第23話:獣国の英雄
パーティ会場の視線が、俺達の方に集まっていることは明らかであり、そのことに気づいたマイスキーは、混乱して、にわとりのようにきょろきょろとしていた。
「どういうことだ?」
マイスキーにはわからないだろうが、俺にはわかる。第一声を受けて、警備兵がテラスに集まってきた。
「マイスキー様、これはどういうことですか!?」
「それは、俺が聞きたい! いったい何の話だ? どこに王国の奴なんて――」
そこでマイスキーは、ハッと思い至ったらしく、すっと俺の方を見た。なので、俺は立ち上がって、大げさにため息をついた。
「バレてしまいましたか。これは困りましたね、マイスキー様」
「貴様、まさか」
「今日は、マイスキー様に頼まれていたものを渡しにきただけだったのですが、さすがにパーティに出るのはやり過ぎでしたね」
「頼まれた? いったい何を?」
「もうここまで来たら、ごまかせませんよ。マイスキー様に頼まれて用意したそのグラスですよ」
やっと事体に気づいたマイスキーは、慌ててしまっていたグラスを取り出した。
「こ、こ、これは! 貴様が、勝手に!」
「私を裏切るのですか? まぁ、この状況では、何を言っても無駄かと思いますが」
警備兵は、剣を抜いてこちらに向けている。どう考えても、問答が通じるような状況とは言えなかった。何も言えない木偶となったマイスキーは、頭を抱えていた。お気の毒ではあるが、まぁ、敵である以上仕方ない。
俺は、肩をかるくほぐす。
「さて、用事は済んだ。ソマリ、逃げるぞ」
「ほいさ」
横に座るマイスキーをはねのけるようにして、ソマリは立ち上がり、ぐいっと背伸びをしてみせた。
「動くな! ここから逃げられると思っているのか!?」
「もちろん」
警備兵の言葉に、俺は片頬をあげてみせる。
俺が、近くのテーブルを蹴り飛ばした瞬間に、警備兵が剣を振りかざした。
ほぼ同時に、俺は動き、そしてその警備兵の手元に掌底をあてた。剣を落とした警備兵を、俺は蹴り飛ばす。
「ソマリ!」
「おう!」
落とした剣を手に取り、ソマリに放り投げる。ソマリは受け取った剣を使って、斬りかかってきた警備兵を逆に斬り返した。
ソマリは、俺から渡された剣を手にした途端に速度が増し、ドレスをひらめかせながら、警備兵を次から次へと斬り倒していった。
「何だ!? その動きは!」
警備兵が驚愕の声をあげる。それもそのはずである。ソマリの動きは、明らかに常人のそれを凌駕している。
「これこれ! こういうわかりやすいのを待ってたんだよ!」
ずいぶんと鬱憤が溜まっていたようで、ソマリは、張り切って剣を振っていた。
「強すぎる。これではまるで……!」
言いかけた警備兵を、俺は蹴り飛ばした。
これはどうでもいい話だが、俺は、今、女装をしており、ドレスを着ている。ゆえに、蹴りを繰り出す度にスカートがぶわっと広がって、中が見えそうになる。
女装中のスカートの中というのは、はっきり言ってパンドラの箱であり、見ても見られてもたいへん困るものなのだが、残念ながら構っている暇がない。もしも、警備兵のみなさんにトラウマを植え付けてしまったら、本当にすまないと思う。
「おい、ソマリ! そろそろ――」
と俺は言いかけて、やめた。
いや、やめたのではなく、言えなかった。言葉はぶつ切りになり、俺の口はぴたりと動かなくなったのだ。
口だけではない。手も足も、身体の何もかもが動かない。いや、動かないのは俺だけではなかった。
周囲のすべてが停止している。
ソマリも、警備兵も、飲みかけのグラスも、倒れかけのテーブルも、まるで時間が止まったかのように、すべてが動きを止めている。
「まるで英雄じゃなくて、英雄よね」
そんな静止した空間の中で、一人、カツカツとヒールを鳴らして歩いてくる女がいた。
「まさか、女装して乗り込んでくるとは思わなったけれど。もともとそんな趣味があったのかしら、ウズラくん」
俺の苗字を呼ぶ彼女は、腰に手を当てて、垂れた耳をひょこりと揺らした。
牛野智子。
「まったく、大胆よね。まぁ、何を企んでいたのか知らないけれど、それは叶わないわ。だって、私が全部止めたから」




