第64話:茶番
群衆の中から飛び出てきたのは、一人、いや、二人、もしかしたら、もう一人くらいいるかもしれない。彼らは、フードを被っており、片手に剣を携え、ペルシヤ王女に一目散に向かっていった。
民衆から悲鳴があがった。
こんな堂々とした暗殺者もいないが、パッと見では、警備もいないし、舞台上には女ばかりで、絶好の機会に見えなくもない。
ただ、暗殺者は、ルミの話をよく聞いておくべきだった。
舞台上にいるニットワンピの獣人、彼女は、軍人なのである。
何の躊躇いもなく、もはや反射のように、ソマリは、ペルシヤ王女の前へと出た。
軍人としての動作が身体に染み込んでいるようであった。
ただ、丸腰である。
そのニットワンピに武器など仕込めるわけもなく、さらに、ヒールが動きを鈍らせていた。
「ちっ!」
舌打ちをして、ソマリは、ヒールを剥ぎ取った。そして、襲いかかってくるフード野郎の一人にヒールを投げつけた。
フード野郎が剣で、ヒールをはらったところを見逃さずに、ソマリは前に出て、その顔面に拳を食らわせた。
すぐさま、ソマリは身体を翻す。
もう一人のフード野郎が、王女の元に向かったからだ。
ソマリは、後ろから飛びかかる。だが、それは、フード野郎に察知され、剣を向けられる。
剣と素手ではリーチが違う。奇襲でもなければ、勝てやしない。
ソマリは、身体をすべらせるように動かし、フード野郎との位置関係を変え、王女の前に立つ。
その手練れた仕草に対して、フード野郎は、わかりやすく舌打ちをした。
「獣ふぜいが! 邪魔をするな!」
「ばーか。あたしは軍人なんだよ。見過ごせるか」
ソマリは、慣れた様子で挑発をかます。彼女は、この手の煽りスキルがやけに高い。まぁ、逆にあおられやすくもあるのだが。
フード野郎は、その挑発に乗っかって、声をあげながら、剣を振り上げた。
それこそ、ソマリが期待した軽率な行動。
ほぼ同時に、ソマリが前に出る。剣に臆することなく、間合いを詰めたのだ。
軌道の見える剣撃など避けることなど容易だ。振り下ろされた剣は、ソマリの身体のほん横をかすめた。
それでも止まらず、ソマリは一歩前へ踏み込む。
ソマリは、左足を起点にして、足を振り上げ、しなる竹のように鋭い蹴りを、フード野郎の頭に放った。
「おっしゃ!」
思わず、声をあげたソマリに対して、民衆は歓声で応えた。
「すげぇ!」
「王女様を守ったぞ!」
「ソマリ! ソマリ! ソマリ!」
鳴り止まないソマリコールに、ソマリは、荒くなった息のまま、呆然としていた。
どうやら、民衆に受け入れられたことに驚いているらしい。そりゃそうだろ。獣人が人間に認められるなんて、おそらく、この世界の有史以来なかったことだ。
その感動はわかるが、
「ソマリ! 油断するな!」
俺の声は、民衆の声にかき消されて届かず、代わりに、
ゴン!
ソマリの身体に石がぶつけられた。
一瞬のことで、民衆は息を呑んだ。その投石は、ペルシヤ王女に向けられたもの。気づいてさえいれば、もっとスマートに防げただろうが、反応の遅れたソマリは、自らの身体でペルシヤ王女をかばった。
「ぐおっ!」
鈍い悲鳴を漏らして、ソマリはその場に倒れ伏した。
さらにわるいことに、
「王女! ぶっ殺す!」
狼藉者が増えたのだ。この突発的に湧いた千載一遇のチャンスに便乗してきたのだろう。剣やこん棒をもった者がぞろぞろと現れる。
その数や10~15人。
舞台があっという間に戦場と化す。狙われているのは王女だけだが、戦闘能力のないルミも囲われており、二人して震えていた。
事態は最悪。
そう誰もが思い、舞台が整ったところで、俺は、ある者に視線を送る。
そいつは、ふんと鼻を鳴らして、しかし、俺の意図を察知して、すぐさま動く。
次の瞬間、事態は急変し、そして、終った。
「やれやれ、俺の前で王女様を襲うなんていい度胸だな」
「アキト様!」
舞台に竜巻が起こる。その直後、狼藉者は倒れ伏し、そして、アキトがにやりと笑って立っていた。
「英雄参上だ」




