第58話:毛糸
「これから寒くなるらしいからセーターか何かを作りたいよな。羊毛はわりと豊富だから糸には困らないんだが、色が少ないのが寂しいところだよ」
俺とルミは、中央通り沿いから、少し外れたところにある仕立て屋を訪れていた。
店は少し外れにあるのだが、貴族にも服を卸している名店である。何より、取り扱っている生地が多彩で、心躍らせた。
「私は、ピンクのかわいいのがいい」
「ねぇよ、そんな色」
「えー」
ぶぅと文句を垂れるルミを傍目に、俺は毛糸を選んだ。
多彩とはいっても、この異世界においては、生地の色も種類も圧倒的に少ない。そもそもポリエステルがないため、生地の表現手法は、かなり制限されるわけだ。
さらに、素材の生産も、製造も技術的に未熟で、生地自体の値段が高い。
つまるところ、この世界で、衣服にこだわるのは、贅沢な趣味というわけだ。それは、有名なデザイナーなんて登場しなくても、である。
「こっちに来ても、クロは変わらないね。また服作りばっかりしてる」
「そんなにやってないよ。時間がないからな」
「作ってもらえばいいのに。お金はたくさんもらえているんだし」
「好きなんだよ、作るのが。心が落ち着くというか、頭がすっきりするというか」
「ふーん。私も好きだよ、クロが服作っているのを見るの。なんか、出来上がっていくのが、おもしろい」
「そうかい」
実際に、ルミは、俺とアキトが服を作るのをよく見ていた。いったい何がそんなにおもしろいのかと不思議だったが、彼女が楽しんでいたのならばそれでいいのだろう。
「元の世界にいたいときも、こうやって、生地とか買いにきたよね」
「そうだな。金もなかったし、安いやつをどう仕入れるかを考えてた」
「そうそう。古着屋巡りとかしてさ。パッチワークみたいなの一回作ったよね。他のレイヤーさんから斬新だねって褒められた」
「あれは、ディスられてた気がするけどな」
「そんなことないよ」
ルミは、くすりと笑ってから、小さくため息をつく。
「いつも、アキトも一緒だったよね」
「あぁ、そんなこともあったな」
「今日も、誘ったんだけど、お姫様とデートなんだって」
「あいつは、お姫様のお気に入りだからな。能力も見た目も勇者ってかんじだし」
「元の世界でもモテてたもんね」
「顔がいいからな。まぁ、仮に暇だったとしても、俺と買い物なんてしないと思うぜ」
いや、俺の方も嫌だが。
「もう、元には戻らないのかな」
ルミがぼそりと零すので、俺は、心苦しいながらも事実を述べた。
「戻らないな。もう、あいつは友達じゃない」
「やめて。そんなはっきり言わないで」
「わるいのはあいつの方だ」
「あのときは、混乱していたのよ」
「あぁ、そうだ。窮地に陥った。そのとき、人の本性ってのは現れるもんだ。つまり、あいつはいざとなったら友達を裏切る、そういう奴ってことだ」
「みんな、そうだったじゃない。あのとき、みんなが能力を奪い合っていて」
「俺は、そんなことしなかった。ちゃんと、ルミとアキトと俺の三人で生き残ろうと考えた!」
「クロは、強いから。私達は、そんなに強くはなれないよ」
「強かったら、友達に裏切られて、ゴミスキルを押し付けられたりしてないよ」
もう少し強ければ、異世界で生き残っていくためのチートスキルを手放すような、愚かな真似はしなかった。
あれは、完全に俺の落ち度。
もっと強くならないといけない。この世界で、このゲームで、生き残っていくためには。
口を噤んだルミは、しばらくして、ぼそりと呟く。
「元の世界に戻れないのかな。元いた世界で、前みたいにみんなで仲良く過ごしたい。それって、そんなに、贅沢な望みなのかな」
それは、俺にもわからない。
何も変わらないでいてほしいなんていうのは、子供染みた妄想で、仮に元いた世界にいたとしても、高校を卒業して、疎遠になっていたかもしれない。それでも、友達としての関係は続いていただろうか。
元の世界に戻れたら、また、前のように仲のよかった三人に戻れるだろうか。
だが、それはゲームに勝利するということ。
勝利して、元いた世界に戻りたいと願うこと。さすれば、すべては元通りになるのかもしれない。
世界征服をすれば。
そして、それはクラスメイトを皆殺しにするということと同義である。
だからこそ、俺は、ルミの望みを、肯定することも、否定することもできず、ただ黙って、毛糸の質を確かめるふりをすることしかできなかった。




