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転生したけど魔法が使えないので薬師を目指していたら幼馴染み魔術師が私を溺愛してきます  作者: みゆり


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146.叡知の世界と聖花メリシアと聖域の侵入者



 静謐な空間が視界に広がる。


 いつ来てもここは真っ白な世界。あるのは数えきれない程の本。それらが隙間なくぎっしりと書棚に納められている。


 私はおもむろに書棚にある分厚い本を手に取った。頁をめくり文字の羅列を追いかける。ここには様々な答え、叡知がこうして書物に書き記されている。


 『なんだ。誰かと思えばお前か。久しぶりだなぁ』


 黙々とある疑問の答えを探していると、突然背後から声がした。この声は叡知の世界の番人だ。


 「アカシャ、」


 私は特に驚きもせず顔を上げ、真っ白なその影をみる。顔は見えない。だから表情もわからない。


 この存在はいつだって奇妙で不可思議で正体不明。何を考えているのかさえ、わからない。


 何を探しているんだ、と白い影は笑った。


 どうやら私の求めているものに興味が湧いたようだ。広げた頁を覗いている。


 「答えを知りたいのよ」

 『何のだ?』


 それは、と返事をする間もなく、アカシャが私をみて先に呟く。


 『ああ、それは無駄だ』

 「どうして?」


 何もかも理解しているとでも言いたげなその口ぶり。この存在は私の思考が手に取るようにわかるのだ。返事を待つ必要などない。だから今も――


 あのなぁ、と白い影が呆れたように息を吐く。


 『ここは叡知を収容する所だ。誰かの謎や秘密をおさめる場所じゃない。それにここの叡知は全て死んだ魂から回収している』

 「つまり、生きているものからは叡知は回収できないということ?」


 『そうだ。叡知とは死して尚、連綿と受け継がれる魂の秘宝。記録だ。死ななければ回収できん』


 回収、できない。


 私は諦め、開いていた本を閉じた。


 大人しくそれを本棚に戻した後、白い影がぬっと手を差し出してきた。何かをくれと言っている。


 『そんなことより、今日はどんな叡知を持ってきたんだ?』

 

 声が急に明るくなった。匂いに気づいたのだろうか。ちょっと嬉しそうにしている。


 「うん。これ、さっき焼いてきたばかりなの。アカシャにどうかと思って」

 『早くくれ』


 影に急かされ私は慌てて鞄から焼菓子の包みを取り出し渡した。アカシャはそれを受け取ると包みをバッと開ける。

 

 すると白い影が明るくなった。


 『おお、これはまた進化したな。うまそうな叡知だ』


 慣れた事とは言え思わず吹き出しそうになる。


 この影は本当に変わっている。手作りの食べ物や作品を叡知と呼び喜ぶ。ちなみに焼菓子は生命を持たない部類に入るらしい。


 うまいうまいと菓子を貪るさまを見て私は頬を弛めた。こんなに喜んでくれるならまた持って来よう。


 『所でお前、』


 菓子も食べたのを見届け、さてもう帰ろうと私が立ち上がるとアカシャが不意に呼び止めた。


 「? どうしたの、」

 『いや、その剣だが……ここに置いていった方がいいんじゃないか?』


 白い影の声が妙に低い。何かを見通すように私を見ている。いや私ではない。私の中に眠る神剣をそれこそ観察するようにじぃっと見ていた。


 これは初めてじゃない。この存在はふと謎めいた言葉を突然口にする事があるのだ。


 私が何のことかと不思議そうに首を傾げるとアカシャが私の腹を指差した。


 『前にも言ったが、それは混沌と相対する存在だ。だが一方で強く惹き合う。まるで好敵手のようにな。お互いを意識し合う関係なんだ』


 「……惹き、合う?」


 その言葉に私は息を呑む。


 そうだ、と影が頷く。


 『それは浄化の力を持つお前の中でのみ神威が保たれる。だがその代わりお前が死ねばその存在は力を失う。そして混沌が目覚める』


 だからその原因となる剣を置いていけと。


 それは私の身に何かが起こると言うことだろうか。少しだけ考える。けれどと私は眉を寄せ首を振った。


 「それは難しいわアカシャ。だって剣は私から離れようとしないのよ」


 この叡知の世界なら、神剣は私がいなくとも容易に存在できるはずだ。なにせここはとても清浄な空間。神域も同然だ。


 だがこの剣には意思がある。そして何故か私の事をいたく気に入り、昔からずっと共にある。離れたがらないのだ。


 ふぅと影が息を吐く。


 『そうか。やはり無理か。それはもうお前の魂に紐付けられているしな』

 「…………」


 『わかった。だが忠告しておこう。混沌には気をつけろ。あれは生命の根源たる尊きモノだが気まぐれだ。目覚めれば天地を掻き回す(まが)つ神にもなろう』


 そんなものが目覚めれば恐ろしい事になる。つまりアカシャは私が死なないよう気をつけろと言いたいのだろう。


 「気をつけるわ、アカシャ。教えてくれてありがとう」

 『ああ。とにかく無理するな。……また何か持って来いよ』


 「うん、」


 私は苦笑し、そう礼を言うと再び元の世界に還った。




◇◇◇



 

