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転生したけど魔法が使えないので薬師を目指していたら幼馴染み魔術師が私を溺愛してきます  作者: みゆり


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144/148

144.教会での練習とメルディアス・パトラスとの再会とティナの偽名



 パトリシア聖教会。


 主神は女神デライア。王都フェリミーナにある教団施設の中で最も大きく歴史ある教会だ。


 そこは王城にほど近い大きな噴水のある通りに建っている。見る者を圧倒させる石造りの荘厳な佇まい。過去、有名建築士が設計し建造したとされる。


 「わぁ、やっぱり間近でみると凄いのね。私、今まで一度も中に入ったことがないのよ」


 ティナはその入口を見上げ呆然と呟いた。隣にはリオンがいる。今日から聖歌の練習が始まる。二人は広場の噴水で待ち合わせをして一緒にやってきたのだ。


 「ほら、あまり建物の前で突っ立ってたら怪しまれる。行くぞ」

 「うん、」


 たしなめるように言い、スタスタと教会に入っていくリオンの後ろをティナは慌てて追いかけた。中はとても広い。入ってすぐの所には礼拝堂がある。


 奥の方には祭壇と女神デライア像。右隣に巨大なパイプオルガンがみえた。そしてその脇に三十人程の人々が集まっている。


 彼らの服装から察するに様々な身分の者が来ているようにみえた。男女混ざっているが、どちらかと言うと男性が多い。


 リオンが慣れた様子でそちらに向かい歩いていく。まだ集合時間より早いせいか、そばにある椅子に座っている人もいた。


 そのざわざわとした人々の間をぬって祭壇脇の扉から真っ白な女神教の制服を着た男がやって来た。


 あれは。


 ティナは目を見開いた。


 見覚えのある灰色髪の長身の男性。その姿にティナは動揺する。


 メルディアス・パトラス。女神教幹部の一人。


 しかもよりによって何故か彼は真っ直ぐこちらに向かってきた。反射的にティナはリオンの後ろに隠れる。


 それを知ってか知らずか、申し訳なさそうな表情をしたメルディアスがリオンに声をかけた。


 「リオン。忙しいのに。今年も参加してもらってすまない」

 「いえ、お気遣いありがとうございます。メルディアス様。ですがまだ私は学生という身分なので自由がききますし大丈夫です」


 やはり目上の者に対してだからか、リオンの口調はいつもと違う。丁寧な態度だ。


 いや、これこそが女神教内での彼の本当の姿なのかもしれない。ティナとしては何だか知らない人を見ているようで少し物寂しい気持ちだ。


 するとメルディアスが不思議そうに首を傾げた。


 「おや、リオン。今日は友人を連れてきているのか?」


 珍しいな、と彼はリオンの背後をみている。直後リオンは今気がついたように後ろを振り返った。


 「ああ。彼女は薬師の――」

 「わっ、あの、私はリオン様の後輩でルカと申します!」


 「……!?」


 突然口をついて出た名前に自分でもビックリする。そしてリオンの視線が痛い。何言ってるんだという顔だ。


 けれど目の前にいるメルディアスだけはにこりと笑って「ルカ殿か。聖歌隊、頑張りなさい」といい去っていった。


 「…………」


 よ、良かった。やっぱり気づかれてない。ティナはホッと胸を撫で下ろす。


 あの人とこうして言葉を交わすのは王宮で開かれたウィリアム殿下の誕生祝賀会以来だ。


 その時はソルソフィアに施された認識阻害の魔術により、ティナの顔は明らかになっていない。そして名も印象に残っていないはずだ。


 それでもクラヴィスの婚約者ということは知られている。名など再度調べればわかることだ。


 だから本当の名は出さない方がいい。


 「……まぁ、知られた所で姉さまが怒るだけなんだけどね」


 小さく息を吐き隣をみるとリオンが何かを言いたげにこちらを見ている。どこか不機嫌そうな雰囲気だ。


 「全く焦った。いきなり瑠夏とかいって」

 「……ごめんなさい」


 「まぁ事情はあとで聞く。とりあえずコレ早急に書き直してくれ。提出し直さないと」


 え、と顔を上げると彼の手に紙片が現れた。みるとこの間、出した必要事項を明記した書類がそこにある。


 思わず感嘆の声がもれた。


 「すごい、リオン」

 「この前受け取った時、しるしを付けておいたんだ。こうしておけばいつでも魔術で転移させ、書類を確認することができる」


 さらに新しい用紙と鞄からペンも出し貸してくれる。とにかく準備がいい。さすがだ。私は急いでそこにルカと記入する。


 そしてはた、と手が止まった。それをみたリオンがふっと笑う。


 「ファミリーネームは何でもいい。実際ここの参加者は偽名の者もいる。身分証の提示も特に必要ないし、意外と大雑把なんだ」

 「そうなの?」


 知らなかった。


 それならと私はルカ・ロータスと書き直す。この瞬間、適当に思いついた名だ。


 再び書類を受け取った彼はそれを確認し頷くと「ちょっと提出してくる」といって祭壇横の扉の向こうに消えていった。


 リオンを待つ間、椅子に腰掛けぐるりと辺りを見渡す。やっぱり全体的に男性が多い。子供や大人様々だ。


 そうしているうちに白いローブ姿の男が来て、綺麗に畳んだ長衣を渡してきた。真っ白な生地に赤いリボン。これが聖歌隊用の衣装だ。


