第66話:イチランという男
「だから、あそこにおまえがいたのか、イチラン」
「何のことだ?」
「惚けるなよ。王女がお忍びで出歩いてるから、護衛でついてきていた。その途中で、俺達をみつけて、ちょっかいをかけてきた」
「ちょっかいだなんて人聞きがわるいな。おもしろそうな話をしていたから、火に油を注いだだけだよ」
「余計わるいよ」
舞台の撤収がなされる中、イチランは悪びれる様子もなく、へへと応じていた。
「で、すべて思惑通りかい。クロくん。ご注文通りにやったぜ」
「ソマリに石をぶつけろなんて言っていない。何だ、あれは?」
「いやぁ、俺は止めたつもりだったんだけどな。微妙に間に合わなかったみたいだ」
「ふざけるな。ソマリに何かあったら、どうするつもりだ?」
「誰にでもミスはあるでしょうよ。それに、ソマリちゃんは、元気だったじゃないの」
はぁ、こいつに何を言っても無駄か。
王都ミスグランプリに、ペルシヤ王女の乱入、それから、王女暗殺をもくろむ者達の闖入、最後にソマリと王女の和解。
ほとんど偶然の産物であるが、最後だけは、俺が仕組んだことだ。
本当であれば、イチランがいるのだから、狼藉者の攻撃など、王女にもソマリにも当たるはずがなかったのだ。
さらにいえば、アキトがいるのだから、すぐに討伐することができた。
しかし、それをさせなかった。
ソマリが身を挺して、狼藉者から王女を守る。そのエピソードがほしかった。
ことは思い通りに運んだ。最後に、ソマリが投石を受けるところ以外は。
「よかったな。お気に入りのソマリちゃんも、これで、差別されないだろ」
「そう、うまくもいかないな。元の世界でも、差別がなくなった例はない。有史以来1900年以上差別自体に気づかず、100年くらい前に気づいて、やっと薄れてきたところだ。こちらの世界でも、これから少しずつだよ」
「はぁ、気の長い話だな」
「まったくだ。俺達にとって歴史でも、その時間は確かにあった時間だからな」
そして、差別問題を解決することは、俺の仕事ではない。この国が機能不全に陥らない程度に、緩和されればそれでいい。
特に、ソマリへの態度が改善されるのならば、俺としてはもう十分といえた。
「で、どっちを選ぶんだよ」
「何の話だ?」
イチランがにやにやとしているので、俺は首を傾げてみせた。
「ルミちゃんとソマリちゃんだよ。あんまり、はぐらかしていると後が怖いぜ?」
「はぁ。ある意味、すごいな、イチランは。異世界に送られて、戦争しなくちゃいけないってときに、色恋の話だなんて」
「逆だよ。いつ死ぬかわからないんだから、今、めいっぱい恋愛しなくちゃ」
「俺には真似できないな。今は恋愛なんて考えられない」
それに。
「ルミはコスプレ友達だし、ソマリは部下だ。恋愛対象にはならないよ」
「何言ってんだよ。友達から恋愛に発展することなんて、よくあることだし、部下との恋愛なんて定番じゃん」
「数少ない友達を失うのは嫌だし、恋仲に命令は出せない。あいつらと恋愛することにメリットがないんだよ」
「メリット、デメリットじゃないだろ。デメリットしかないような、どうしようもない恋にだって、落ちるときは落ちるもんだぜ」
「そんな恋愛したことないな」
「枯れた人生送ってんね」
「おまえに比べればな」
イチランは、ハハと笑って、踵を返した。
「まぁ、時が来ればわかるさ。そのときは迷うなよ。なぁに、心配すんな。もう一人の方は、俺がもらってやるからよ」
それは、イチランならではの冗談だったのか、本気で言っているのか、俺にはわからなかったが、少なくとも本当にすげぇ奴だなと思った。




