第5話:暴動
声の方向を見ると、一人のクラスメイトが倒れていた。
しばらくして、そのクラスメイトが、菊池歩夢だと気付く。いったい何があったのかと疑問に思ったのは、ほんのひと時で、その付近に立つ男が原因であることは明らかであった。
古射手伊月。
彼が、片方の拳から血を流しつつ、倒れた菊池を見下ろしていた。
殴って、倒した。その一連の過程は想像がつくけれど、この状況でそんな物騒なことをする理由は?
理由は、古射手のもう一方の手に握られていた。
チートスキルのフィギュア。
そのフィギュアの造形の豪華さを見るに、おそらく、俺の持っているフィギュアと同じ。つまり、S級のチートスキル。
ハイランクなチートスキルを手に入れた菊池から、そのチートスキルを力づくで強奪したわけだ。
今後、異世界で、ハイランクのチートスキルを持っていることは生存率をあげる。だから、俺もS級のチートスキルを手に入れて喜んだ。
とすれば、奪おうと思うのは自然。
しかし、思っても、普通、実際にやるか?
俺は、古射手という男をあまり知らない。沢照高校にはクラス替えがないので、もう1年以上の付き合いはあるが、彼と話したことは数えるほどしかないからだ。だが、相当いかれていることは間違いない。
「古射手! おまえ、何やっているんだ!」
声をあげたのは、豆一郎であった。彼の反応は正しい。俺も素直にそう思う。
だが、と不可思議そうに顔をあげる古射手を見て、俺は思う。
「おまえらこそ、事態を理解しているのか?」
今、正しいのはどちらだろう。
「このチートスキルで俺達の運命が決まるんだぞ。だったら、相手を殺してでもハイランクのものを奪っておくのが普通だろ。死にたいのか?」
言われて、俺は、現状の深刻さに気付く。いや、気づいていたつもりだったのだが、認識があまかった。
生きるか死ぬか。
その瀬戸際に立たされているという自覚。特に、ランクの低いチートスキルを手にした者にとっては、致命的だということを、俺はやっと理解した。
そして、気づいたのは、俺だけじゃない。
古射手が、フィギュアを口に入れて、豪快に噛み砕いたところで、事態は最悪の方向へと動いた。
暴動である。
ハイランクのチートスキルを得た者は慌ててフィギュアを口に投げ込んで、ローランクのチートスキルだった者は、それを阻止して力づくで奪おうとする。
古射手が実行したことによって、大義名分を得たと勘違いした。この場においての普通が塗り替えられた。
くそっ!
俺は、女神の方に向き直った。
「おい、くそ女神! さっさと止めろよ!」
「ん? どうして?」
「どうして? こんな泥仕合が見たかったわけじゃないだろ。あんたが、何を目的で異世界に俺達を送るのか知らないが、少なくともこんな子供の喧嘩じゃないはずだ!」
「んー、半分当たりで半分外れですかね。確かに、これは想定外に野蛮な行動ですけど、まぁ、これもこれでありかなと思いますよ」
「はぁ?」
「だって、これは、ただの遊びなんですもの」
遊びだって?
ふざけやがって!
だが、女神が頼りにならないことはわかった。
俺は迷う。
急いでフィギュアを呑み込むべきだろうか。食べきるまでにどのくらいかかる? それまでに誰かに邪魔されないか?
いや、それ以上に副作用がないかを確認したい。ちょうど古射手がフィギュアを食べたところだ。できれば、フィギュアを食べるのは、時間いっぱい待ってからにしたい。
だが、動かないのはまずい。
「おい、明人! チートスキルのランクはどうだった? 高かったか? 低かったか?」
「え? あ、正直、低かった」
「そうか、瑠美はどうだ?」
「私は、高いと思う」
よし、これで方針は固まった。
「俺達、三人でハイランクのチートスキルを一つ奪いにいく」
「「!?」」
「勘違いするなよ。別に奪えなくてもいい。とにかく、今、チートスキルを奪いに動かない者はハイランカーだと思われる。芝居でも、奪う動作をした方がいい。その過程で一つ奪えたら儲けものだ」
理解したかどうかわからないが、2人は首肯して応じた。
俺は、とりあえず近くにいるクラスメイトのもとへと向かった。思わず、そちらに走ったのは、咄嗟の判断だ。女子が地面に蹲っており、男子が思いっきり蹴りを入れていた。
やはり咄嗟に、俺は、その男子の横っ面をぶん殴った。
女子をいじめている男子への制裁。
この場でやる必要のない行動だが、元世界の常識が抜けきっていないらしい。そもそも、そんな簡単に抜けるわけもないが。
「おい、大丈夫か?」
「ひっ!」
女子、曾我部鈴は怯えていた。助けたのに、その態度は何だとも思ったが、彼女の反応の方が正しいと俺は気づく。
ここには敵しかいないのだ。
俺も、曾我部から、チートスキルを奪わなくてはならない。
彼女の手元に手を伸ばそうとして、俺は躊躇った。16年間培ってきた常識が、どうしても俺を引き止めるのだった。
迷っている時間はない。
5分後と言っていた、もう何分経った?
「恨むなよ」
仕方ないんだ、と自分に言い聞かせるように、俺は呟いて、彼女の肩をぐいと引いた。
そのとき。
不意の方向から、俺の横っ面に拳が直撃し、そのまま弾き飛ばされた。




