第32話:ソマリ
時代錯誤にも程がある台詞に、俺は、少しくらっとした。
いや、異世界で時代も何もありやしないんだが、一昔前の番長じゃないんだからさ。
だが、わかりやすいのはいいことだ、と俺は考え直し、グローブをはめつつ、一歩前に出た。
「わかった。受けて立とう」
「へへ、そうこなくっちゃ」
「その代わり、俺が勝ったら、あんたらのリーダーのところへ連れていけ」
「そういうことは勝ってから言え!」
吠えつつ、ソマリは向かってきた。
その勢いを殺すことなく踏み込んで、右拳を俺の顔面めがけて繰り出してくる。
はやっ!
獣人は、魔法がほぼ使えない。その代わり身体能力が非常に高い。
とはいっても、ソマリの動きはずば抜けていた。身体能力に加えて、彼女の身のこなしが、速度をあげているのだろう。
俺は間一髪のところで、その拳を避ける。
続いてくる拳撃のラッシュを、俺はすれすれで避けていく。その際、俺は考えていない。
勘だ。
言ってしまえば、チートスキルである。俺のスキル、装備強化は、装備の力を引き出す。戦闘用の武器を持っていれば、戦闘能力事態があがるのだ。たとえば、戦闘用のグローブをつけていれば、それだけで戦闘能力が上がる。
身体能力が向上するだけでなく、戦闘スキルが上がるのだ。
武道の心得などはないが、このチートスキルのおかげで、どう動けば敵を倒せるかが、無意識レベルでインストールされる。
このスキルを最大限使えば、ソマリの動きに対応することなど容易だ。
「この!」
なかなか当たらないことに、ソマリは苛つき始めていた。
「もう諦めたらどうだ?」
「うっせぇ!」
「おまえも十分強いが、俺には勝てない」
「避けてるだけじゃねぇか!」
やれやれ。
どうしたものか、と俺が考えていると、突然、フッとソマリの身体の軸が横にぶれた。
違和感を覚えたのは一瞬で、次の瞬間、ソマリの頭の横から、強烈な蹴りが跳ね上がってきた。
「くらえ!」
おそらく鉄板が入っているだろう、そのブーツが凄まじい速度で、俺の頭部めがけて放たれる。
当たれば、頭蓋を木端微塵に砕くだろう。
「当たればの話だ」
俺の身体は、ソマリの初動に合わせて動いていた。足をスライドさせ、身体をスウェイさせて、ソマリの蹴りをかわす。
眼前を通過する足には、ひやひやとさせられたが、俺の身体は、すべるようにして、ソマリの背後をとった。
チートスキルによる直感に従えば、ここでソマリの首に手刀を放てば、彼女を撃沈させられる。だが、首は危ない。最悪死なすか、後遺症を残す恐れがある。
これから、交渉をするのだから、できれば遺恨を残したくはない。
だとすれば、と俺は瞬時に考え、別の行動に転じた。
ソマリの尻をぶっ叩いたのである。
「痛っ!」
ソマリの悲鳴と、バチンと小気味のいい音が同時に鳴り響いた。
それが、勝負の決着の合図となり、勢いで前に吹き飛ばされたソマリの負けで、俺の勝利が明らかとなった。
続いて、なぜか歓声があがった。
人気者と英雄の一対一。そりゃ盛り上がるのもわかるが、状況を考えるべきではないだろうか。
「うぉ! 英雄様が、ソマリの尻をぶっ叩いて倒したぞ!」
「すげぇ音だったな! ソマリの尻をぶっ叩いた音!」
「尻ぶっ叩き英雄だ!」
うん、その称号はいらない。
絶対に定着させるなよ。
俺がいささかイラっとしていると、ソマリが尻をさすりながら身体を起こした。
「てめぇ! 何しやがる!」
「おまえの尻をぶっ叩いた」
「やめろ! 言うな!」
「おまえが聞くからだろ」
「くっそぉ、恥かかせやがって!」
「おいおい、まだやるのか?」
「当たり前だ! てめぇの尻の皮を剥いでやる!」
なんて猟奇的なことを言うんだ。
しかし、これで勝敗は決したと思っていたのに、往生際のわるい奴だ。俺が、もう一発、尻におみまいしてやろうかと気合を入れいていると、勝負を止める声がかかった。
「やめないか、ソマリ」
声の主は、老婆であった。猫系の獣人で、やたらと線が細く、服がだぶついているが、腰が立っており、活発な印象を受ける。
「ばぁちゃん! でもさ!」
「どう見ても負けじゃろうが。恥の上塗りをするんじゃない」
老婆の言葉に、ソマリは渋々《しぶしぶ》と拳を収めた。それから、老婆は、俺の方に向き直って、指を胸の前で動かし、祈りの姿勢を示した。
「英雄様、非礼をお詫び致します。わしは、ガプーラ。こいつらのまとめ役でございます」




