第75話:想定瓦解
「何だ! あれは!?」
「何って、トーイチロでしょ。きもいよね」
「チートスキル? でも、トーイチロのチートスキルは、身体強化なんじゃ」
「誰から聞いたの、それ? あいつのチートスキルは超人。あぁやって大きくなる力よ。まぁ、その副産物として身体能力があがるかもしれないけど。って、これ、言っていいんだっけ?」
じゃ、俺が以前に戦場で見たのは、その副産物ということか。
確かに、他の部隊と連携して戦うには不便な力。大きくなるサイズを抑えたとしてもおかしくはない。
読み違えた!
こんな恐ろしいチートスキルだなんて!
いや。
いやいや、落ち着け。
確かに強力なチートスキルだ。
しかし、ただ大きいだけ。こちらにはアキトがいる。Sランクチートスキル聖刻剣士の攻撃力ならば、一撃で葬れる。
あんな巨体は、大きな的だ。
問題ない。
問題ないはず。
「いや」
アキトは、どこにいる?
思い出されるのは、先ほどの光。要塞から遠い地点で北に向かって放たれたアキトの斬撃。
最悪の事態として、アキトは、要塞前の戦場に参加していない。そして、参加できない状況にある。
とすれば、要塞前の戦況は一変する。
「くそっ!」
いったい何が起きているんだ!?
俺は、胸の内側で暴れまわる焦りと不安を必死に抑えつけ、むりやり思考をクリアに保とうとした。
今は、事態の把握が最優先。
そのためには、とにかく早く、目の前のシグレを処理しなければ。
「ラブル分隊長、こちらに兵を送れるか?」
『戻りが遅いので念のため、3割ほど残しています』
「よし。こちらに向かわせろ。ソマリ分隊、全員、戦闘準備。ここで、シグレを討ち取るぞ」
『そうこなくっちゃ』
俺は、魔法通信を通して、小声で指示を出し、ソマリ達を構えさせた。
少し、俺は油断していたようだ。戦場では、状況は刻々と変化していく。その変化を見逃していた。
事態は一刻を争う。
クラスメイトとはいえ、シグレの命を保証してやるような余裕はない。
「シグレ。もう一度聞くが引く気はないんだな? 俺達と殺し合いをするんだな?」
「殺し合いだなんて物騒ね」
シグレは、特に慌てることもなく、こくりと首を傾げた。明らかに、こちらの戦力をなめている。
確かに、俺のチートスキルは弱い。しかし、それはシグレとて同じこと。だとしたら、やはり、情報不足だろう。
俺達の力を見誤っている。
そこに勝機がある。
ラブル分隊からの援軍が俺達の位置を回り込んで、シグレの背後に位置づける。
こちらが配置を終えたとき、それを待っていたかのように、シグレが一歩前に出る。
同時に俺は告げる。
「戦闘開始!」
一斉に、ソマリ分隊の兵士が飛びかかる。
ほんの一瞬きの間に、兵士達は、シグレとの距離を詰める。獣人の脚力に加えて、俺のチートスキル装備強化でのバフ。
さらに、四方からの同時攻撃。不意で、この攻撃を避けられるはずがない。
はずが――
「え?」
結果からいえば、シグレは避けなかった。
時系列的にいえば、その事象が発生するよりも前に戦闘は終わった。
ソマリ分隊の兵士が踏み込み、あと一歩で間合いというところ。
そこで、彼らは消し飛んだ。
少なくとも俺の目には、そのように見えた。
シグレに対して踏み込んだ瞬間に、手にしていた大鎌を振るったのだ。
その仕草は、コマ送りの中で一人だけ動き出した幽霊のように淀みなく、ただ、シグレを軸として、円弧を描き、一薙ぎで、兵士を切り裂いた。
「嘘、だろ?」
報告と違う。
シグレの力は身体強化であって、一般の兵士を上回るが、数名で対処可能なレベル。
そう報告されていた。
前回の戦線では、本気を出していなかった? いや、ありえない話ではないが。
これでは、Sランクと言ってもおかしくは……
「殺し合いなんて、そんなことしない」
俺の混乱をよそに、シグレは鎌に身体を預けるようにして、ふふ、とかるく笑った。
「私が、あなた達を一方的に殺すの」




