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転生したけど魔法が使えないので薬師を目指していたら幼馴染み魔術師が私を溺愛してきます  作者: みゆり


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148/148

148.大司祭ガルシアとメルディアスの迷いと女神の所在



 城内。女神デライアを奉る大聖堂。


 ここでは城に出仕している者は自由に祈りを捧げてよい事になっている。


 無論王家の人間も出入りするのはかまわないが、実際やって来るのは(まれ)である。


 その聖堂のさらに奥。司祭達のみが入ることを許された部屋がある。メルディアスは無言で扉を開けその先に足を踏み入れる。


 先程の場所と同様、この空間には大きな女神像と祭壇が(しつら)えられている。


 その床に(ひざまず)く司祭服姿の白髭の老人がいた。メルディアスの気配に気づいているにもかかわらず振り返ることはない。


 彼は一心に祈りを捧げていた。


 老人の服は他の司祭達の物と明らかに違う。白生地に精緻な紋様が刻まれた意匠。大きなフードを頭から被っている。


 彼は祭壇上に佇む女神像を厳かに見上げ呟いた。


 「……メルディアス。女神を迎える準備は整ったか?」


 「はい。滞りなく」


 そうか、と老人は嗄れた声で満足そうに笑みを浮かべる。だがすぐに何かを思いだし唇を歪めた。


 「今回はお前がいて助かった。だが油断は禁物だ。数年前、あの儀式が失敗した事があったのだ。初めてだった。あのようなこと今まで一度としてなかったのだが」


 数年前の失態を思い出し彼はぎりと唇を噛んだ。悔しい。あれは女神に対する神聖な儀式。失敗など許されない。


 「ガルシア様、」


 突然様子が変わった彼にメルディアスが戸惑い眉を寄せる。この気難しい空気を発した老人こそが女神教の頂点に立つ大司祭ガルシアだった。


 感謝祭における儀式の不履行。あってはならない事だ。


 だがメルディアスには失敗した理由がわからない。これら重要な祭事は全て大司祭ガルシアが(にな)っている。彼、そして彼の一族のみが知る秘術と昔から教えられてきた。


 「よい。メルディアス。あの時お前は戦で死んだ魔術師どもの持つ天球儀回収という重要な任に就いていた。あれもあったお陰で女神を宥めることができた。助かった」

 「…………」


 ガルシアは高齢。もう何十年と大司祭という地位にある。少なくともこの老獪は自分の幼少から存在していた。


 魔術師が携帯する天球儀。女神教司祭は魔術師の役割を終えた者からこれらを回収するのがもう一つの仕事だ。


 何年もの間続けられてきた重要な役目。


 だがメルディアス達が回収した天球儀を最終的にどう処分しているのかは把握できていない。


 それを知っているのもガルシアただ一人なのだ。


 正体不明の謎の老人。そして教団で最も尊き信徒の男。


 迷える民に清く正しき道を説き、一方でこの大司祭が王家や政に深く介入していることも知っている。そしてその巨大な力でこれ以上ない財を集めている事も。


 長年仕えてはいるが、いまだにこの老人の考えている事がわからない。


 最近ではメルディアスが教団に入るきっかけとなった女神への敬愛も――


 「メルディアスよ。疲れているな」

 「!?」


 考え事をしていた。ハッと顔を上げるとガルシアがやって来るのが見えた。


 そして彼はその手をメルディアスの額にかざした。瞬く間に全身の不調が取り払われていく。


 メルディアスの瞳が驚きに見開かれた。


 「どうだ?」

 「ああ。ガルシア様、ありがとうございます。頭の痛みがなくなりました」

 

