145.久しぶりの王立博物館でのデートと甘い時間
翌日、
今日は聖歌の練習もなくお休みだ。
クラヴィスも昨日からティナ同様連休。せっかくなので今日は二人でお出掛けすることにした。
うん。久しぶりのデート。楽しみ。
王都から馬車で小一時間ほど進む。すると車窓の向こうに大きな建物が見えてきた。
「ああ、あれが王立博物館だ」
「すごい。とても大きいのね」
この博物館はラルフェリア王国内で出土した遺物を展示している。館内もそうだが、屋外に造られた大庭園も圧巻だ。
さらに至るところに遺物が置いてあり、基本どこにいても鑑賞できる。もちろん、この施設の管理者はソルソフィアだ。
入口にいる博物館の職員に入場料を渡し、クラヴィスがこちらに戻ってくる。
「ここに展示してある物はどれも事前に調べられている物だから安全だと思う」
「そうね。もしこの中に何か悪さする遺物があったら博物館が大変なことになってしまうわ」
茶化すような彼のその言葉にティナはクスクスと笑う。
遺物の中には呪術が施されている物や念が憑いている物もある。それら、いわくつきの物はソルソフィアが厳重に管理している。
そして振り分けた安全な遺物のみを博物館に展示しているのだ。
そんなことをボンヤリと考え、ハッと気がつくといつの間にかクラヴィスの姿がなかった。慌ててキョロキョロと周りを見る。
わわ、どうしよう。はぐれた?ラヴィどこに行っちゃったの。
今日は週末という事もあってか、館内は比較的混雑している。建物の造りはとても美しく凝っていて広い。
鑑賞せずとも食事のみ可能なレストランが併設されている。他にも庭園のベンチでゆっくり花々を眺め過ごすこともできる。
王都に住む者にとって自由に過ごすことのできる憩いの場。それがこの王立博物館だ。
「ラヴィ、どこにいるの?」
それにしても本当にクラヴィスはどこへ行ってしまったのだろう。もっと先に行ってしまったのか。
焦って小走りに行こうとしたら突然誰かに腕を掴まれる。振り向くと驚いた様子のクラヴィスがいた。
「そんなに急いでどうしたんだティナ。今日は休日で混んでいる。俺から離れないで」
「良かったラヴィ、いた」
心配している彼をみてティナは心の中でホッと息を吐いた。人混みではぐれる恐れがあるので二人は手を繋いで見て回ることにした。
展示されている遺物は数百点程ある。数ある遺物の中でも一番の見所は西のトゥーラ遺跡を再現した区域だ。
そこは遺物が埋まっていた状態を的確に再現している。展示物は安易に触れられないようガラスで囲われている。
その中の隅には保存状態を維持する魔石が置かれていた。
それらを見てティナは感心する。
「すごい。本当にトゥーラ遺跡にいるみたいだわ」
「そうだな。丁寧に再現されている」
クラヴィスもすごいな、と感嘆の声をもらした。そうしてすぐ傍に展示されている巨大な石板をみる。
「あの横の女神を崇める歌の石板も大したものだ。古の人々は文字を使っていた。その頃にはすでに信仰心も芽生え、文明が発達していた」
「え?」
言いながら彼が石板を指差した。指し示された遺物をティナは見る。そこには『女神歌碑』という但し書きがされていた。
ぼんやりと反芻する。
「めがみ、かひ?」
「そう。これが女神を讃える歌の原文だ」
「……!」
ティナは驚き息を呑む。つまりこの碑文には女神教の聖歌の文言が刻まれているのだ。
吸い込まれるようにその石板をじっと見つめる。
こんなに昔から女神が崇められていた。この世界では日常的にごく当たり前に女神信仰が息づいている。季節の祭事や食事前の祈り。建造物などがそう。
「……我らは女神の血肉となりて大地に還らん」
何度も練習した聖歌の一節。
石板にも同様の文言が刻まれていると但し書きにある。
その他にも展示されている遺物を見て歩く。広い館内を隈無くみたせいか思ったより時間が経過している。気づけばもう昼だ。
クラヴィスがこちらを見て口を開いた。
「ティナ、そろそろ昼食にしよう」
「うん、」
併設されたレストランに入る。幸運にも並ぶことなくスムーズに席へ案内された。
メニュー表をみる。ティナはチーズたっぷりグラタン。クラヴィスはベーコンと野菜のパスタを頼んだ。飲み物も工夫がされていて、水からレモンの風味がし上品さを醸し出している。
「珍しい。こういったお水の出し方は王都のお店でも中々ないのよ」
