた。
とてもマズイ状況だ。
「……ク、クラヴィスさん、そろそろ第二幕始まっちゃいます。 ステファニーさんを行かせてあげてください」
「今回は見逃す。俺の気が変わらないうちに早く行け」
「ひぃっ……!」
ステファニーが怯えた声をあげて逃げていく。
でも「見逃す」って――クラヴィスさんが怖い。見逃さなかったら一体何をしたんだろう。気になる。
「…………ふぅ」
ようやく緊迫した事態が去り、ティナは胸を撫で下ろした。
「クラヴィスさん? 離してください。もう大丈夫ですから」
「…………」
無言でぎゅうと腕に力を込めてきた。肩に額が乗せられて重みを感じる。髪の感触がくすぐったい。
背後でシャッ、と音がした。きっと魔法でカーテン閉めたんだと思う。
「クラヴィスさん、私――」
「あの女から何言われた?」
「何も言われてないです」
「嘘」
一刀両断か。じゃあ何を言えばいいか。
「離してください」
「嫌だ」
「シア、お願い」
『分かったよー』
「……!」
あまりクラヴィスさんの前で使いたくなかったけれど、シアに彼の力を少し弛める魔法をかけてもらい、腕の拘束から抜ける。
振り向いて正面から彼の顔をみた。ああなんて顔してるんだこの人。
耳飾りだけ返そうと思ったけど、これはいけない。無理だ。クラヴィスさん泣きそう。
でも私は今、お姉さんだ。ちょっとの間、この人より大人だ。
ティナは目を細め笑った。
「さっきあったことは忘れます。私は何も聞いてません。それでいいですか? いえ、そうしましょう」
「…………」
彼は悲しそうに目を伏せている。ふと手を伸ばしその頬を軽く摘まんでみた。クラヴィスと目が合う。
「私だって色々言いたいことや聞きたいことがあるんですよ? でもちょっとこれ家に帰って落ち着いてから話し合いましょう? それまで保留です」
「ティナ……」
「せっかく来たんですから、私、第二幕観たいです。さっ、座って座って」
急かすようにクラヴィスの背中を押して椅子に座らせる。
すでに第二幕は始まっていた。王女の嘆きや騎士の献身そして悲哀が伝わってくる、圧巻の演技だった。全ての観客が感涙し拍手喝采を送る。とても感動した。
だが正直、主演女優の本当の姿が強烈すぎて、なかなかヒロインに感情移入出来ないティナであった。