 「そうか、」


 今日は早く帰りなさい、とガルシアが満足気に瞳を細めた。これは彼が女神から授けられた癒しの力らしい。


 さすがは大司祭様。


 そうメルディアスは再び頭をさげた。



◇◇◇




 今日もこれから聖歌の練習だ。


 パトリシア聖教会の荘厳な建物をティナは静かに見上げた。


 礼拝堂に近づいていくと凛とした静謐な空気が漂ってくる。そうしていつもより人が多いことに気がついた。


 ぐるりと周りを見回す。


 「……すごい。人がたくさん、」


 次々と祈りを捧げに来る人々。列を成している。少し早く到着してしまったようだ。練習までまだ時間がある。


 ぼんやりとその様を見つめる。


 懐かしい。昔どこかで見た光景。この雰囲気は自分の中のいつかの遠い過去によく似ていた。


 彼らは女神と向き合うことにより希望や勇気、力を受け取っている。あるいは自身の抱く願いの形をより鮮明にするために。


 瑠夏のいた世界とは違う神。この神はたった一柱でこの世界を支えている。


 だが――


 今は何故か何の息吹も感じない。


 人々の呼び掛けに対する女神の反応がない。もし何らかの力があるなら、僅かでも何か周りを取り巻く空気が変わってもいいはず。


 なのにまるで眠っているよう。


 それでも一度だけ女神の息吹を感じた。それはパトリックなる青年が聖歌を歌っているときだ。


 女神像を遠くから見上げる。物言わぬそれはこちらを冷たく見下ろしていた。


 「どうして――」

 「女神デライアはかつて彼女の眷属と共に世界を守護していた。御身の神力を唯一行使できる存在。それが眷属。賢者とも呼ばれている」


 「……!」


 突然背後から声がした。これは男性のものだ。


 驚いてティナは振り返る。そこには司祭服を着た灰色髪の青年。メルディアスが立っていた。


 ぎょっとして思わず声が裏返る。


 「メ……いえ、パトラス様!?」

 「ルカ殿、感心だな。誰よりも早く来て練習とは」


 固い顔をしているティナとは対照的に彼の方は落ち着きはらった顔をしている。前回会った時とは違う柔らかい表情だ。


 彼は教団での仕事を終え時間が余ったので、練習を見学がてらここに立ち寄ることにしたらしい。


 「こちらだ。ルカ殿、」

 「パトラス様、お忙しいのに。無理を言ってすみません」


 メルディアスの後ろについて一緒に裏庭に向かう。聖花の元へ行こうとした彼に、自分もあの花を見たいと頼んだのだ。


 「ルカ殿は変わっているな。あの花に興味があるとは。たしかにメリシアは尊き花。だが何か特別な力があるわけではない」

 「その、私。花が好きで……美しい花ですよね。メリシアは」


 花壇の脇に腰を落とし、ティナは白いメリシアの花弁にそっと触れる。横でメルディアスがふっと軽く笑った気がした。


 この人。リオンの前でしか表情が変わらないのかと思ってたけど。居なくてもちゃんと笑えるのね。


 そう思いながら脳裏に先程の彼の言葉が浮かんでくる。


 「さっきの女神様のお話。それなら賢者ソルソフィア様がきっとそうなのですね」


 風に揺れる花々。ふわりと匂い立つ。


 メルディアスはふと物憂げに瞳を伏せた。


 「いや先程の話はあくまで伝説。今の賢者は誰とも知れぬ者が勝手につけた偽りの地位に過ぎない。……あれは女神教とは一線を画した異質な存在だ」


 その言葉にティナは顔を上げた。彼はどこか浮かない顔をしていた。


 「パトラス様?」


 今から言うことは忘れてほしいと彼は呟く。


 「……たまに女神の事がわからなくなる時がある。神代にいた女神デライアは今はもう存在しない。我々はそのお姿をただ想像し祈ることしか出来ない。だが思うのだ。それはただの虚構なのかも知れないと」

 「…………」


 ティナはそれには答えずゆっくりと立ち上がった。さわさわと風で髪が揺れた。彼は微動だにせず、じっと花を見つめていた。


 「ああ、申し訳ない。今のは忘れて――」

 「パトラス様は女神様の存在を感じ取れないのがお辛いのですね」


 「……!」


 揺れる聖花を見つめたまま、ティナは淡々と語る。


 「私は女神様はいらっしゃると思います」

 「やけにはっきり言うのだな。ルカ殿は」


 珍しくもメルディアスの瞳は揺れていた。事実、神の姿を見たこともないくせにと言いたげな様相だ。


 そうして彼も立ち上がる。


 「パトラス様は司祭様なのでしょう。それならきっと女神様の息吹を感じる事ができるはず」

 「息吹?」


 そうです、とティナは静かに頷いた。


 「神々はあらゆる所にいます。彼らは私達の身近に。あるいは日々の生活の中に。不安と迷い、そして小さな幸せの中に」


 今はたまたまメルディアスの信仰心が揺らいでいるだけだとティナは微笑んだ。人は常に思い惑うもの。それが普通だ。


 「きっといます。それは私達の一部でもあるんです。そうパトラス様の中にも」

 「私の?」


 不思議そうに問い返す彼に迷いなく答え、その胸の辺りを指差した。


 「はい。あります。貴方だけの神が。それはどんな時も貴方と共にあり、揺らぐ心を支えてくれる。不安や迷いの中にある時、本当の自分とは何か。真に求めるものは何かを教えてくれる」


 それが貴方だけの内なる神です。そうティナは彼を真っ直ぐみる。


 これだけは他の誰にもわからない。メルディアスだけが感じる事ができるもの。


 「……パトラス様の中にいる神は女神様のことをどう思っているのですか?」

 「それは、」


 虚を突かれメルディアスが言い淀む。


 これは他の誰かに決められた女神像ではない。彼自身が思う女神のことを言っているのだ。


 「気の毒な方だと、思う。女神の愛は大きく深い。私達をいつも見守ってくださっている。だが一方で彼女は欲深き者にも利用されている。……けれどその愚かさすらも彼女は理解し受け入れているのだろうな」


 やはり神はいるのだと彼はそう結論づけ、空を見上げた。そうして奇妙なものでも見るようにこちらに顔を向ける。


 「君は変わった娘だな」

 「えっ、」


 まずい。ちょっとというか、かなり(きわ)どい事を口走った気がする。内心ティナが汗をかいているとメルディアスが苦笑した。


 「先程の語り。まるで宗教論者と話しているようだった。それにこの世界に神は一人だけのはずなのに。『神々』か。その口ぶりだと何人もいるようではないか」


 「……それは、その。昔ここではない国にたくさん神様はいた、というか――」


 昔旅した時にそういう国があったのだとティナはしどろもどろに誤魔化しつつ答える。


 そこには八百万の神々がいて。山や木、風、火、水。万物に魂、神が宿る。人々はそこに社をたて祀る。


 「自然の中に人は神の姿を見出だし感じとるんです。そして心を震わせ全ての恵みに感謝する。……まぁここの国の人達からすると、ちょっと変わった民族かも知れませんね」


 瑠夏のいた世界は神は実体として存在しない。感じとるものだ。だがこの世界の神は人間と同じように実体を持っていた。


 本当に不思議な世界ね。


 そう心の中で小さく笑い顔を上げると、目の前に白い小さな花が揺れていた。メルディアスにそれを渡される。


 きょとんと返す。


 「これは、」

 「今日は一つ勉強になった。私もまだまだという事だ。これはほんの感謝の気持ちだ。ルカ殿にこれをあげよう」


 この花の管理は私の特権だからな、と彼はその大切な花をティナにくれた。


 

 



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