第76話:吸血鬼
やばい!
やばいやばいやばい!
やばさが俺の脳天に突き刺さる。
聞いてない。こんな報告を受けていない。前回の戦線と違い過ぎる。これだけ強ければもっと注目されたはずだ。
戦力を隠すのは常套手段。
俺だってそうする。なるべくこちらの手の内は見せたくない。魔国軍が、その戦略をとっていないなんて、どうして考えた?
シグレの力を量り間違えた。
だからって、こんな凄まじいチートスキルを持っていたなんて。
「エドガー湿原では、手を抜いていたのか?」
「ん? あぁ、なるほど。それで驚いているのね。別に手を抜いてなんかいなかったわ。あのときは、アキトに殺されかけた。本当に怖かったわ」
「どういうことだ?」
「私のチートスキルは吸血鬼って言うんだけど、ちょっと身体能力があがるだけの弱っちいやつなの。ランクもCだしさ。ただ、少しだけ特殊な能力があったの」
それは、とシグレは続ける。
「吸血能力」
シグレは、大鎌を撫でた。
「血を武器に吸わせることで、チートスキルが強化されるの。吸わせれば吸わせるだけね。ふふ、『吸血鬼』って名前の通りでしょ」
「それじゃ、おまえ……」
「ふふふ、がんばったのよ」
特に悪びれる様子もなく、シグレは笑った。
「殺せば殺すほど強くなれる。だから、殺した。殺して、殺して、殺してまわったわ。村から村へ、町から町へ。でも、よかったわ。この世界では、人を殺しても誰からも怒られないんだもの」
そんなわけないだろ!
と言いたいが、確かにこの世界では、ほとんど警察機構が働いていない。その町の荒くれ者が、治めているだけのところも多いだろう。
さらにいえば、シグレは英雄である。多少の粗相は見逃されるであろう。
しかし、これは……。
「良心が痛まないのか?」
「え?」
「いったいどれだけの人を殺したんだ? 力を得るために。たったそれだけのために」
「あはは、おかしなことを言うのね。クロだって、私を殺そうとしたじゃない。何が違うの?」
「それは……」
「それにさ、私、レベル上げってきらいじゃないのよね」
「は?」
「レベル上げよ。ゲームのレベル上げ。私はさ、ちゃんと最初にレベル上げして最強にしてから、先に進むの。そっちの方が楽に進めるし」
「ゲームじゃない。これは現実だぞ!?」
「え? 何言っているの?」
は?
「異世界なんだから同じようなものでしょ。どうせ、この戦争に勝ち残ったら、元の世界に戻るんだし。この世界の奴なんて、ゲームのノンプレイヤーキャラ(NPC)とどう違うの?」
本気で言っているのか、こいつ?
いや、言いたいことは、わかる。理屈の上では、そう解釈することも可能だろう。
だが、俺達は、この世界の人々と接している。
ゲームのNPCのように、同じ言葉を繰り返すだけではなく、一人一人が考え行動し、それぞれの暮らしを送っている。
この世界に触れて、なお、彼らのことをNPCと思えるなんて。
まともな精神状態とは思えない。
「狂ってる!」
「そう? 私から見れば、クロの方がおかしいけどね。この世界の奴らと仲良くなんかしてさ」
だめだ、考え方が違い過ぎる。
バカみたいに自分のチートスキルについて披露してくれたおかげで、その全容は知れた。嘘の可能性は、考慮しなくていいだろう。この状況で、嘘をつく意味がない。
そう、この圧倒的有利な状況で。
「まぁ、なんでもいいよ。そろそろ仕事しないと。ほら、久しぶりに知り合いに会うと長話しちゃうタイプじゃん、私って」
知らねぇよ。
知らねぇが、この後に起こる事態は予想できる。予想できてしまって、それでいて、ゾッとする。
「撤退! 撤退だ! できるだけ分散して逃げろ!」
「あはは。それ困る~」
俺が指示を出した次のとき、シグレの顔が目の前にあった。
鎌の棒尻で殴られるのを、咄嗟に剣で防ぐ。
しかし、力があまりに強く、足を引いて受け流す。
「へぇ、やるじゃん。でも」
シグレは続けざまに、鎌を振るって攻撃してくる。三撃目まではついていけたが、四撃目、俺はついに反応できず、胸を棒尻で思いっきり突かれた。
後ろに吹き飛ばされ、転がって、だが、なんとか受け身をとる。
すぐさま、顔をあげる。
が、そこにシグレの姿はない。
と思ったら、
「ごふっ!」
横から蹴り飛ばされた。
「あはは、やっぱりぜんぜんだめじゃん」
不意の攻撃に、俺は倒れ、息を吐く。早く立ち上がらなくては、と両足に力を加えたが、
「だーめ」
シグレに、背中を抑えつけられ、地面にめり込まされた。
「うーん、ちょっと元気過ぎるな、えい」
「ぐぁ!」
シグレは、何の躊躇もなく鎌の棒尻で、俺の足を折った。
「はい、確保。他の人達は、逃げてもいいよ。今日は、別に殺すことが目的じゃないし」
殺すことが目的じゃない?
確か、シグレは俺と話す場をつくると言っていた。とすると、俺の部隊を潰すことが目的じゃなくて、本当に俺だけが目的なのか。
ならば、部隊は逃げられる。
まだ俺が死んでいないことを考えれば、すぐに殺すつもりはないのだろう。部隊を逃がした後に、俺は隙をついて逃げる。
これが今のベスト。
「逃げるわけないだろうが!」
しかし、最悪なことに、部隊の連中は、俺の考えとはまったく逆の行動に出た。
「クロ隊長を置いて逃げるか、ボケ!」
「なめんな、こら!」
「刺し違えてでも殺してやる!」
ソマリ部隊の血の気の多い連中が吠えている。仲間を殺されたことで怒っているのだろう。それはわかる。しかし。
「やめろ! 今すぐ逃げろ! 命令に従え、ソマリ!」
俺は魔法通信で、ソマリに呼びかける。しかし、返ってきたのは、否定の意思。
『そいつはできねぇ。クロ隊長を置いていくなんて選択肢は、あたし達にはねぇよ』
「俺は大丈夫だ! だから逃げろ!」
『心配すんなって。ラブル分隊長も同じ意見だぜ。今、こっちに向かっている』
「勝手なことをするな!」
『こうしないとクロ隊長がやべぇだろうが!』
「俺はいいんだ!」
何でわからないんだ。
シグレの強さと動きは想定外。その時点で、現段階では何をしてもうまくいかない。
俺を切って、部隊を存続させるべき。
俺なんかを助ける必要はないのに!
『それは違いますよ、クロ隊長』
「ラブル、おまえまで」
『この部隊は、クロ隊長あってこそです。部隊のすべてを賭けてでも英雄クロを助けるべき』
「俺は!」
俺は、英雄なんかじゃ、ないのに。
シグレを取り囲むようにして、隊員が配置につく。確かに数の利は、こちらにある。だが、それでも。
「あら、逃げないの」
シグレは、にこりと笑った。
「じゃ、ボーナスステージ突入かな」