 今日はパトリシア聖教会での二回目の練習の日。


 先週、思っていたより和やかな雰囲気で練習に参加したせいか前程の緊張感はない。


 皆が集まり四つのパートごと班に分かれるよう指示が出される。そして各班につく先生の元、聖歌の練習を行うのだ。


 ティナの担当はソプラノ。リオンはバスの為、班が違う。お互い分かれ楽譜を開きそれぞれ練習していると、ふと一人の青年の姿に目がとまった。


 美しい容姿の青年だ。金髪薄茶の瞳。


 彼はテナー担当のようで班の仲間と一緒に歌っている。真剣な表情。取り巻く空気。男性にしてはよく通る高い音域の声音。


 美しかった。


 思わず魅了される。吸い寄せられるようにティナはその青年を見つめていた。


 しばらく練習を続け、やがて休憩時間になった。各々散らばり、ティナは長椅子に腰かけ一息つく。


 教会の職員がティナ達に水の入ったカップをくれる。受け取り、一口飲むとほのかに甘い味が口内に染み渡った。


 思わず口元がほころぶ。


 「わぁ、これって少し蜂蜜が入っているのね」

 「ふぅん。そうなのか。毎年参加して飲んでいたが知らなかったな。この水にそんな工夫がされていたとは」


 隣でリオンが確かめるように水を飲んだ。味を確認し感心したように呟く。


 休憩時はどこで休んでも良い決まりだ。ティナが初めての参加ということもあってか、リオンは極力そばに居てくれていた。そんなさりげない気遣いが申し訳ないと思う。


 眉をさげティナは彼の方を向く。


 「本当は教会のお仕事とかあるのに。私にかまってくれてありがとう。……でも無理しないでね」

 「気にしなくていいよ。僕の当面の務めは聖歌隊に参加し歌うこと。それだけだから」


 心配無用だと彼は苦笑する。その余裕のある笑みにちょっと安心した。


 「そうだ。リオンにこれ。あげるわね」

 「なんだこれ。……飴?」


 ティナは鞄から包みを出すと、その中にある艶々とした琥珀色の飴を彼に渡した。


 「蜂蜜で作ったのど飴よ。良かったらどうぞ」

 「ありがとう」


 リオンが嬉しそうに礼を言い、飴をぱくんと口にした。


 瞬間、彼が目を開く。


 「甘くて美味い」


 ふっと微笑まれた。


 友達だから、つい忘れがちになってしまうけれど。リオンも整った容貌をしている。あまりに喜んでくれる様子にドキリとしてしまう。


 「う、うん。良かった。また次の練習の時に何か作ってくるわね」

 「うん、」


 他にも歌の話や教会のことを話していたら、先程一際目をひいた金髪の青年の姿が向こうに見えた。


 彼は聖歌の先生に楽譜を見せ歌い方について質問をしているようだった。


 随分勉強熱心なのね。それにしても目立つ人だわ。


 急に向こうを見て静かになったティナの視線を追いかけ、リオンがふと口を開く。


 「彼の名はパトリック・エルドナ。商家の息子だ。たしか今回初めての参加だったはず」

 「えっ、……初めて?」


 「そう、」


 驚いた。ティナは隣の彼を見る。だって初めてとは思えないほどの美しい歌声だった。まるで何年も参加しているような。歌うことにとても慣れていると感じた。


 同じようにリオンもパトリックを見ている。


 「君もそう思うように彼の歌声は他者のそれより遥かに抜きん出ている。おそらく今回、彼が選ばれるだろうな」


 選ばれる。つまり女神に花を捧げる役のこと。毎年参加している彼が言うなら、間違いなさそうだ。


 ティナは頷いた。


 「そうね。彼の歌なら女神様もきっとお喜びになりそう」

 「……喜ぶ、か。そうだな。おっと、もう時間だ。練習が始まる。行こう」


 「うん、」


 話し込んでいる内に休憩時間が終わる。リオンに促され、ティナは自分の班へ戻った。


 それぞれの班の練習後、最後に全ての音域を合わせて歌う。中でもやはりパトリックの声だけは皆より一線を画し素晴らしかった。


 「捧げる花とはどんな花なの?」


 本日の練習が終わりリオンと教会内の片付けをする。あることを思い出し彼に聞いてみた。


 「ああ、その花は教会の裏庭に咲いているんだ。その花を当日の朝、摘んで捧げる」

 「そう。裏庭にあるのね」


 ちょうど時間があるからと彼が裏庭を案内してくれた。このパトリシア聖教会は王都にある女神教施設の中で一、二を争う大きさの建物だ。


 長い回廊を抜けると裏庭が見えてくる。ティナ達がいた礼拝堂からここまでたどり着くのに、やや時間がかかった。


 リオンが庭の向こうにある花壇を指差した。


 「ここが裏庭だ。ほらあそこに白い花がたくさん咲いているだろう。あれが女神に捧げる花。名はメリシアという」


 「メリシア、」


 その名を反芻した瞬間、風が吹いた。メリシアが揺れその芳香がふわりと舞った。


