第53話:いつかの球技大会のように
「この! 放せ!」
ヤスナリが、俺の腕を解こうとするが、カスミ龍の落下により、態勢が保てず、力がこもっていない。
拘束したまま、俺とヤスナリは落下する。
落下の速度は、どんどんあがっていく。地面に向かって、ノンストップだ。
その速度に、空戦部隊はついてこられない。あっという間に引き離された。
ヤスナリのチートスキル『飛行』について考えた。彼は自らだけでなく他の者にもその力を及ぼすことができる。ただ、その力の及ぶ範囲は限られている。それは、空戦部隊の固まった動きを見ればわかる。
では、チートスキルの範囲から外れたら、空戦部隊はどうなるのか。
自然の摂理に従うのだろう。つまり。
「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」」」
落下する。
今聞こえているのが、風を切る音なのか、それとも、空戦部隊の悲鳴なのか定かではない。ただ、このスリル満点の垂直落下型カスミコースターに、俺も叫びたい思いは一緒だった。
ヤスナリが、叫ぶ。
「死ぬ気か!?」
「おまえが話を聞かないからだろ!」
それに、
「龍が墜落死なんてするかよ!」
地面が眼前まで迫ったところで、カスミ龍は姿勢を反転させ、大きく翼を広げた。
凄まじい風の嵐が、大地に吹き荒れ、兵士が虫のように吹き飛ぶ。
『着地~』
気の抜けたカスミ龍の声を通信に流れる中、俺とヤスナリはついに彼女の背中から放り出されていた。
「ぬぉぉぉお!」
俺は、地面に叩きつけられた。武装強化していても体中痛いし、叫び過ぎて、肺の空気を全部吐き出した気分だ。
だが、なんとか生きている。
「ヤスナリは?」
俺は周囲を見まわした。放り出されたときに、ヤスナリの腕から手を放してしまった。もしかしたら、ヤスナリは、落ちる直前にチートスキルで飛んだかもしれない。
いや、とはいっても混乱状態であったし、咄嗟にチートスキルを使えたかどうか怪しい。
だとすれば、その辺りに落ちているはずだが。
そう考え、振り返った時。
頬を冷たい風が通り過ぎた。
視界の端に捉えたのは、鋼の槍。
続いて、頬を血が伝い、ぽとぽとと地面を赤く染めていた。
「また、外したな、ヤスナリ」
脈絡なく零してしまった言葉が、散らばったパズルの中から、いつぞやの球技大会をハイライトさせる。
そして、急速にパズルが組みあがり、現状をクリアにする。異世界、戦場、頬をかすめる槍、睨みつけてくる装備の破損した帝国兵。
その帝国兵の顔を、俺はよく知っていた。
「やってくれたな!」
兜を破損して、露わになったヤスナリは、俺をぎろりと睨みつけていた。飛行のチートスキルは使えなかったのだろう、装備は破損し、額からは血が流れ、右足を引きずっていた。
「くそっ! 王国兵め! ぶっ殺してやる!」
「まだ言ってんのかよ」
俺がよろりと立ち上がると、ヤスナリは近くに散らばっていた槍を一本、飛行のチートスキルで手元に寄せた。
俺は、というと。
やべ、剣は投げちまったからな。
とりあえず、ベルトに備えてあった短剣を引き抜く。この短剣で、あんなでかい槍をどうにかできると思えないが。
「なぁ、もうやめようぜ。やっぱ向いてねぇよ」
「うるさい! これは俺の任務なんだ! 王国兵を皆殺しにする!」
こんな頑なな奴だったかな。
異世界に来てから、変わっちまったのか。そうなっても仕方のない状況ではあるけれど。
おまえも、こんな簡単に、友達を見捨てるんだな。
俺は視線を外さずに、別の通信を受け、ラブルから地上の部隊の配置を確認する。
カスミ龍の落下で、ゾンビ兵とラブル分隊は、散り散りになってしまった。だが、ちょうど撤退していたソマリ隊が、俺の近くにいるらしい。
『クロ隊長が見える位置にいるぜ。そいつが大将首か?』
「そうだ。だが、まだ動くな、指示を待て」
『はぁ? 何だよ。手柄を独り占めするつもりか?』
そんなわけないだろ、と小声で応える。
できれば、ヤスナリを殺したくない。帝国の英雄を殺したとなれば、帝国との関係は最悪になる。帝国は、王国と同じく人間の支配する国。最も同盟を組みやすい相手である。
それに、ヤスナリはクラスメイトだったし、友達だった。
「これが最後だ。話を聞いてくれ、ヤスナリ。俺は、このゲームを最も被害の少ない形で終らせたいと思っている。俺とおまえが、協力すればできるはずだ」
「話し合いなど無駄だ! 俺はおまえらを殺す! それが俺の任務で、それ以外のことは、どうだっていい!」
ヤスナリは叫んで、槍を高く持ち上げ、振りかぶり、投擲の姿勢をとった。
「王国兵を殺す! 王国兵を殺す! 王国兵を――」
ほぼ同時に、俺は、ソマリに合図を送――
――ろうとしたが、やめた。
ヤスナリが動きを止めたからだ。突然、困惑の表情を浮かべて、それから、瞬きを二度三度とし、
「……クロ?」
驚いたように呟いた。
「クロ、だよな?」
「あぁそうだが、どうしたんだ、ヤスナリ?」
「俺、どうして、こんなところに……」
「おい、ヤスナリ、いったい何を――」
俺とヤスナリが共に混乱していた。何が起きている? 何が起こっていた? ヤスナリは何を言っている? 疑問だけが山積みになっている中で、その答えをヤスナリに聞くことは、もはやできない。
「何やってんだ! クロ!」
声と共に飛んできたのは、白銀の鎧を着こんだ一人の英雄。
アキト。
彼は現れると同時に、大剣を力の限り振った。
その一振りは、閃光となり、大地を抉り、ヤスナリの身体を呑み込み、そして、一瞬にして破砕した。
2020/12/30 誤字修正しました




