第45話:開戦
ハバラ高地。
背は低いが、広くなだらかなこぶのような地帯であり、帝国にまっすぐ向かうならば、ここを通らなくてはならない。
迂回路もあるが、この高地を制されていては、通ることは難しく、どうしても抑えておきたい場所である。
ハバラ高地を攻めるためには、斜面を登らなくてはならない。その際に、こちらの機動力は落ちるし、敵から見ればいい的だ。
この世界に銃はないが、魔法がある。魔法によって強化された矢は、鎧を貫通するし、命中率も高いため、高地から撃ちおろされたら、たまったものではない。
そこに突っ込むというのだから、まさしく自殺行為だ。
「だから、木の多いサイドから攻める。ボンベイ分隊は右の斜面を登り、敵部隊をかく乱する」
『はいはい、わかってますよ』
ボンベイが、魔法通信越しに、かろやかに答える。
ボンベイ分隊は、分隊長のボンベイの性格からか、バランスのよい兵士が多い。出過ぎず、引き過ぎずとった動きを必要とするこの役割にはぴったりだ。
とはいっても、これは奇襲だ。正面での動きも必要となる。
「ここは、俺と、ラブル分隊が引き受ける。まぁ、俺達は忍耐だな。しっかり盾を前にかざして、押し進んでいく」
『はい、クロ隊長』
ラブルは、端的に応じる。こんな死地だというのの落ち着いたものだ。
これは、陽動の陽動といったところ。
敵部隊の攻撃を、集中させておき、ボンベイ分隊の急襲で混乱させる。
『そんで、あたしらが奥の手ってことだな』
「あぁ、その通りだ」
ハバラ高地は、左側が急な崖となっている。ここを攻めてくることはないと、警備が薄くなりがちだ、と聞いた。
ゆえに、ソマリ分隊は、この崖を駆けのぼり、ボンベイ分隊の反対側から最後の奇襲をかけてガタガタにする。
「何度も言うが奇襲だからな。かき乱すだけ、かき乱したら、すぐに撤退しろ」
『わかっているって。大将首を持って帰ってやるよ』
本当にわかっているのか?
非常に不安だが、作戦は以上である。既に日が暮れているから、この戦線を一晩ほど維持しつつ、主力部隊の展開を待つ算段。
それまでに、帝国軍の主力部隊が到着すると、逆に俺達が包囲されて、木端微塵。
機動力の勝負となるが、そこは、王国軍に地の利があると踏んでいる。
「最後にバリニーズ。後方からの監視を任せたぞ。何かあればすぐに知らせてくれ」
『……了解』
まだ若いバリニーズはいささか緊張しているようだった。若いといっても俺よりもずいぶんと年上であるが。
さて、と俺は息を吐く。
「それから、もう一つ、シュナーザ部隊が陽動作戦に加わってくれた。作戦目標は同じだが、行動は別で進めることになる」
『ははは、諸君。くれぐれも我々の邪魔をしないでおくれよ』
うぜぇ。
魔法通信で話しかけてくるシュナーザは、ひどく腹の立つもの言いであったが、貴族はだいたいこのようなものだと、なんとか自分を落ち着かせた。
陽動任務を、クロ部隊が担うと決まってから、あわてて名乗りをあげてきたのだ。どうやら、獣人ばかりのクロ部隊に手柄を渡すのが惜しくなったらしい。
まぁ、正面から突っ込む兵士は多い方がいい。こちらの奇襲がうまくいく。
せいぜいおとりになってくれ。
いやいや、この考え方はよくないな。シュナーザ部隊も王国の人的資源であることに違いはない。できるだけ損失は避けた方がいい。
「まぁ、どうしようもないが」
通信に入らないように、俺はぽつりと零したが、あわてて口を閉ざした。弱音はだめだと、ラブルに言われたばかりだ。
ハバラ高地に続く斜面を俺達は昇っている。
ラブル分隊を引き連れて、正面に見える基地に向けて。
ハバラ高地に設置されている、王国軍の基地。今は占領されていて、帝国軍に使われている。
幸いなのは、帝国軍向けの防衛基地なので、王国側の守りの設備が薄い事。
急ごしらえで柵が立てられているが、攻略可能なレベルであり、それは敵部隊も理解しているだろう。
攻略されるかもしれない。
そう思わせ続けるのが、俺達の仕事だ。
「さぁ、作戦開始だ!」
「「「おー!!」」」
俺達の部隊が一斉に駆けだすと、基地からいっせいに矢が放たれた。
開戦である。




