第25話:またな
「ごもっともだな」
俺は、額に汗を浮かべた。クラスメイトにナイフを突きつけられれば、誰だって焦る。俺は、ウシノを落ち着かせるために話を振った。
「ウシノのスキルは、時間を止めるわけではないんだな」
「ん?」
「時間を止める場合、その中で動けるものはいない。こうやって話せたりもしないはずだ」
「ふーん。そうなのかもね」
「俺の体感時間を止めているのかと考えたが、そうでもない。倒れたテーブルや宙に浮いた水滴も止まっている。すべての物質が、その場に停止するといった類かとも思ったが、そうだとすると、俺はこの状態で血液が流れず、窒息死しているだろうから、それも違う」
「細かいこと考えるのね」
「だから、もっと概念的なスキルだな。ウシノが言った通り、ウシノが止めたいと思ったものが止まるスキル。そこで生じる矛盾は何かしらで補完される」
「魔法なんだから、そういうものなんじゃないの?」
「それでいて、その影響範囲は10m程度。動作が停止しているのは、このテラスだけだ。部屋の中の奴らは、普通に動いている」
「で? それが何? ここでウズラくんに『一時停止』の能力を見せたのは、逃がさないからなんだけど」
「いや、ここから得られる示唆は、光と音は止まらないんだということだ。パーティ会場で動く奴らの姿は見えるし、音も聞こえてくる。すべてが止まっているわけではない」
「……それが何?」
さすがにウシノが警戒の色を出し始めた。そのとき。
空に光が満ちた。
ドン!
続いて何かが破裂する音が響き、周囲一帯に恐怖をまき散らした。
「きゃっ! 何!?」
ウシノが短い悲鳴をあげる。
同時に、俺の身体の自由が戻っていることに気づいた。俺だけじゃない。周囲一帯の時間が動き出していた。
「ソマリ! 走るぞ!」
「え? 何が!?」
混乱するソマリに取り合うことなく、彼女の手を引いて、俺はパーティ会場の中へと駆け出した。
「あ! ちょっと、待ちなさい!」
ウシノの声が後ろに遠のいていく。
想定は当たった。一時停止のチートスキルは、ウシノの意識に依るものが大きい。そうすると、彼女の心を乱してやれば、解かれる可能性がある。
そして、ウシノのスキルへの対処法は一つ。逃げること。一時停止の効果範囲外まで逃げられれば、彼女の能力は怖くない。
ランクはBといったところか?
「なぁ、クロ隊長! 何があったんだよ!」
「話は後だ! 今は逃げるぞ!」
俺とウシノの会話は、ソマリには聞こえていなかったらしい。そういえば、俺だけ意識があったと言っていたな。
「逃げるって言ったって、周りは敵だらけだぞ!」
「わかっている!」
俺は、ソマリを連れて、パーティ会場を突っ切った。警備兵がテラスに集まっていたこともあり、パーティ会場を横切ることは容易だった。
だが、警備兵はここにいるのがすべてではないだろう。階段を下りて、建物から逃げ出すことは不可能。
パーティ会場を横切って、俺は反対側のバルコニーに出た。
「おい! どうするんだよ! 結局行き止まりだぞ!」
「いいんだ。ウシノから距離を置ければ」
「はぁ?」
「空中でもあいつのチートスキルの効果範囲にいたら停止させられちまうからな」
「空中? おいおい、まさか!」
ソマリは顔を青ざめさせた。
「ちょっと待ってくれよ。この高さじゃ自殺だぜ!?」
「つべこべ言うな!」
俺は、ソマリを引き寄せて、膝の後ろに手を添えてひょいと抱え上げた。ソマリは、驚いた様子で俺の首に捕まる。
バルコニーの手すりに飛び乗って、一度だけ後ろを振り返る。
「またな、ウシノ」
ウシノと目が合って、彼女の怯えたような顔が少し悲しかった。俺は、ウシノとそんなに仲が良かったわけじゃない。けれども、昔はもっと優しく笑う奴だったじゃないかと。
またな、という言葉に、この世界でポジティブな意味はない。それは、次の殺し合いを示唆する言葉だから。
それでも、クラスメイトにあったことで、あの頃の感覚を思い出した俺は、ついうっかりと、学校帰りのように口走ってしまった。
ウシノの返答を待つことなく、俺は、バルコニーから飛び降りた。