「そうだな。実はこの博物館はたまに王族も忍んで来たりするんだ。だから館内の清掃や料理には人一倍気を遣っているんだろう」
そうなのね、とティナは彼の言葉に頷いた。たしかにこれなら王族も喜びそう。
そんなふうにお喋りしていたら給仕がすぐに料理を運んできた。食べてみるとこれまた美味しい。クラヴィスの話によると、ここの料理長は元々王宮で料理人をしていた人らしい。
それなら納得だ。
デザートに果物がふんだんに乗ったパンケーキを切り分け二人で食べる。生地がとてもふわふわで美味しい。
「やっぱり家で作るものとは違うわね。専門の料理人さんだと盛り付けも綺麗だし、味も美味しい」
「ふっ、俺はティナの料理の方が好きだけどね」
「えっ、」
突然のクラヴィスの言葉にティナの頬が染まる。そんなふうに言ってくれるなんて。嬉しい。
食事も終わりティナ達は併設された土産物店に寄った。そこには北東ノースル村の特産品、精緻な紋様が刺繍された雑貨がズラリと並んでいた。
瞳を輝かせ陳列された美しいスカーフを見る。
「わ、ここにもレイラさんの村で作った物が出品されているのね」
そういえば、と隣でクラヴィスが思い出したように呟いた。
「ノースル村は最近この特産品のおかげでかなり潤ってきているようだ。あとあの辺りの土地一帯に異変が生じたと報告を受けた」
「えっ、」
その言葉にティナの顔が曇る。だが彼は心配いらないと言い、笑った。
「違う。そういう意味じゃない。ティナの考えている事とは真逆だ。先週、いやもう少し前だったか。北から北東部にかけて加護の力が強まったんだ。これはかなり珍しい事だと魔術師団の間でもかなり話題になっている」
「加護の力が?」
元々あの辺りの土地は加護が薄く昔から『女神に見捨てられた土地』と揶揄されることがあった。だが今は肥沃な土壌が顔を出し、森に魔獣が出没することもなくなってきているらしい。
さらに不思議なことに魔力を持つ子も生まれやすくなったそう。瞳を見開きティナが返す。
「それって、」
「おそらく何らかの原因で加護が復活したんだ」
「…………」
ティナはそれには答えず沈黙する。そしてそれは北にある精霊の森の件に関連しているのではと思った。
あの森に巣食う呪花を祓って精霊王のユール様が元に戻ったから。だからあの一帯の加護が復活したのね。
むしろ加護の影響がこんなに広範囲に及ぶなど思ってもみなかった。これは驚きだ。
ティナはクラヴィスににっこり笑った。
「そうなのね。ノースル村に加護が戻るなんてすごい。今度レイラさんに手紙を出してみる」
「ああ、」
そうして今度またノースル村に行ってみようかと二人で話す。そうだな、とクラヴィスが微笑んだ。
「春になったら行ってみよう」
「ふふっ、楽しみね」
博物館の外にある美しい庭園を二人、手を繋いで歩く。前に行った植物園ほどの広さではないけれど、沢山の種類の花が咲いていた。
中でも色とりどりの薔薇が綺麗だ。
ふと向こうを見ると庭園の脇にワゴンがあった。草木を剪定した際に花もいくつか切り花束にして販売しているようだ。
クラヴィスがその中からピンクの薔薇を選び買ってくれる。従業員の女性は彼をみて頬を赤くしながらもすぐ薔薇を包んでくれた。
彼は容姿端麗。きっと彼女はこんな美男子に声をかけられ舞い上がったはず。
けれど当のクラヴィスは全く気にしていない風である。
心の中でティナは苦笑いする。
陽射しが強いので木陰の下にあるベンチに腰かけ休むことにした。隣に座った彼が優しげな顔で薔薇をくれる。
「ティナ、これを」
「ふふっ、ありがとうラヴィ」
差し出された花束をそっと受け取る。瞬間ふわりと薔薇の香りがした。思わずその香りにうっとりしてしまう。
「良い香り、」
「女性は好きだろう、そういうの。……まぁでも君の場合は食べ物の方が嬉しいかな」
「う、……それは、まぁ。どちらも好きです」
肩を揺らして笑う彼にちょっとムッとする。
色気より食い気。絶対そう思われてる。心外だ。頬を膨らませているとクラヴィスが「ごめん」と謝ってきた。
「機嫌直して」と唇にキスされる。啄むような軽い口づけ。薔薇の花束を胸に抱いていたせいか、花の蜜の甘い香りが漂う。
もう一度唇が触れあう。さっき食べたパンケーキの蜂蜜の味を思い出す。もうどちらが甘いかなんてわからない。
そうして私達はしばらくの間、甘い時間を過ごした。




