16.感謝の気持ちと精霊が視たもの
ここは王都フェリミーナにあるマダム・マリスの服飾店である。ティナとカトリーヌは共に連れ立って街歩きを楽しみながら、立ち寄っている所だ。
「ティナさんにはこの水色のドレスが似合うと思いますわ! レースはふんだんに使いましょうね」
「わわ……、派手じゃないですか?」
カトリーヌは目を輝かせ嬉々として、様々なドレスをティナに試着させている。
自分の持っている服は庶民がよく着るワンピースや質素なドレスが殆どだ。それはそれでとても気に入っている。
だが二月後の誕生日を控え、アリシアが折角だから王都流行のドレスを仕立てて来いと言い出したのである。
さらに驚くべきことに、代金はいくら掛かっても良いと言われているのだ。
この手のことに詳しそうなカトリーヌに訊ねると、仕立てるなら一刻も早くと言われてしまった。何でも好みの生地が無い場合があるので、諸々の発注期間も考えてのことらしい。
「でもこうしてティナさんと一緒にお買い物を楽しめるなんて、私も嬉しいわ。 あとこの色合いのドレスに合わせた装飾品も用意しましょうね」
「私もカトリーヌさんが居てくださって助かりました。 私一人ではどんなドレスを選べば良いのか分からなかったので……」
本当に助かった、ティナはカトリーヌに礼を言う。
恐らく自分一人であれば、きっと何時間掛かっても決められなかったと思う。
カトリーヌはいいのよ、と微笑んだ。
「ドレスの仕立てや装飾品の注文も終わったし、ティナさんこれから休憩がてらお茶でもしません? 実はこの辺りに王都でも人気のカフェがあるのよ。」
「えっ、カフェですか? 嬉しい、行きたいです!」
基本的に色気より食い気のティナである。カトリーヌに飛び付いた。
カフェに辿り着くと少し混んでいる様だったが、然程待たずに席へと案内される。
店内は女性が好みそうな季節に応じた飾りつけが施されており、とてもお洒落な空間になっていた。更に席と席との間も適度に離れているので、女子のお喋りにもってこいである。
「わぁ、とても素敵なお店ですね」
「そうでしょう。私、ここに来るのは三回目よ。 オススメは苺ソースのミルフィーユね」
「苺……私、それにします!」
注文したスイーツが来ると二人は紅茶を飲んで、ホッと一息ついた。ミルフィーユを一口食べてみると口内に苺の酸味と生クリームの甘さが合わさってとても美味しい。
「所でティナさん、そのネックレス素敵ね」
「あ、これは知人に頂いた物で、身を護る魔導具なんです」
「あら、そうなのね。精巧な造りの魔導具はとても高価よ。 それにその碧石……、その種の色って今は入手が難しいとされているの。 その方はティナさんのこと……ふふっ」
「はぁ……、やっぱり高いんですね」
そう、魔導具はとても高額だ。いつもクラヴィスさんに貰ってばかりだから、感謝の気持ちに何かお返しをと考えていたのだけれど――
(このネックレスに見合うような贈り物かぁ。 しかも男の人が喜びそうな物……。 家に帰ったらクラヴィスさんにそれとなく欲しいもの聞いてみようかな)
カフェで食べ終わり、ティナはカトリーヌと分かれた。
自分は折角来たのでもう少し街を歩き回って、クラヴィスに贈るものを見てみようと思っている。
街道に連なる店をあちこち物色してみる。いくつか回っているうちに彼には何か使う物が良いのではと思えてきた。
例えば、筆記具とか何かの消耗品とか――
偶然目に映った筆記具用品店に入ってみる。陳列棚には様々な種類の羽根ペンやノート、便箋等があった。
見ているだけでも結構楽しい。
眺めていると、品のある落ち着いた意匠の羽根ペンとガラスペンのセットが目にとまった。青色の持ち手の物だ。