 白いユリのような花びら。それはこの前、精霊王の森でみた呪花に似ていた。けれどあれは様々な色だったはずだ。


 赤、青、黄……。色とりどりに咲いていた記憶がある。


 今、目の前にあるこれは白のみ。似ているけど違う。


 自分が聖歌隊に参加し教団施設に入ることで確認したかった事の一つがこれ。


 呪花ではない。どうやらティナの思い違いだったようだ。


 何でもかんでも疑うのはダメね。ティナはそう心の中で苦笑した。


 すると白い花が咲く花壇の所で屈んでいる人の姿があった。庭師だろうかと首を傾げるとそれは違った。


 司祭服と灰色髪がチラリとみえる。あれはメルディアスだ。


 彼はこちらの気配に気づくとスッと立ち上がった。そのまま警戒せず近づいていくリオンに内心ヒヤリとしながらも、ティナは後ろをついていった。


 当のメルディアスは落ち着いた顔をしている。


 「おや、リオン。ルカ殿も。こんな所でどうしたんだ」

 「メルディアス様こそお忙しい中、聖花メリシアの世話をしにわざわざ教会にいらっしゃるとは。本当に頭が下がります」


 「かまわない。メリシアは聖なる花。女神デライアが愛した花だ。今年ももう終わる。その前に女神を思い花を愛でたくてな」


 とても信仰心のある人だなとティナは思った。


 だがそれは本当にわずか。注意深く見ていなければわからない程のもの。


 一瞬。メルディアスは悲しそうに笑った。そんなふうに見えた。


 疲れているのか。それとも他に何か悩みがあるのか。


 一方のリオンはそんな彼の様子に気づいていないようだった。ティナに裏庭を案内していたことをメルディアスに伝え挨拶し、二人は庭をあとにした。


 そのまま礼拝堂に戻るため回廊を歩いていると、そことは全く別の部屋へ続く通路が妙に気になった。


 その先を見つめ足を止める。リオンが怪訝そうにこちらを振り返った。


 「どうした」

 「……ねぇ、リオン。あっちは何があるの?」


 ティナはもう一つの通路の向こうを指差した。


 「ああ、あそこはこの教会の最奥部。聖域があるんだ。特定の人間のみが行ける場所でさすがに僕も入れない。……そうだな、入れる者は。例えば聖歌隊で花を捧げる役についた者かな」


 「あなたでも入ることができないのね」


 そうだよと彼は答える。


 なんでも年末の女神への感謝祭で聖歌を終えた後、選ばれた者だけが聖花メリシアを聖域内の祭壇に捧げに行く。そういう決まりらしい。


 「それってつまり、パトリックさんが選ばれてそこに行くかも知れないという事ね」

 「まぁそういう事になるな。って、ちょっと待て。……瑠夏ちゃんこっちへ」


 「……!」


 聖域に続く通路をみて話していた彼だが、突然顔色が変わった。リオンに腕を引かれティナは回廊の脇にある柱の影に押し込められる。


 「? どうし――」

 「しっ、」


 リオンが固い表情で唇に人差し指をあてた。横目でみる彼の視線の先。そのずっと向こう。


 暗がりの中に人影があった。


 ティナもそれに気づき沈黙する。そこはさっきまで特定の人間以外は入る事を許されない禁域だと彼が教えてくれた場所――聖域があった。


 瞳を凝らしてよく見るとその人影は男のようだ。何をするでもなくただ静かに真っ白な壁を見つめ、立ちすくんでいる。


 表情まではよく見えない。けれどその場所によい感情を持っていない。そんな感じが伝わってくる。


 やがて男が足音を立てずこちらに戻ってくる。リオンがさらにティナの体が隠れるよう柱の奥に誘導した。そして自身はそこに覆い被さるよう壁に手をつける。


 一瞬、回廊を足早に行く男の顔がチラリと見えた。整った容姿に金髪。その見覚えのある横顔にハッと息を呑む。


 通りすぎていった男の姿が完全に消えたのを見届け、リオンの顔をみた。彼もまたその方向をじっと見つめ、何かを考えているようだった。


 そっと声をかける。


 「……リオン?」

 「ん、ああ、もう大丈……あっ、ごめん。瑠夏ちゃん!」


 ティナの声にリオンがハッと我に返る。いつの間にかお互いの距離が近くなっていることに驚いて真っ赤になっている。


 彼がこんなに動揺するなんて珍しい。面白いものを見た気がする。


 リオンはすぐに離れるとプイと向こうを向いてしまった。


 どこか気まずい気分を打ち消そうとティナはおずおずと口を開く。


 「あのねリオン。今の人……」

 「ああ。君の言いたいことはわかる。でも彼の事、しばらく秘密にしておいてくれないか」


 リオンの真っ直ぐな瞳が目の前にある。どうやら彼には何か思うことがあるらしい。


 「……わかったわ」


 ティナは彼の言葉に従うことにした。

 


 


 


 

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