五、酒場
少し開きました。今後もノソノソと進みます。
大衆酒場《双龍の箱庭》――トロンの村の酒場の一つ。とある夫婦によって切り盛りされている。従業員はバイトが一人いるのみ。店内はカウンターが七席、テーブル席が四つと、そこまでの広さはないが、値段の安さに対して絶品の料理、給仕をする女性陣の人気の高さから、小さいながらも繁盛している。
「すみません。エリーゼです。失礼します!」
酒場にたどり着くと、裏口からノックをして、ドアを開ける。声を掛けると、すぐさま中から溌剌とした返事が返ってきた。
「エリーじゃない!帰ってきてたのね……って、その子何!?可愛いー!」
通路の奥から姿を現した妙齢の女性だ。切長の目に肩より上で切り揃えられた短い濡羽色の髪を持ち、どこか冷たい印象を与える。服装は華美な部分は見られない。細く引き締まった身体に沿うようにワンピースが纏われており、容姿とも相まって妖艶さを醸し出す。
イザベラの中ではエリーゼが最も綺麗な人だった。優しくて温かい光を纏っていて、美しさも可愛さも相まった大好きなお姉ちゃん、今まで見た人の中で一番であった。しかし、キラキラと眩しく刺すような美しさを持つニーナの雰囲気に、イザベラは綺麗……と思わず見とれてしまう。
美しく、妖艶で冷たい印象も与えるニーナであるが、性格はその正反対。茶目っ気たっぷりの天真爛漫な人柄だった。
エリーゼのにぴっまりと身体を寄せ、半分隠れるようにしてこちらを見つめているイザベラの姿を捉えると、凄い速度で詰め寄ってきた。
「あ、わわ……」
イザベラは顔を真っ赤にしてエリーゼの後ろに引っ込んでしまう。
「もう、ベラちゃんが困ってるので抑えて下さい。この子は……妹、ですかね。これから一緒に暮らすことになりました。それでご挨拶をと思いまして。」
「ベラちゃんって言うの?それに妹!?詳しくー!」
ニーナはエリーゼの制止も効かず、始めに見た時よりもさらにテンションを上げて詰め寄ってきた。しかし、矛先はエリーゼに移った為かイザベラの心に少し余裕ができる。エリーゼは詳細は後で話すことを伝え、イザベラをチラッと見る。
「あ、あの!私、イザベラです。えっと、は、初めまして。宜しくお願いします。」
今度こそ、その場で訂正出来た。緊張しながら、辿々しく話す愛らしい様子に、ニーナは瞳を煌めかせて思い切り、エリーゼは心の中でひっそりと、心が癒される。
「分かったわ、イザベラちゃんね。私はニーナ。この《双龍の箱庭》は、私と私の旦那でやっているの。エリーゼちゃんにも手伝ってもらってね。ま、そういう訳で、宜しくねー!そうだわ、あの人も呼んで来ようかしら。あなたー!」
ニーナは奥の厨房へと入っていった。台風が過ぎ去ったような感覚で、イザベラは口を閉じることも忘れてポカンとしている。
「ニーナさん、いつもはあそこまでテンション高い訳じゃないんだけどね……」
程なくして、エプロンを身につけた背の高い男性が背中を押されるようにしてやってきた。高いのは背だけではなく、鍛えられた身体を持ち、元々そこまで広くない通路が、更に狭くなった気がする。顔立ちもニーナ以上に鋭い上に傷跡もあり、接客に向いているものではない。
何度も抗議をする口や厳つい顔は、恐怖を招きそうなものだが、困ったような満更でもないような表情を浮かべているからか、怖さはあまり感じられない。
「いきなりなんだ、こら、押すな。」
口では反抗しても、行動にはまったく表れていない。もしこの光景を十人が見たら九人は旦那が尻に敷かれていると考えるだろう。それ程に一目瞭然な二人の関係性であった。
「おお、エリーゼか。よく帰ってきたな。ん、そちらの少女は誰だ?」
「こんにちは、アレクさん。ただいま戻りました。こっちは、これから一緒に暮らすことになった子です。」
「一緒に暮らす……?まあいい。アレクだ。宜しくな。お嬢さん、名前は?」
エリーゼの後ろから顔を覗かせているイザベラに歩み寄り、アレクが挨拶した。声をかけられたイザベラはビクッとしたが、姿をちゃんと現した。
「イ、イザベラです。こちらこそ宜しくお願いします。」
「ああ。もういいか。仕込みがあるから俺は戻るぞ。」
アレクは厨房へ去っていった。
「うふふ。あの人、きっつい目つきしてるでしょ。怖がらせちゃったかな?口数も多い方じゃないし。でも、それがまた素敵なのよね!」
ニーナは切長な目を更に細くなる様に上に吊り上げて、アレクの真似をしながら面白半分に言った。因みにもう半分は惚気である。
「ううん。ベラ、平気だよ。」
「あら、それなら良かったわ。そうそう、エリーゼ今後は店に入れそう?イザベラちゃんのこともあるから無理はしなくていいけれど。」
エリーゼは、普段はバイトとして《双龍の箱庭》の手伝いをしている。今までは何の気兼ねもなくしていたが、これからはイザベラもいる。今後どうしていくかも考えていかなければならない。
「今日は……ごめんなさい。後で客としてお邪魔しますね。明日からはどうしましょうか……。ベラちゃんを一人にする訳にもいきませんし……。」
「ベラ、一人でお留守番出来るよ。」
「「駄目!」」
イザベラから意見が出されたが、無理に決まっている。独りぼっちだったから引き取ったのに一人にしておく様な真似はしたくない。
「エリーが働いている間はうちに居てもらうのはどう?」
「そうして頂けると助かります。それでいきましょう。」
イザベラが遠慮することなど目に見えているので、何か言われる前にエリーゼは即決した。
「はーい。私としても可愛い子と一緒に居られるのは嬉しいしね。って、あらいけない。帳簿付けてる途中だったわ。私も戻るね。」
「はい。長々と引き止めてしまってすみません。後ほどまたお願いします。」
「お願いします。」
イザベラもエリーゼに習って挨拶をした。二人は酒場を出て、通りへ向かう。
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