(これ、素敵だわ。クラヴィスさんへの贈り物に良さそう)
ティナは早速購入し、店主に頼んでラッピングもして貰った。
きれいに包装された品物を受け取り店を出ようとした所で、見覚えのある人物の姿があった――糸目先輩である。
黒いからすぐわかる。ティナはその色にとても敏感だ。
「糸目先輩、こんにちは」
「お、ティナか。今日はどうしたんだ」
誰も見ていないので、近づいて礼をしてこっそり話しかけてみた。先輩も筆記具を買いに来たのだろうか。
「先輩も何か買いに来たんですか?」
「いや……、この国の物について色々リサーチしてたんだ」
「そうですか……。何か分かったことはありましたか?」
「作りたいものがあっても、素材がなぁ……。不便だな」
糸目先輩は顎に手を当てて考え込んでいるようだ。
と、その黒目がティナを見た。パチパチと瞬きしている。突然の開眼モードは破壊力あるからやめてほしい。
「良かったな。それ効いてるみたいだぞ」
「はい?」
「その首から下げてるやつ」
先輩はティナのネックレスを指差した。
「この前から、君ちょっと酷かったから。いつ言おうかと思ってた」
「…………酷い?」
「でかい雪虫がくっついてた。僕は視ない振りしてたけど。 今もそこにいるけど悪さはしない、寧ろ前より従順だ」
これ以上ない程ティナの目が開き、彼の腕をぎゅっと掴んだ。
「どうしてっ、その時言ってくれなかったんですか!」
「いや……、悪かったな。雪虫こっち来たら嫌だなと思って。 なんか離れてくれなさそうだし」
『さっきから、雪虫雪虫て僕は虫なんかじゃない! 大体それは何の虫だ!』
認識阻害の魔法をかけているので他の人には見えないが、綿毛のシアがティナの後ろから怒り出した。
「あ、雪虫」
『…………!!』
まずい。シアが滅茶苦茶怒っている。とりあえず糸目先輩と店を出て、近くの公園に向かった。
ベンチに二人並んで腰を下ろして魔導具や精霊との契約のことを先輩に説明した。
「……そうか。大変だったな」
「シアは普段私の髪の辺りにいて認識阻害の魔法をかけているんですけど、たまにこうやって出てくる時もあるんです」
先輩は息を吐いてシアの方を向く。当の精霊は子供姿でベンチに座り、足をぷらぷらさせていた。
『というか、お前も《異界の魂》だろう。なんでこんな所にいるんだ』
「異界の魂? 僕達のことか?」
「精霊からは私達のことが分かるみたいです。あと心の中とかも読んできたりするので結構大変です」
ティナは苦い顔をした。せめて向こうの世界の言葉を口に出すのだけは止めてほしい。一応シアにその事を約束させたが。
「それはそうと先輩はどうしてシアがいるって分かったんですか? 普通、認識阻害の魔法がかかっていると気付かないものなんですが」
「ああ、それは――」
『なんだ、そうか! お前達知り合いなんだな!』
「「は?」」
突然シアが妙なことを言い出した。当たり前だ、養成機関の先輩と後輩の間柄である。
精霊は構わず続ける。
『《異界の魂》なんてとても希少なのに二つも。過去に面識があるから引き合ったのか。 お前は《ルカ》、そつちの黒いのは《リョウ》――』
シアは一体、私達の中に何を視たのか――
精霊は至極明るい表情でティナ達を面白そうに見つめている。
私と糸目先輩は口をあんぐり開けて固まった。
「り、りょうって、あの小塚遼!?」
「ルカって、……瑠夏ちゃん!?」
あ、ハモった。
リョウという名前、忘れられる筈ないじゃないか。
そうだ。私と遼は友達だ。
けれどあの時、あの世界で、遼は私を殺そうとしたのだ――
【登場人物】
・カトリーヌ……ティナの同級生
・シア……ストレイ山の精霊、ティナと契約した
・リオン……《小塚遼》の前世をもつ、前世のティナとは知人




