17.二人の秘密と嬉しい気持ち
自分には何かが欠落している、と言っていた――
遼は不思議な男の子だった。出会ったのは高三だ。大学が別々だったので特に接点はなかったが、何故かお互い連絡先を知っていた。
彼は理工学部で頭が良かったので瑠夏はよく図書館で勉強を教えてもらったり、研究課題の助言をもらっていた。
そうしている内に彼は、とある秘密を教えてくれた。自分は人の顔が見えないのだと言う。
そして奇妙なことに顔が見えなくなる事象は生きているものに限られるらしい。逆に死んでいるものは顔が分かる。
人の表情が分からないので感情も分からない。相手が何を考えているのか、会話の中で読み取るしかないのだ。
そしてそれはとても疲れる、と遼は言った。
だから普段から人の顔を視ないようにしているらしい。
意外にも瑠夏はあまり驚かなかった。
以前から自分は彼と目が合わないことを疑問に思っていたのだ。だからそれを聞いて、すごく府に落ちたのを覚えている。
只、何故か瑠夏の顔だけは鮮明にみえるのだと遼は言った。
ああ、だからか、と思う。あれは冗談ではなかったのだ。
彼はよく、目を細めて、
「君は生きているのか、死んでいるのか――」
と、顔を合わせる度に瑠夏に問うていた。
確認していたのだ。自分がおかしいのか、それとも瑠夏がおかしいのかを。
それでも遼は騙し騙し、日常を送れていた。
その均衡が崩れたきっかけは、非常に些細なことだった。瑠夏に彼氏ができたのだ。
それからはよくない。遼は自分の顔がみえなくなった。そして自分と他人の境界が分からなくなっていた。
だから遼は瑠夏を部屋に呼び、好きだといって、首を絞めてきた――
ただ、それだけ、それだけである。
◆ ◆ ◆
「……あの後、しっかり腹蹴りと平手打ち喰らわしたけどね!」
「ごめんて、瑠夏ちゃん。 ちゃんとしっかり謝ったでしょ!?」
いやでも本当に死ぬかと思ったんだけどね、あの時。
まさかの糸目先輩があの遼だなんて。でも今思えば、確かに違和感はあったかも知れない。
目が合わないことがおかしいと思ったのだ。
「それでも前よりは大分良くなったよ。 オンオフ利かせて、顔を視ることが出来るようになったからね。 それに瑠夏ちゃんには僕感謝してる。あの時の君の格好良さといったら――」
「……ああ、爆泣きして死にたいって言ってる遼ちゃん引きずってクリニック行ったね。 我ながら凄かったと思う」
正直、こっちが泣きたい場面だった。
けれどあの後の適切なカウンセリングと治療が良かったらしく、遼は無事に大学を卒業して就職した――
「で、どういう訳か、死んじゃって今に至るということね……」
「そのようだね」
「糸目先輩、とりあえずこの事は内密にしましょう」
「……当然だ。過去はどうあれ、今は今だしな」
ティナ達は脱力し深い溜め息を吐いた。
そうして先輩と分かれ、家路についた。
◆ ◆ ◆
とにかく、今日は色々疲れた。ディープな話過ぎた。家に着いたティナは精神的な疲労から倒れ込みそうになった。
料理で気分転換しよう。
「シチューにしようかなぁ……、あとパンもあるし」
ひたすら無心で小麦粉を炒め、牛乳を少しずつ入れていく。時間もかなりあるので十分に煮込めそうだ。玉ねぎ、人参、肉、じゃがいもを入れて、と。
今夜はシチュー、パン、サラダにしてみた。
ティナは丁度良い量なのだが、クラヴィスのような大人の男性には少し足りないかも知れない。
一応、薄く切ったお肉も出しておこう。
うむ、と頷いた所で玄関から音がした。きっとクラヴィスだ。ティナの顔が自然と弛む。
「お帰りなさい、クラヴィスさん」
「ただいま、ティナ。……? 今日はどうしたの?」
「え?」
「すごく疲れた顔してる。街は混んでいた?」
(うわぁ、顔に出てたのかな……)
笑顔にしてたつもりだったのに、彼には何故かバレているようだ。すごい観察眼。
「ふふっ、少し歩きすぎてしまって。 やっぱり疲れますね」
「あまり無理したら駄目だよ」
「あっ、そうだ! クラヴィスさんに渡したい物があって――」
「え?」
ティナはほんの少し照れながら、綺麗に包装された細長い箱をクラヴィスに手渡した。
「いつもたくさんお世話になっているので、これはほんの気持ちというか、お礼です」
「…………」
あれ? クラヴィスさん顔真っ赤。なんで。
箱を開け、中の羽根ペンとガラスペンを見つめている。
それからすごく嬉しそうに破顔した。
「ありがとう、嬉しい。大切に使わせてもらう」
つられてこちらも頬が熱くなってしまった。
ああ、なんだろう。
私、この人の笑う顔が好きだ――
【登場人物】
・リオン……ティナの前世《瑠夏》とは友達。




