第81話:友達を失った日
「ルミ、か?」
「クロ!? クロなの? 大丈夫!?」
「大丈夫、とは、言えないな」
「怪我したの? どこを? 死なないよね?」
「あぁ、たぶんな」
実際のところ、本当に生きのびられるかはわからない、というより、かなり難しい気がするけれど、ルミを安心させるために、俺は強がってみせた。
「ねぇ、どこにいるの? すぐに助けに行くから! 場所を教えて!」
「わるいが、俺もよくわからないんだ。森の中にいるんだが」
「……森の中、だけじゃ、わからないって。ねぇ、何か目印になるものはないの?」
「いや、わからないな」
「もう! あ、他の人はどうしたの? 部隊の人達は?」
「みんな、やられちまったよ。生き残ったのは、俺だけだ」
「そんな……、どうして、どうして、こんな大事なときに、近くにいないの? 役立たず!」
「……あいつらは、わるくない。俺のミスだ」
わるくない。俺の判断ミス。そして、運がわるかった。せめて月のない夜であれば、森の中で、獣人の彼らが有利だっただろう。勝てなくても、逃げることはできたかもしれない。
何にしろ、隊員は最善を尽くした。彼らを責める気はない。
「ソマリも死んじまったよ」
ソマリとルミが、ミスコンテストで言い争っていたのが思い出される。仲違いはしていたが、あのときはよかった。
ソマリが生きていたから。
また涙が零れた。
そのとき、俺はやっと気づいた。他の誰が死ぬよりも、ソマリが死んだことが悲しかった。何者にも変えがたい喪失感が、俺の胸を抉った。
俺にとって、ソマリは、そのくらい大事な人になっていた。
「くそっ……」
「クロ……」
気を落とす俺に、ルミが黙り込む。心配かけてはいけないと、何か言おうとしたとき、ごほっと咳き込んだ。
「クロ! クロ!? 大丈夫!?」
「あ、あぁ」
血が少し混じっている。もしかすると内臓が傷ついているのかもしれない。身体の状況は、ほとほと悪いらしい。
俺以上に、ルミが慌てていた。確かに、自分が傷つくよりも、近くで友人が傷ついているのを見る方が辛い。
「あぁ、どうしてクロまでこんなことに! あの女だけでよかったのに」
強がりでも何でもいいから、早く声をかけて、ルミを安心させてあげなくて――
え?
「ルミ、今、何て?」
「え?」
「どういうことだ?」
「え、え? あっ! いや、その」
「そんな……」
先ほどまでとは異なる意味で慌て始めるルミに、俺は次に発する言葉を失った。
いや、聞きたいことは明確だった。次の言葉も用意できた。けれども、ルミに尋ねることができなかった。
チートスキル寵愛。
運を操作する力。ルミの思う通りに確率が変動し、彼女の願い通りに世界が動く。
違和感があったわけではない。
『寵愛』とは、そういった不自然さを感じさせずに、事象を誘導させる力だ。だからこそ、思い起こせば、確率的に、出来過ぎていたのは確かで。
帝国の裏切りも、シグレの到来も、空の満月も、隊員の暴走も、それらすべては確率的でないにしても、確率的要素の蓄積だとしたら。
それこそが、運というもので。
それこそが、『寵愛』ではないだろうかと。
考えてしまう。
それは友を疑うということ。親友と位置づけた彼女を、問い詰めることになる。
だが、俺は真実を聞かなければならなかった。
「おまえがやったのか?」
「私じゃない!」
ルミは声を荒げた。
「私は何もしていない! ただ願っただけだもの。あの女がいなくなってしまえばいいって、ただ願っただけ。だいたいあの女がわるいのよ。下品な身体を使って、クロに近づいたりして!」
「どうして……」
「クロだってわるいんだから! アキトといつまでも喧嘩して! 私のことはほったらかしで、あんな獣人にうつつを抜かして! 私はこんな世界に来て怖かったんだよ! 心細かったんだよ! なのに、私のことなんて気にもかけないで、ソマリソマリって。あんな女のことを聞かされる私の身にもなってよ!」
「俺は、おまえのために……」
「だから、願ったの。あの女がいなくなればいいって。仕方ないじゃない。私にはどうすることもできないんだもの。私にできるのは願うことだけ。そうしたら、たまたま私の願った通りになっただけでしょ!」
俺は、おまえのために戦ってきたのに。
「俺の大事なものを、奪ったな」
「私はわるくない!」
「友達だと思っていたのに」
「私がいればそれでいいでしょ!」
「もう、おまえなんて、友達じゃない」
「どうして!? どうしてそんなこと言うの!?」
「わからないのか?」
「わからないよ! 私は、クロのために、クロと一緒にいるために、こんなにがんばっているのに! どうしてクロは、私から離れていこうとするの?」
息を切らすルミは、そこで一つため息をついた。
「もういいや」
そして、ルミは告げる。
「クロがそんなこと言うんなら、もういい。あのね、クロ、私ね、気づいたの。寵愛なんて不確かなチートスキルに頼る必要はない」
ルミは声を明るくして、はっきりと言った。
「世界征服すればいいんだよ」
明るい口調で、彼女は続ける。
「世界征服したら、女神様が何でも願いを叶えてくれるんでしょ。そこで願えばいいんだよ。女神様なら、ちゃんと願いを叶えてくれる。クロと一緒にいたいって願いを叶えてくれる。また、クロとアキトと私の三人で、前みたいに楽しい時間を過ごせる」
「おまえ、本気で言っているのか?」
「私のチートスキルを使えば、できると思うの。今まではどうでもよかったけれど、これからは勝つために使っていくから」
うふふ、とルミは笑った。
「もう、クロが死んじゃってもいいや。大丈夫。ゲームに勝ったら、女神様に生き返らせてもらうから。そうだよ。初めから、そうすればよかったんだ」
俺は、ルミの言葉を半分ほどしか理解できていなかった。もう聞きたくなかったというのもある。友人だと思っていた略奪者の言葉を聞いていたくなかった。
それ以上に、意識が遠のいていた。先ほどまで、なんとかして生きなくてはならないと思っていたが、その気力もどこかへ行ってしまった。
もう守るべき友人もいない。
王国に帰る理由もなくなった。
薄れゆく意識の中で、ルミは、まるで友達に話しかけるように、以前のように、かろやかに告げた。
「じゃあ、またね、クロ」
そこで魔法通信は切れた。
同時に、俺の意識も消えかかる。どうやら、血がちゃんと止まっていない。もっときつく縛らないと。
いや、もういいや。
ゆっくりと身体の温度が下がっていく。
眠気と、吐き気がやってきて、まわる視界の中で、俺は、ぼんやりと人の姿を見た。
「クロウくん?」
そこで、俺の意識は途絶えた。




