153.リオンの思い
教会内の祭壇を前に真っ白なローブを着た聖歌隊は整列し女神降臨を讃える歌をうたう。神聖な空気、荘厳なパイプオルガンの音色が流れる中、聖花を抱えたパトリックは静かに教会奥へ消えていった。
その様子をリオンこと遼は祝福の歌をうたいつつ、ぼんやりと眺めていた。横目で列の端を確認するとティナの姿もある。
自分の記憶の奥底にある彼女の姿と今の金髪緑瞳の彼女。全く重ならない外見に思わず口元を歪めた。
ティナ、否今はルカという偽名で教会に参列している。リオンがよく知る彼女は黒い髪と目をした日本人の如月瑠夏だ。
これだけは生まれ変わっても尚ずっと記憶の底、一番深い場所にある。大切なもの。
だがその記憶も時と共に薄れていく。昔ほどの鮮烈な記憶ではなくなっていく。
生前、人の顔が認識できないという体質に悩まされていたが、幸いにしてリオン・ハルシフォムに転生してからはその症状は大分軽くなっていた。
その反面、リオンとして生き年月を重ねる毎に大切な彼女の輪郭が次第に曖昧になっていく。――それがひどく恐ろしかった。
当時、自分が唯一その顔を認識できた人だ。だからこそ忘れたくない。遼であった頃、この体質を抱え生涯孤独のまま生きていくと決めていた。
それなのにこれまで必死に築き上げ保っていた自分の世界を根底から覆す、殺意さえ覚える程の、生まれて初めての感情が芽生えた――――
そんな彼女を殺そうとした罪はきっと永遠に消えないだろう。だからいつも彼女に、ティナに贖罪の気持ちで接していた。
ティナと瑠夏、容姿こそ違えど行動や性格はそっくりだ。だが瑠夏そのものかと問われると、どこか違う。リオンからみてティナは本当の意味で瑠夏ではないのだ。
だから瑠夏でなければ遼は満たされなかった。
それを理解しているから辛い。
それでもこの複雑な思いを自分と同じように理解してくれた人間がいた……ような?
「……」
すでに最早存在しない彼女の幻影を追いかけるのは止めよう。複雑な感情を頭から振り払い、思考を切り替え再び自分の歌唱パートに集中する。
聖歌自体はそれほど時間を要しない。それより面倒なのは教徒に向けての司教からの説教である。
それでもわざわざ教会に来る程の熱心な教徒ばかりなので、特に心配する必要はなさそうだ。
そうして聖歌は滞りなく無事終わった。
この後、控室にて解散となる。
控室に戻ったリオンは周りを見渡し、ティナを探した。練習時からのことだが、彼女は必ず自分にことあるごとに声をかけてくる。
だがそれは今回に限ってなかった。
不思議な事に彼女の姿を見つけられないのだ。
(……もしかして、帰ったのか?)
終了後、町で感謝祭を婚約者とまわるのだと言っていた。けれど彼女に限って何の挨拶もなしに居なくなるなど、そんな事あるだろうか。
次々と皆が帰っていく中、リオンは一人控室の出入口を見つめていた。
すると回廊の向こうから、教会職員達の声が聞こえてきた。声から察するに何か焦っているような感じだ。
リオンが控室から顔を出すと、長身金髪の女が職員と話し込んでいた。回廊の向こうに行こうとする彼女を職員は必死に止めていた。
女はどこかで見た気がする。ああ、あれはソルソフィア・マーラム――この国の賢者だ。
何故、賢者が教会に来ているのか。
リオンが彼らのやり取りを繁々と眺めているとソルソフィアと目が合った。その途端、職員の脇をすり抜け、つかつかこっちへ一目散にやって来た。そしてリオンの前でにっこり笑顔になった彼女は職員に聞こえるよう、わざとらしく大仰に呟いてみせた。
「ああ、良かった! 私はリオン君に用があってね。探していたんだよ! ……あっ、聖歌もとても素晴らしかった!お疲れ様!」
後半は取って付けたような言い方だった。おそらく聖歌など聞いてもいまい。無言で細い目になるリオンの手をひいて、彼女は控室にするりと入った。
リオンが特に抵抗しなかったせいか、職員は後を追って来なかった。誰一人いない控室で声を低くし、リオンが訊ねる。
「……あの、今のわざとですよね?聖歌だって本当は聞いてないでしょう? 一体僕に何の用があるんですか?」
聖歌の最中、列席する教徒達を大体把握していたリオンはソルソフィアがその場に居なかったと分かっている。
リオンの指摘に笑みを崩さぬまま、ソルソフィアは手を離した。
「君の事は知ってるよ、リオン・ハルシフォム君。ティナ、いやルカの古くからの友人だろう?」
「……なぜそれを」
以前ソルソフィアとリオンは図書館地下禁止区域で遭遇し、如月瑠夏の話をした。それゆえ互いに面識はあるが、その後ソルソフィアは当時のリオンの記憶を残らず消していた。
それは教会側にいるリオンを守るためでもあり、できるなら彼を巻き込むのは避けたかったからだ。だが今はそうも言っていられない状況だ。
「私もティナと昔から親しくてね。君の事も彼女から聞いている。ちょっと今、彼女が緊急事態なんだ。どうか君に協力を頼めないかな?」
ティナという名を出すとリオンの顔色が変わった。
「ティ、いや瑠夏に何かあったんですか? さっきから彼女の姿がないのも、この事に関係があるんですか?」
「ああ、ここではルカだったね。そう、彼女は花を捧げに行く役の子を追って、教会奥、祭壇の辺りで姿を消した」
確信があるのか、まるで全ての状況を把握しているようなそんな口調だった。いまいち信じられず、リオンは不審げに眉をひそめた。
「まるで賢者様は今見た事のように話していますが、その証拠、根拠はどこにありますか?僕には貴女の話が嘘か真実か、判断できない」
「そうだね……ルカの姿が見えないのが証拠と言いたい所だけど、それを証明する時間が私達にはない。兎に角こうしてる間も彼女の身が危険に晒されているかもしれないんだ」
現在の状況とソルソフィアの訴えを咀嚼し、どうすべきか考えあぐねていると、ソルソフィアの肩口が光り輝き、その空間から精霊シアが姿をみせた。