 「当日はこれを着て参加する。練習時はいつもの服装でかまわない」


 いつの間にか戻ってきたリオンが衣装について気をつけることを教えてくれる。


 「あとこれも、」


 ほいと渡された冊子を受け取る。これには聖歌の歌詞が書かれていた。合唱はソプラノ、アルト、テナー、バスに分かれ各パートで歌う。全員で歌う斉唱もあった。


 「今日はパート分けをして歌える者のみで合唱する。まず瑠夏ちゃんは聞いて覚えないとね」

 「うん、」


 瑠夏ちゃん。リオンが昔、遼だった頃よく呼ばれた名だ。懐かしい。


 聖歌は昔、実家のルーン領にある小さな教会で歌ったことがある。けれどそれは皆で歌う斉唱。各パートに分かれて歌うのは初めて。


 ふとパイプオルガンの置かれている所に目をやると奏者が演奏する準備をしていた。白いローブの男が担当パートを振り分け始めている。


 リオンがその姿を眺めながら口を開く。


 「ここにいる半数は毎年参加している者達なんだ。パートも大体決まっているし」

 「経験者がいる。それなら安心ね」


 ちなみに彼は男声の中で最も低い音域を担当するらしい。


 経験者と未経験者が分けられ、それぞれ発声練習を行う。ティナはソプラノになった。


 発声練習の後、経験者のみで歌う聖歌を聴かせてくれる。女神を讃える歌から始まる、どれも素晴らしい合唱。


 ステンドグラス調の窓に光が差し込め、彼らを祝福するように美しく照らす。それが原因なのか、音に呼応しキラキラと辺りに光の粒子が舞う。


 まるで女神が喜んでいるよう。


 ふとそう思った。


 そしてパイプオルガンの音がやみ、聖歌が終わった。今日は大した練習はなくこれにて終了。


 あとは自宅でそれぞれ個人で練習するようにとの事だった。おそらく歌い慣れている経験者がいるから平気なのだ。


 彼らがいるから司祭達はそこまでティナ達に教え込まなくても良いと考えているのだろう。


 歌い終えたリオンがこちらへ戻ってきた。


 「これが聖歌。何となくわかった?」

 「うん。それにしてもリオン。人前に出ても全然物怖じしないのね。すごかったわ」


 「まぁね。子供の頃から何度も歌ってるし。……いつもの事だから」


 そんなふうに小さく言い、彼は瞳を逸らした。ちょっと照れている。そんな気がした。


 

 練習が終わりリオンと分かれ家に戻る。


 廊下をすすみ居間を覗くと美味しそうな匂いが漂ってきた。


 今日はクラヴィスはお休みの日。特に用事もないのでゆっくりすると言っていたけれど。


 台所に行くと予想通り彼の姿があった。何かを作っているようだ。


 気配に気づいていたのか、クラヴィスがちらりと振り向き微笑んできた。ティナは背後に寄り、そっとその手元をみる。


 「お帰りティナ」

 「ただいま。何を作っているの?」


 まな板の上に葉物野菜やベーコン、焼いた卵を挟んだパンがあった。鍋にはスープ。見た瞬間、ティナのお腹がクゥと鳴った。


 「わわ、今のは……」

 「その様子だと昼食はまだなんだろう。準備ができたから一緒に食べよう」


 お腹を押さえて頬を赤くするティナをみてクラヴィスはクスッと笑う。


 「て、手伝うわね。お皿はこれでいい?」

 「ああ、頼む」


 そうして皿にサンドイッチと器にスープをよそい、二人でランチをする。


 食べ終わり居間で休みながら、教会での出来事を彼に話して聞かせた。聖歌隊の衣装や聖歌の楽譜を見せていたら、彼がふとピアノに魔法をかけた。


 鍵盤がまるで生きているかのように動き出す。とても美しい音色。これは聖歌の曲だ。


 「すごい。これなら家でも練習できそう」


 練習のない日は家で個人練習するようにと言われている。音があるのと無いのでは全然違う。これは助かる。


 音に合わせて歌ってみようとしたら、急にピアノの音がピタリと止んだ。クラヴィスが魔法を使うのを止めたのだ。


 「……ラヴィ?」

 「ティナも魔法を使ってピアノを弾いてみるといい」


 「えっ、私が?」


 やってごらんと勧められる通りにピアノに魔法をかけてみる。けれどそこから発せられる音は驚くほど(いびつ)な旋律だった。


 自分でもちょっと引いた。


 「…………」


 クラヴィスの顔をみると肩を揺らして笑っている。


 いや彼の魔法のかけ方が上手なのだ。前々からわかってはいたが、彼は本当に繊細で丁寧に魔術を操る。

 

 だがティナの方は比較的大雑把だ。単調な魔法ならともかく細かさを要求されるものは苦手。中でも芸術方面の技術は皆無。


 ラヴィならきっと遠くから魔法で針に糸を通すことも一回で出来そう。


 うむむと色々考えていたら、クラヴィスが瞳を和らげこちらを見ていた。


 「歌は?それならきっと大丈夫だろう」


 再びピアノに魔法をかけてくれる。美しい旋律が部屋中を満たした。


 さあ練習だ、と彼はティナの隣に座る。どうやら今日は午後から歌の練習に付き合ってくれるつもりらしい。


 さっきのピアノの件もあるし自信はないけど。おずおずと彼の顔をみる。


 「ありがとうラヴィ。付き合ってくれるの?」

 「ああ。……お手柔らかに」


 聖歌なら彼も少しはわかるようだ。


 どうか音痴じゃありませんように。ティナはそう祈りながら、クラヴィスと一緒に歌詞を見ながら歌いあった。


 


 

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