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9.お嬢様は根性で這い上がる気満々です。

規則正しい目覚ましの電子音に、

シャルロットは目を覚ます。


「お目覚めですか? シャルロット様」


その気配を感じとって、メイド頭がにこやかにシャルロットに話しかける。


「それではこちらでお仕度をいたしましょうか」


手を引かれて連れていかれるのは、寝室の奥にある衣装部屋だ。


「こちらのワンピースにいたしましょうか?」

「あら、でもそれだと少し地味ではなくて? 

 こちらの方がシャルロット様の華やかさを引き立てるわ」


シャルロットに宛がわれたメイドたちが、嬉々としてシャルロットを着飾らせようと

腕を鳴らすが、


「あっ、いえ、こちらでお願いします。

 っていうかどうぞお構いなく」


そう言ってシャルロットが手に取ったのは、

昨日アルバートが当てつけに自分に手渡したクラウディア家仕様のお仕着せだ。


「シャルロット様???」


メイドたちが驚愕の表情を浮かべるが、

当のシャルロットは鼻歌を歌いながらお仕着せを着用する。


濃紺のワンピースにレースのヘッドドレス、

それとおそろいのレースをたっぷり使った白のエプロン仕様だ。


◇◇◇

前略お父様、わたくしシャルロットは、

本日付けてこのクラウディア家の使用人となります。


お父様はアルバートとの婚約を拒んだわたくしに、おっしゃいましたわよね、


『だったら、自分の運命は自分で切り開きなさい』と。


ですが婚約を破棄するにも、違約金というものが発生するのです。

本当に世知辛い世の中ですね、

この国を三等分する規模の力を持つ、

クラウディア家に支払う金額は、結構天文学的な数字になるでしょう。


ちなみにその違約金を支払うまでは、どうやら婚約破棄はできないそうなのです。


ですがわたくしは、商業王、オーリス・アルドレッドの娘です。

こんなことでへこたれたりはいたしません。


見ていてください、必ずや根性で這い上がってみせます。

◇◇◇

シャルロットは決意も新たに、きつく拳を握りしめる。


そんなお仕着せ仕様の自身の姿を鏡に映すと、

シャルロットはこほんと一つ咳ばらいをする。


実はちょっぴり、このお仕着せというやつに憧れていたのだ。


『お嬢様、おしとやかになさいませ。お召し物が汚れます』


教育係にそんな小言を言われ続けて幾年月。

シャルロットは今、ようやくその重い枷を脱いだのだ。


(アレを実行に移すのは今しかない!)


シャルロットの眼差しが鈍い光を帯びる。


ターゲットは屋敷の中央階段だ。


『アレ』とはシャルロットが密かに憧れてやまない、

ひと昔前の少女漫画で、活発な使用人の女の子がシャーッと

鮮やかに階段の手すりを滑り降りる、あのシチュエーションだ。


シャルロットは二階の主寝室の前に位置する手すりに腰をかけて

勢いよく滑り降りる。


「きゃああああああ! シャルロット様」


メイドたちが金切り声を上げ、


シャルロットが白目をむく。


どうやら勢いがつきすぎて、制御不能となってしまったらしい。

とんでもないスピードである。


(これ、あかんヤツや)


シャルロットは奇妙な浮遊感を感じる。

一階の手すりを通り過ぎて宙に投げ出されたのだ。


(うわ~これ、玄関の扉に顔面強打コースじゃん!)


脳裏にスローモーションでクラウディア家の内装が

映り込む。

 

(グッバイ! わたくしの人生)


シャルロットが固く目を閉じると、

刹那、空中で何かに脇の下をガシっと掴まれる。


ぷら~ん。


(あれ? 痛くない)


先ほどとはまた違った浮遊感に、シャルロットは恐る恐る目を開ける。

ちょうど小さい子供が大人にされる、高い高いの状態である。


「おはよう! シャルロット」


目の前に魔王がいる。


「お……おはようございます。アルバート……坊ちゃま」


シャルロットの顔が恐怖にひきつる。


◇◇◇


「だから~ごめんなさい~、っていうかそんなに怒らないでよぅ。

 一度やってみたかったのよぅ。せっかくメイド服を着てみたわけだし、

 ひと昔前の少女漫画的なことを!」


シャルロットが軽く涙目で言い訳を並べるが、


「いますぐ脱げ! 命にかかわる」


アルバートの眼差しが、剣呑な光を帯びる。


「いいじゃん、別に、アルバートが助けてくれたじゃん」


シャルロットはお仕着せをきつく抑えて、断固脱衣拒否のポーズを取る。


()()()じゃない。どれだけ君を心配したと思ってるんだ。

 心臓が止まるかと思った」


アルバートがきつくシャルロットを抱きしめて、

その肩口で項垂れると、シャルロットの心拍数が無駄に上昇する。


「も……もうしません。や、約束するわ」


しどろもどろでシャルロットが、アルバートを突っぱねて距離を取る。

その顔はひどく赤面し、動きがぎこちない。


「じゃ……じゃあね」


アルバートの腕から逃れたシャルロットが脱兎のごとくその場を走り去った。


◇◇◇


シャルロットは屋敷の裏手に広がるクラウディア家所有の畑を見て回る。

庭師のトムが畑の野菜の手入れをしている。


ちなみに使用人相関図は昨日のうちに、メイド頭のアリスを通じて入手済だ。


「トムおじいさん、おはようございます」

「やあ、あんたがシャルロットお嬢様かい?」


トムが面白そうに、シャルロットを見た。


「ええ、仲良くしてください。ところでトムおじいさん、

 そのわきにどけてある小さなジャガイモは一体どうなさるおつもりですか?」


シャルロットが小首を傾げる。


「これかい? 当然廃棄するよ。

 天下のクラウディア家の食卓にこんな貧相なジャガイモは出せないんでな」


トムが肩をすくめて見せた。


「ええ? もったいない。

 こんなに新鮮で美味しそうなのに」


シャルロットが驚愕の表情を浮かべると、


「そりゃあ、わしが丹精込めて育てた野菜だからな、

 味は保証するぞ?」


トムが得意げに笑った。


「だったらこのお野菜をわたくしに分けていただけないかしら?

 美味しいスープにして、使用人の皆さんに振舞って差し上げたいの」


シャルロットが幸せそうに微笑む。


◇◇◇


シャルロットはトムから分けてもらった食材で、手早くスープを作り、

それをクラウディア家の料理長に味見してもらうと、


「おっ! マジでうまい。センスあるぞ! お嬢様」


料理長が驚きに目を見開く。


「本当ですか? ジェームスさん。嬉しいです」


厨房でシャルロットが使用人たちとキャッキャワイワイやっているのを、

遠目にアルバートが腕を組み、少し目を細めて見つめている。


「一体何を企んでいる? シャルロット・アルドレッド」

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