第8話:戦場
「隊長! クロ隊長! おい、起きろ、クソ隊長!」
肩を揺さぶられて、俺は目を開いた。
別に寝ていたわけではないが、どうにも昔のことが思い出された。夢を見ていたという意味では、同じことかもしれない。
「起きているよ、ソマリ。そんなに揺らすな」
「あほか! 戦場で寝るんじゃねぇ!」
だから、寝ていないって。
「落ち着け、ソマリ。戦線は維持できている。こちらから攻める必要はない」
「何を弱気な!」
「無茶言うなよ。俺達の部隊の戦力じゃ、魔国軍の部隊を撃退できない。ここは、戦線を維持できれば御の字なんだよ。おまえもちゃんと休め」
「だぁ、くそ! 命令すんな!」
「一応、上官なんだけど」
土嚢に背中を預けたソマリは、ふんと鼻を鳴らして、頭に生えた猫耳がぴくりと跳ねた。赤毛の獣人女で、俺よりも二つ年上の兵士。剣の腕前は確かだが、気性が荒く、突っ走る傾向がある。
「無駄ですよ、ソマリ。この英雄様は慎重なんですから。命を賭けて功績をあげようなんて気概はありませんよ」
「無駄死にはご免なだけだ、ボンベイ。まぁ、あんたがご所望ならば、特攻させてやってもいいぜ」
「冗談ですよ、クロ隊長。本気にしないでください」
軽口を叩いたのは、ボンベイだった。背の高い男で、何かと皮肉を口にするものの、命令には忠実で重宝している。
ちなみに、ボンベイはこの場にはいない。彼は彼の持ち場から、通信魔法で俺に話しかけている。
この魔法はは、この世界に元からあったものだ。数人程度とチャットできる魔法で、戦場ではかなり役に立つ。ただ、誰にでもできるわけではなく、通信を維持する魔法使いが必要だが。
王国と魔国の境界にあるエドガー湿原。そこに突入してきた魔国軍に対しての防衛戦。
いくつかある戦線の一つに、俺の部隊は配置されていた。
基本的に国力は王国の方が上であり、さらに、地の利がある分、王国軍の方が有利といえる。
魔国という名の通り、かの国にいるのは、魔人である。異形の人種であり、人間からは嫌われている。
魔人だからといっても、単体ではさほど脅威にならない。魔力と身体能力が少し高い程度で、実際に、魔国自体は、王国よりも小さい国だ。
いや、小さかったという方が正確か。
それは、『祝福の日』以前、つまり、俺達がこの世界にやってくる以前の話だ。今では、魔国軍は、王国軍の脅威となっている。
たった半年で、魔国軍が急速に強化された。
その理由は、この銃撃音だ。
「チートか」
ぽつりと俺が零すと、横でソマリが悪態をついていた。
「くそっ、魔人の奴らは前から気に食わなかったが、あんな卑怯な魔法を使うなんて、本当にクズだよな! 正々堂々と戦えってんだ!」
あれは魔法じゃないけどな。
「こちらも砲撃魔法は使っているだろ。それに射程の長い武器を使うのは、戦争の常道だ」
まぁ、偉そうなことを言っても、実際の戦場なんて、この半年くらいの経験しかないんだけど。
サブカルに触れていたおかげで、聞きかじり程度にミリタリの知識を持っていた俺は、実戦で一つ一つを確認していた。
まぁ、使えた知識はほんの一握りだが。
何にしろ、俺は、すべての知識と思考を総動員しなければならない。この戦場を生き残るために。
銃撃音が小さくなり始めたのを契機に、俺は、姿勢を起こした。
「ラブル分隊、バリニーズ分隊は戦線を維持! ソマリ分隊は俺に続け! ボンベイ分隊は砲撃で援護しろ!」
「お、やっと出番かよ。待ちくたびれたぜ!」
ソマリが、のそりと立ち上がる。いや、立ち上がるのはやめろ。土嚢の意味がないだろ。
はぁ。
俺は一度ため息をついてから、タイミングを合わせて、土嚢を飛び越えた。
ちょうどである。
向かいの魔国軍も、こちらに走り込んできたのだ。
これは読んでいた。魔国軍が攻勢に出るタイミングで、銃声が弱まる傾向がある。そこを突いて、攻勢に出ようと考えていたのだ。攻勢に出た魔国軍の戦線の防御は薄くなる。
少しずれた地点をすれ違うつもりだった。
だけれども、実際には、どんぴしゃで魔国軍の突入の正面であった。
え? マジで?
うまくいかないな。
俺は、盾を前に出して、銃弾を弾き飛ばしながら直進した。
「俺の魔法は近くにいないと効果がないぞ! 俺から離れたらハチの巣だからな!」
「「「おう!!!」」」
駆け込んでくる魔国軍の兵士と激突する。
距離を詰めてしまえば、銃など関係ない。むしろお荷物だ。それは魔国軍も承知しているようで、突入してきた部隊は剣を手にしている。
俺は、正面の魔人を体当たりで吹き飛ばして、続いて、突入してきた敵を剣で斬り捨てた。
「気をつけろ! 英雄がいるぞ!」
魔国軍側から声があがる。
同時に、魔国軍の陣営から、何かが飛ばされてきた。
いや、跳んできた。
魔人である。
褐色の肌に、赤い瞳、頭に二本の角が生えており、異形といって過言でない。彼は、着地するや否や、その卑しい笑みを俺の方に向けた。
「久しぶりだな! クロくん!」
「ずいぶんな変わりようだな、トーイチロ」
見た目は変わってしまったが、そこに立つ彼は、クラスメイトの楠本豆一郎で間違いなかった。
七三に分けられた髪と、銀縁の眼鏡が魔人の風体にまったく似合っていなくて、俺は思わず笑った。




