第37話:バミズ
想像していたよりも、バミズは、小柄な男であった。
いや、俺の想像の中のバミズが、筋肉隆々でけむくじゃらの、いかにもな感じだったから、それと違ったってことなんだけど。
見たところでは、理知的で、そこまで激情型といった様子はない。むしろ、他の連中の方がぴりぴりとしており、俺達の一挙手一投足に反応してくる。
「というわけで、このまま争いを続けると、王都の兵が援軍に来て、あたし達は全滅だ。だから、手打ちができるうちにしておいた方がいいって話だよ」
その中で、ソマリが、こんな雑な説得をするのだから、俺はひやひやとしていた。
オブラートに包まない率直なもの言い。確かに俺も同じような交渉方法で、ガプーラを説得した。だが、それは、相手の人柄を見ての判断だ。
こんな敵の陣地の真っただ中で、正面切って挑発するなんて自殺行為に他ならない。
ほら、周りの獣人たち、ガタガタしだしちゃったじゃん。目とか血走ってるじゃん。
当のバミズは、意外にも話を最後まで聞いていた。そして、しばし、考えに耽ってから、
「ソマリといったか? おまえ、その情報をどこで手に入れた?」
いきなり核心に踏み込んできた。
そりゃそうだ。こんな短絡的なものの考え方しかできないような女が、王国の情報など得られるわけもない。
どこから、情報を持ってきたのかと、疑問に思うのは自然なことだ。
「英雄が、うちに来たんだよ。英雄、わかるよな。ほら、祝福の日に降りて来た奴ら。そんで、ご丁寧に教えてくれた」
「なぜ、英雄が?」
「知らねぇよ。そんなこと」
あ、もう、言っちゃうんだ。
これはこれでよかったかもしれない。ソマリの話術は偽らないこと。すべて正直に話すことは、信用の獲得に繋がる。
「で、英雄様に唆されたおまえは、俺達に、人間に降伏して、これまで通り、奴隷を続けろと、そう言うわけだな」
だからといって、バミズからすれば、こんな話、到底受け入れられない。
これまでの自らの活動を間違っていたと認めることになるのだから。もしも、ここで敗北を認めれば、人間への制裁と言っていたこれまでの所業が、ただの殺戮だったとわかってしまう。殺戮の正当性を示すためには、自らが正義であると叫び続けるしかないのだ。
「嘆かわしいな、ソマリ」
「は? 何でそうなるんだよ」
「おまえを唆したのが、あの英雄もどき共なのか、それともそれを騙る何かなのかはわからないが、同胞が悪に染まってしまうとは」
「悪?」
「悪だろ。正義である俺達の活動を否定しようとするのだから。それは悪そのものだ」
自分達とは意見が違うから悪。
その考え方は、この世界にはびこる深刻な病気だ。彼の理論は、獣人の虐殺を正当化する王国とまったく同じ。
それを否定したかったんじゃないのか?
俺は、歯がゆい思いだった。
この虐げられた環境を変えようと思い立った男。ただ、チートスキルを与えられただけの俺達なんかではなく、彼の方がよっぽど英雄と呼ばれるべきだろう。
それなのに、というもの悲しさが、俺の中に渦巻いていた。
ここ数日、獣人差別問題に関わった俺でもそうなのだから、ソマリの落胆はすさまじいに違いない。
それでも、ソマリは、凛と立ち、しっかりとバミズを見返していた。
「あたし達は、あたし達なりに獣人のことを考えているんだ。それを悪と呼ぶんじゃねぇ」
「悪は悪だ。俺も、同胞に手をかけるのは、心苦しいが」
バミズは、意味を感じさせない軽やかさで、言葉を並べた。
「殺せ」
声がかかった途端、堰を切ったかのように、獣人たちが、立ち上がり、吠えだした。手には、剣やこん棒といった武器が握られ、俺達のことを血祭りにする気満々である。
獣人なら、その爪と牙で来いよ。
と、異世界出身の俺などは、素朴に思ったが、よくよく考えてみれば、武器を使った方が、効率がいい。
そんなことはどうでもよくて、ソマリの交渉は、予想通り失敗して、俺達は窮地に立たされている。
はぁ、と俺はため息をついた。
正直、少しだけ期待していた。バミズが、同胞であるソマリの忠告を受け入れて、穏やかに治まるというシナリオを。
そう、うまくはいかないか。
「サク。どうだ? いけそうか?」
「うん。たぶん。ぎりぎりいけると思う」
と、俺とサクが密談している最中に、ソマリに初撃が振り下ろされた。
不意の攻撃でありながら、ソマリは、軽やかに避ける。
「バミズ! このまま、全滅するまでやり合うつもりかよ!」
「全滅などしない! 滅ぶのは人間の方だ! 俺達には力がある! 人間などに支配されている今がおかしいんだ!」
その力が人間の魔法に制圧されたという歴史を彼は知らないのだろう。歴史を学ばなければ、人は何度でも愚かしい行いを繰り返す。だから歴史を学ぶのだと、これは誰の言葉だったか。
「獣人の勝利を信じない者は悪だ! ここで死ね!」
多勢に無勢、続けてやってくる攻撃に、ソマリはついに転んでしまった。
「死ね!」
振り下ろされる剣。
目を瞑り、叫ぶソマリ。
だが、その剣がソマリに届くことはなく、代わりに、バミズ一派に動揺の色が広まった。
なぜなら、
「そいつはだめだ。ちゃんと連れて帰る責任があるからな」
俺が、攻撃を制したからだ。




