第79話:死別
「クロ隊長!」
弓矢で場を荒らしたところに、一人の隊員が飛び込んできた。彼女は、俺の身体を抱えると、一目散に離脱した。
「ソマリ!?」
「へへ、ひどい顔だな、クロ隊長」
ソマリと、数人の生き残リの隊員。彼女達は、もはや他のことを何も考えず、ただひたすら森の中を駆けた。
「生きていたのか?」
「死んでたまるかよ。まぁ、死にかけたけどな」
見れば、ソマリの軍服が血で染まっている。先の戦闘で、どこかやられたのだろう。今、動けているから問題ないのか?
それより。
「おい、俺は置いていけ!」
「まだそんなこと言ってんのか!」
「フルイデに俺を殺す気はない。おまえらさえ逃げられれば、まだチャンスはある」
「あんな奴の言うことを信じるつもりかよ!」
「今はそれしかない!」
「なんだよ。そんなこと言って、あたし達を裏切るつもりじゃねぇのか!」
「そんなわけないだろ! どうして俺の言うことを聞かないんだ!」
俺は、再びこみ上げてきた涙を呑み込んで、震える声を絞り出した。
「俺は、おまえに生きてほしいだけなんだ」
俺が必死になって伝えたというのに、ソマリは、おかしそうに笑った。
「奇遇だな。あたしもそうだよ。正直、今は作戦なんてどうでもいい。クロ隊長に生きてほしい」
思いは同じはずなのに、俺達の思考はすれ違う。その決定的なズレが、もはや後戻りを許してくれない。
いや、初めから後ろに道などなかった。この作戦を開始したときから、帝国との同盟を結んだと勘違いしたときから、この運命は決まっていた。
おそらく、俺がどんな選択をしても、こうして俺達は、望みのない逃走劇を繰り広げることになったのだろう。
ほんのひとときの希望の時は、悲鳴と共に終わりを迎えた。
「くそっ!」
ソマリが足を止める。
大鎌を一振りするだけで、数人の隊員を斬り殺し、刃についた血を振り払い、こつんと棒尻を地面におき、にこやかにこちらを見る吸血鬼。
「逃げるのは、無理かな」
シグレは、ふふと笑った。
舌打ちをしつつ、ソマリが吠える。
「化物女め!」
「あはは、化け物はそっちでしょ。って、そういえば、あたしも今は悪魔なんだっけ」
かる口を述べるシグレに、俺はなんとかコミュニケーションを図った。
「おい、シグレ! 逃げたことは謝る。俺はおまえらの仲間になる。だから、こいつらを殺さないでくれ!」
「あれ? さっき殺すって言ってなかった?」
「撤回する。全面的におまえに従う」
「変わり身、早っ!」
もういい。策略も何もない。今の俺にできるのは、完全に勝負から降りること。それ以外に生きのびる道はない。
「まぁ、もうどうでもいいんだけど」
「どうでもいい?」
「うん。もうフルイデは帰ったから」
「何?」
「私に任せるってさ。あいつも忙しいからね」
だから、とシグレは告げる。
「クロウは死ぬことに決まりました」
「なっ! 話が違うぞ!」
「仲間にしたいって言ったのはフルイデでしょ。私は、別にどっちでもよかったの」
でも、とシグレは続ける。
「クロウに会って考えが変わったわ。あなたは、今の内に殺しておいた方がよさそう」
大鎌を撫でるシグレを見て、俺は背筋を寒くする。
「この世界征服ゲームってさ、実際のところ、私やあなたみたいなランクの低いチートスキル持ちには有利だと思うの。だって、私達は、国が負けそうになったら、寝返ればいいじゃない? 最終的に勝ちそうな国のローランカーを殺して、チーム入りすれば勝ち。つまり、別に戦争にまじめに参加する必要はないの」
だから、とシグレが俺に目を向ける。
「クロウはローランカーだし、最後に私の敵になりそう。チートスキル的には大したことないけど、フルイデが一目置くような奴は、生かしておくと面倒だなと思ったの。だったら、今の内に殺しておいた方がよくない?」
平然と言ってのけるが、その圧倒的な力による恐怖は凄まじく、俺達は竦みあがった。
「あぁぁぁぁあ!」
隊員の何人かが、恐怖に耐えかねて、シグレに襲いかかる。
しかし、彼らの攻撃が通ることはなく、無情にも一振り、たった一振りで、彼らは肉塊となる。
さすがに、隊員は戦意を喪失させた。悲鳴をあげて逃亡する者、腰を抜かす者、一歩も動けずに立ち尽くす者。
いずれの動作も、シグレの一動作で絶たれる。誰も逃がすつもりはなく、誰も見逃すつもりもなく、誰も彼も生きて帰さない。
自然な成り行きなのだろう、隊員は全滅して、残るはソマリと俺だけとなった。
「頼む。俺はいい。だから、こいつだけは殺さないでくれ」
「その子、お気に入りなの?」
くすりと笑って、シグレが尋ねてくる。
「クロも隅に置けないわね。戦争しながら彼女なんて作っちゃって。ルミちゃんが泣いちゃうわよ」
うーん、とシグレは少し悩む仕草をした。
「やっぱりだめ。あとで復讐されたら嫌だし。うふふ、女の恨みは怖いんだよ」
もはや抗いようがない。ソマリも俺も怪我をしていて、十分に動けないし、仮に万全であっても、シグレに勝つことも、逃げることもできない。
気づけば、ソマリの身体が震えていた。この生意気で勇敢な女でも、死が目の前に来れば、さすがに怖いのだろう。
そんなソマリが、震える声で話しかけてきた。臨戦態勢を解いてしまって、既に声に覇気がない。
「なぁ、クロ隊長」
「何だ?」
「あたし達、死ぬよな」
「あぁ、そうだな」
「怖いな」
「怖い」
「『クリーミーママ』のクレープ、まだ全種食べてないんだよな」
「あの世で食えるさ」
「なぁ、クロ隊長」
ソマリは、俺を地面に降ろし、一つ息を吸ってから、にこりと微笑んだ。
「あたしさ、クロ隊長のこと――
その言葉を最後まで聞くことはできなかった。
ソマリの声は、大鎌の風切り音によってかき消され、同時にソマリの身体が二つに切り裂かれた。
「あ」
半身から血が噴き出す。
「あぁぁぁぁ」
彼女の頭部は転げ落ちる。そこに表情はない。見開かれた瞳と呆然と開かれた口。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
俺は、もはや何も考えられなかった。叫びは喉を割きそうで、怒りは脳を燃やしそうであった。
「あら、一緒に殺してあげようと思ったのに、手元が狂っちゃったかしら?」
飄々《ひょうひょう》と言うシグレがあまりに憎くて、俺は、折れた足を引き摺り、殴りかかった。
だが、そこで気づく。
俺の右腕がないことに。
先ほど、ソマリが斬られたときに、同じく斬られたらしい。
それがどうした!
と俺が、突撃しようとしたとき、ふと足から力が消えて、俺の身体は崩れ落ちた。
見れば左足がない。
顔を上げると、シグレの大鎌が禍々《まがまが》しい黒色を光らせながら、血を滴らせている。
最後に、シグレは告げた。
「じゃあね、クロウ」




