15.魔導具と精霊との契約
今日はとても天気が良いので、庭に洗濯物を干している。大体クラヴィスが魔法で掃除、洗濯を行っていてくれるのだが、こんな日はティナがやることにしていた。
爽やかな風が心地好い。
カタン、と音がした。どうやら郵便が来たようだ。
郵便受けを開けると、ティナ宛の手紙が入っていた。母アリシアからである。
部屋に戻って封を切り、便箋を開く。
書かれている内容は、ティナのこと――体調は崩していないか、困ったことはないか、元気でやっているか。
――そして、婚約の打診が来たことを知らせる内容と。
ティナはまたかと心底嫌そうに、グッと口を引き結ぶ。
その婚約を申し込んできた相手は、子供の頃の魔力共鳴事故の時、一緒にいた男の子なのだ。
これが初めてではなく、昔から何度も打診があったがずっと断っているのだ。ティナは正直あまり関わりたくないので、アリシアを通して手紙を受け取って貰うようにしている。
名前も何も知らない相手だ。アリシアは当然向こうを知っているが、ティナは知りたくないと言って聞かないでいる。
しかも相手は公爵家の方だとか言っていた。自分は庶民だ。家格が違いすぎる。
そんなのと結婚なんて冗談じゃない。良くて愛人扱いが関の山だろう。
(……きっと建前上、責任があるからとか、そんな感じだと思うのよね)
あの事故によりティナは魔力が使えなくなり、相手の男の子は魔力が使えるようになったのだ。
多少なりとも後ろめたい気持ちがあるのかも知れない。
とりあえず放っておくしかない。その内相手も別のきちんとした家柄の人と結婚が決まるだろう。
そう思いティナは疲れたように溜め息を吐くと、その手紙を机の引き出しに仕舞った。
すると、コンコンと扉を軽く叩く音が聞こえた。きっとクラヴィスである。
「どうぞー」
室内に入るよう促すと、彼は扉前でいいと言ってきたので代わりに自分がそちらへ向かった。
「これをティナに。 着けてほしくて」
「わぁ、ネックレスですか!? 綺麗――」
クラヴィスの手には細長い箱があり、蓋を開けると碧の石が付いたネックレスが納まっていた。小振りで可愛い。
実はティナはアクセサリーという物を殆ど持っていないのだ。なのでとても嬉しかった。
(どちらかというとアクセサリーよりも、食べ物を買っちゃうのよねぇ……)
女子力皆無な自分に呆れてくる。
そんなティナの様子を見て、彼は口許を綻ばせる。
「これは防御用の魔導具なんだ。この間、ティナは精霊に遭遇しただろう? もし又来た時のために造っておいた」
「造ったんですか、凄い! いつもありがとうございます。これなら身に付けていても全然気にならないですよね。可愛いし」
これは攻撃性のある魔術や精霊の魔力からも護ってくれるらしい。只、あまりに向こうが強力な魔力だと、流石に跳ね返すことは難しいらしいが。
ティナが説明を聞き感心していると、クラヴィスがネックレスを手に取った。
「……着けてみても?」
自分で着けると言ったが、彼が着けるといって譲らなかった。着けて貰うと胸元でチャリと金属音がする。
ティナはほんのり頬を赤らめた。
「クラヴィスさん、ありがとうございます。 本当に素敵、これ」
「良かった。 ティナにとても良く似合っている」
クラヴィスも目を細めて、ティナとネックレスとを交互に見つめている。
――ボトッ、
何かが背中から落ちた。
「……?」
「……白い綿毛だ」
眉を潜めた彼が床に落ちた物を摘まみ上げる。
大きい。掌大くらいある。ティナは目を見張った。
『はなせー』
綿毛はクラヴィスに抗議し、ふわふわと右に左に揺れている。
どうやらティナの髪の毛の中に潜んでいたらしい。あの時の精霊の一体なのだろう。
「これって、ネックレスを着けたから落ちてきたんでしょうか」
「恐らくね。 しかし髪の中とは……」
