2.王都のルドシエルさんはイケメンでした
「ここね、ルドシエルさんの家は」
ティナは母アリシアに渡された紙に書かれた地図と目的の場所を照らし合わせて、大きく深呼吸した。
ここは王都フェルミーナ。
薬師養成機関サティアスに通うため、ティナはこの家に1年間お世話になる予定だ。
母がどうしても決めたいと言ったここは、彼女の知人の紹介だそう。なんでもこの家で家主のために住み込みで家事をしてほしいとのことだった。しかも家事をすることで給金も貰えるらしい。
養成機関は午前中から午後3時までの授業なので、終わってから食材を買って夕飯作りをしても十分余裕がありそうだった。
なのでティナとしても良い条件だと思えた。
「よし今日から、がんばるかー」
玄関の呼び鈴を叩く。
すると中から背の高い男が顔を出した。ティナは目線を上げた。彼は自分より頭一つ分は高そうだ。
(……この人がルドシエルさん?)
後ろで結んだ紺髪。整った顔立ち。その碧い目は何か驚いたように見開いていた。
「あの、ルドシエルさんのお宅でしょうか?」
「……っはい、そうですが」
「今日からお世話になるティナ・ヴァンドールと申します。よろしくお願い致します」
「あ、……そうか。今日だったか。……クラヴィス・ルドシエルです。こちらこそよろしく」
パチパチと目を瞬かせ、一拍置いて微笑みながら、どうぞとクラヴィスが家の中へ入れてくれた。
彼の後ろについて歩きながら、いくつかの部屋や配置を案内される。ティナの部屋は二階で日当たりが良い所のようだ。なんだか嬉しい。
一通り案内された後、一階の客間でお茶をすることになった。ティナがやると言ったがクラヴィスがお茶を淹れてくれた。
「母から聞いていたがこんな若い方だとは思わなかったな」
カップを持ち紅茶を飲んでクラヴィスは首を傾け苦笑した。なんだろう、いちいち仕草が格好良すぎな気がする。イケメンてやつである。
どうやら彼としては家事をするということで年配の方だと思っていて、細かい話はあまり聞いていなかったようだ。
「はい。それで薬師の養成機関に通いながらこちらの家事をしたいのですが大丈夫ですか? 一応授業は午後3時までなので朝と夜の食事はできますし、他のことも……」
「無理しないで、できる時でいいですよ」
気を使っているのかもしれない。
母がティナの環境や条件を知人に伝えておくと言っていたが、クラヴィスがきちんと聞いているのか疑問だったので再確認したのだが。
(できる時、と言ってもある程度は決めてほしいかな)
「わかりました。それでは何かあればルドシエルさんのご予定を教えてください。それに合わせて準備しますので」
気を取り直して言うとクラヴィスがこちらをみた。
「私はその、魔術師団で働いていて勤務によっては当直とかたまに遠征もあるんだ」
「魔術師団!? ルドシエルさん魔法が使えるんですか? すごい!」
ついと耳慣れない単語が出てきて興奮のあまり思わず声が大きくなってしまった。
「たいしたことないよ」
「そんな訳ないじゃないですか、私にとってはすごく羨ましいですよ」
「……」
「実は私、魔法が使えないんです」
向かいに据わるクラヴィスの表情をちらと窺うとそんなに驚いてなさそうだった。きっとそれは聞かされているのかも知れない。
「ああ、知っているよ」
やはり。
魔法が使えない人間はティナだけではない。少ないがいるにはいるらしい。けれどこの国は魔力がないと不便なのだ。生活インフラ全て魔力を動力としているのだ。
「だから君にはこれを」
掌を広げたクラヴィスは淡い光に包まれた楕円形の石を魔法で出現させた。そのままティナに手渡してくれる。
「この家では魔力が発動できないと不便というか、使用できないものがある。その魔石を携帯していればそこから魔力が出るので台所や浴室で役立つだろう」
「ありがとうございます。助かります」
魔石は安くはない。ティナのいたルーン領では純度の高いものは中々手に入らない高級品だ。それをティナに貸してくれたのだ。ちょっとというか、かなり感激した。
あとでちょっと使ってみよう、とティナは心の中で決めた。
【登場人物】
・ティナ・ヴァンドール……主人公
・クラヴィス・ルドシエル……ティナが下宿する家主