第33話:獣人街の長
「汚いところで、申し訳ありませんね、英雄様。ここいらは、戦闘でほとんど壊されてしまいまして」
壊したのは、おおよそ獣人の方だと思うが、ガプーラは白々しく人間に責任を押し付けた。
「俺はクロ。こっちはサクだ。ここにはいないが、もう二人の英雄が、コラット領に来ている」
「それはそれは、光栄でございます」
どこまで本気で言っているのか。
ガプーラは、普通に信心深い信教者のようであった。それは、そうなのだろう。だが、ここに王国からの使いで英雄が来たとあれば、その理由はわかりそうなものだが。
俺の疑問をよそに、ガプーラは、指を組んだ。
「英雄様が、わし達の話を聞いてくださって、たいへん喜んでおります。わしは、信じておりました。人間が誤ることはあっても、主だけは誤りはしないと。その願いが、今、ここに成就しました。本当に、これほどうれしいことはありません」
ガプーラの声は震えていた。
泣き落とし?
この手の老人は、経験が豊富な分、平気で嘘をつくし、見分けのつかない演技をする。
だが、俺には、どうしても演技に見えなかった。
俺達は、本当に異世界から来た。彼女達からすれば、神から遣わされた者。自らの不遇を改めてくれる、紛れもない英雄。
だとすれば、救いだと思ってもおかしくない。
だから、俺は躊躇した。
これから、俺は、ガプーラの期待を裏切ることを言う。奇跡の力で救うことなどできないし、牧歌的な平和を説いている時間もないと。
現実的な解決方法を突きつけにきたのだと。
彼女からすれば、絶望的なもの言いになるかもしれない。それでも、言わなくてはならない。
俺は、目を一度閉じて、開いて、そして、思い切って、ガプーラに話した。
「単刀直入に言う。俺がここに来たのは、暴動を鎮圧するためだ。あなたが、この暴動の主犯だというのならば、今すぐやめさせて、王国に降伏しろ」
護衛の獣人達が、思わずといったふうに、剣をこちらに向けて、罵声を放った。
彼らの反応は当然だ。
ここまで熱狂した者達に、ただ頭ごなしにやめろといっても聞き入れるわけがない。だから、こうして、話の通じる相手に会いに来たのだから。
当のガプーラは、静かに目を閉じている。
「わしらを見捨てなさるのですか?」
「惨事を防ぐためだ。このまま暴動が激化すれば、王国は兵を送らざるを得ない。そうしたら、あなた達に勝ち目はない。想像を絶するほどに、大勢が死ぬことになる」
「先に手を出したのは、人間の方なのに?」
「獣人を私刑した兵士は、暴動の初期に殺されて晒されている。今続いている暴動は、ただの惰性だ。終わりどころを見失って、溜まった恨みを晴らしているだけに過ぎない。俺は、そこに大義を見出さない」
そんなことは、彼女達もわかっていただろう。しかし、俺に言われて、もはや揺るぎない事実となって、しかし、それでも、獣人たちは認められないようだった。
「あなた達が降伏することが、最も多くの命を救う手段だ。ただ安心してほしい。降伏後に、王国兵の略奪や暴行が起こらないように、俺達が働きかける」
俺が告げると、ガプーラは俯いた。
「それしか、ないのですね」
「あぁ」
ガプーラは、黙り込み、それから、ゆっくりと目を見開いた。
「わかりました。英雄様に従います」
逡巡は、おそらく目を瞑っていた時間以上に大きなものがあっただろう。それでも、命を優先してくれたことに、俺は感謝した。
「ありがとう。正直、あなたを説得するのが、いちばん難しいと思っていた」
俺が告げると、ガプーラは、ふふと小さく笑った。
「英雄様は、私達を信教者と呼んでくださいました」
「ん? それが何か?」
「普通の人間は、わし達のことを信教者と認めません。ですが、英雄様は、何の疑いもなく、わし達のことを信教者と呼んでくださった。それまで半信半疑でしたが、あのとき、はっきりと、わしは確信しました。英雄様は、まさしく神の国から降りてこられたのだと」
神の国か。
相手の信じる者を尊重するのは、俺達にとっては自然なこと。でも、彼らにとっては神の所業に思えるらしい。
彼女達が、どれだけ険しい世界で生きているのかをあらためて思い知らされる。
「あなた達が何を信じるかは、あなた達の自由だ。それを否定しないし、否定させない。それは、俺が保証しよう」
「ありがとうございます」
ガプーラの心の底から零れたような感謝の言葉に、俺は涙が出そうなのを必死に堪えた。