実はあの事件後、彼は本当にティナの体に目印がないか、魔法をかけて調べてくれたのだ。けれど今思えば、髪までは調べていなかった気がする――
二人で頭を寄せて綿毛を覗き込んでいると、ポンッと人型に変化した。
ストレイ山で出会った少年より更に小さい白銀の髪の子供だ。
くりくりとした目がとても愛らしい。ほっぺた柔らかそう、触りたい。
「……可愛い」
『小娘が。 可愛いとかいうな!』
「…………」
『い、痛い、痛い、やめろ……』
クラヴィスが無言で、白銀の子のほっぺを指で引っ張っている。 あ、涙目でうるうるしてる。
「お前はあの時の精霊か?」
『…………答える義務は……痛い痛い、そうだ! だからその手を離せっ!』
「クラヴィスさん、離してあげてください」
ティナがそっと嗜めると、クラヴィスが渋々と手を離す。
なんと横暴な人間め、と白銀の子は頬を擦りながら、ぷりぷり怒っている。
「精霊さん、この前あの山で会った時はもっとこう、大きかったと思うのですが。 どうして今は前より小さくなっているのですか?」
『……魔力が足りなくなった』
不承不承といった体で、白銀の子は唇を尖らせる。
なんでもストレイ山で人間を見つけたのでいつもの如く悪戯を仕掛けたのだが、逆に反撃され魔力を吸いとられたらしい。
「――で、目印のあるティナの魔力を奪おうとしたのか?」
クラヴィスさんが白銀の子を物凄く睨んでいる。まずい。
『違う……、少し貰おうとしただけだっ!』
「同じことだ」
「あ、あのっ、精霊さん。 私は魔力を分けてあげられる位の量があるかすら分からなくて。 やり方も分からないし――」
「ティナ、よすんだ。いいから」
「でも……」
私にはよく分からないけど、魔力は血液の様なものなのだろうか。ある意味、輸血をすると思えば――
『そう、それだ! ゆけ――んっ、むむっ!?』
「――!」
目を真ん丸にしたティナは、サッと白銀の子の口を手でふさいだ。
――今、この子、私の心を読んだよね?
「ティナ?」
「あ……、あのクラヴィスさん。 どうにかしてあげることは出来ないですか?」
ティナの不審な行動に驚いてクラヴィスがこちらを見ている。が、話をすり替えるしかない。苦しい。
『ティナ、お前と契約すれば魔力のやり取りが可能になる。 あとお前の魔力は結構あるから心配いらない。 それに僕は燃費がいいからそんなに魔力はいらないしな』
だったら他をあたって欲しい所だが、この精霊が自分に拘る理由は魂と魔力の質に魅了されたかららしい。
「……クラヴィスさん。 私、この子と契約しても良いですか?」
振り向いて訊ねると、彼が諦めた様に息を吐いた。とても心配してくれていたのに、申し訳ない。
「……分かった。ティナがいいなら」
「ありがとうございます。 クラヴィスさん」
「少し君の血を使う。 手を出して?」
痛くないようにするから、と彼はティナの手をとった。精霊も自身の手を差し出す。
二者間の約定は――
ティナは《自身の生命活動及び意思を脅かさない範囲での精霊への魔力譲渡》
精霊は《ティナの意思を常に優位に保ち、その力を貸すこと》
とされた。
あくまでもティナの意思を尊重することが絶対条件であり、ティナの魔力の状態によっては契約解除をこちらから出来ることも盛り込まれた。
クラヴィスの魔法で針を刺したような感覚が指先に宿り、血が滲む。
精霊と指先を合わせると彼の魔力なのか、自分のとは明らかに違う力が流れ込んできた。同時にティナの血が精霊に吸い込まれてゆく。白銀の光が部屋を満たしていった。
思考が剥がれていく様な強い酩酊感が身体中を駆け巡った。でもクラヴィスがずっと自分を支えてくれているのだ。不安など欠片も感じない。
光が収まると、精霊がふわりと微笑んだ。
『僕の名前はシア。 よろしくねティナ』
こうして初めての精霊との契約は無事に終わった――
【登場人物】
・シア……ストレイ山の精霊、白銀の髪、毛玉に変化できる、ティナの髪が好き




