第44話:弱音
「おそらく帝国と獣国の戦争が原因だろう」
俺は、推測を述べた。
「一ヵ月前に帝国は獣国に戦争をしかけた。あそこは常に戦争しているから、別に珍しくはないが、英雄が来てから最も大きな戦争だ。しかし、結果として、帝国は獣国を倒せないまま、撤退した」
王国の諜報員も先の戦争を視察に行っている。各国の戦力を確認するのと、英雄のチートスキルを調べるためであり、おそらく他の国も行っているだろう。
「今までならばまだしも、英雄が参加してからの戦争に勝てなかったとあれば、帝国国民の不満を大きいだろう。そうすると、政府としては、どこか勝てそうなところで、小さくてもいいから勝ちたいと考える。そうしないと国民の感情をコントロールできない」
ゆえに、ハバラ高地への侵攻。
「王国との戦争になるリスクを冒してでも、一つ勝利がほしかった。その作戦は成功して、ハバラ高地は奪われた」
だが、あまり利口な作戦とはいえない。はっきり言って短絡的で感情的。王国と獣国の両方を同時に敵にまわすなんて。
「王国が見逃すと思ったかもしれないが、そんなわけがない。確かに、王国は帝国と同盟を結ぼうとしているが、だからといって、ハバラ高地への侵攻を許したら、それこそ王国が国民の怒りを買う」
もはや、戦争は免れない。
「だから、短期決戦。機動力のある部隊で陽動をしかけて、周囲を大部隊で取り囲み、数で叩く。わかりやすいが効果的。その陽動を俺の部隊が担うわけだけど」
そこまで話して、俺は、大きくため息をつく。
「俺は、隊長には向いていないと思うんですよね」
ハバラ高地の非常にざっくりとした地図を広げつつ、つい弱音を吐いてしまった。
初めての大規模戦闘であることと、初めてのクロ部隊の戦闘であること、加えて、始めてのクラスメイトとの戦闘で、数え役満である。
さすがに心労が溜まっていたのかもしれない。
「私はそうは思いませんがね。クロ隊長は立派に職務をこなしていると思いますよ」
「ありがとう、ラブルさん」
クロ部隊分隊長のラブルである。獣人を採用した部隊をつくるとなったときに、人間側で志願してくれた数少ない兵士である。
部隊の中で最年長で、物腰がやわらかく、それでいて話をよく聞いてくれるので、獣人たちからも信頼が厚い。
俺も頼りにしており、こうして、作戦を練るときなどに、助力を仰いでいる。
「隊長は、ラブルさんがやればよかったんですよ。人望もあって、俺なんかよりもずっと適任です」
「買いかぶり過ぎですよ。英雄をさしおいて、私なんかが隊長をするわけにはいきません」
英雄。
この世界に転移してきた俺達のことを指す言葉で、やけに神聖視されている。
だが、実際には、チートスキルをもった、ただの高校生だ。絶対に勝てる安全圏からの作業ならば、まだしも、こんな一か八かの作戦に身を置けるほど図太くはない。
それも賭けるのは、俺の命だけじゃない。隊員の命も、だ。俺が招集して、訓練して、育てた隊員に命を賭けさせるのは、本当に憂鬱であった。
まぁ、そのために作ったんだけど。
「不安なんです。この作戦は、あまりに不確定要素が多い。失敗して、全員が死ぬことにならないか」
「不安のない者などいませんよ。私が隊長であったとしても、同じように感じていたでしょう」
そうだろうか。
この落ち着いた男であれば、卒なくこなしそうな気もするが。
ラブルは、ふふと目を細くして笑った。
「不安を感じる必要はありませんが、クロ隊長の言うことは正しいです。クロ隊長が判断を誤れば、全員が死にます。そのことを忘れないようにしてください」
「……肝に銘じますよ」
「それから、私に弱音を吐くのはかまいませんが、他の者にはやめた方がよろしいですね。上の者に自信がなければ、下の者が不安になります。クロ隊長には、どんな絶望的な状況でも胸を張っていただかないと」
「はぁ。わかってますよ。ラブルって、けっこうスパルタですよね」
「ご容赦ください。我々は、この命を預けている身ですので、クロ隊長には、それにふさわしい方であってほしいと思うのですよ」
ラブルは、少し間をおいて、顎髭を撫で、それから、またにこりと笑って告げた。
「この人の命令で死ぬのであれば仕方ないとね」
そう言われてしまっては、逃げることもできず、俺は、できるだけ、自信に満ちた顔をつくり、震える手を抑えた。
「任せてください」




