第22話:誘惑
「ですから、僕は彼を諭してあげたわけですよ。ここで将軍と共に僕達と敵対すれば君は歴史に残る愚か者となるが、将軍を切って僕達につけば皆に感謝される英雄になれるとね。そうしたら、彼は簡単に首を縦に振ったよ。つまりだね、交渉とは狩りなんだよ。ただ追うだけじゃだめなんだ。しっかりと逃げ道を用意してやって、こちらの都合がいいところへ自ら動くように誘導しなくちゃ。そうでないと、無駄な労力をはらうことになる」
酒の力もあってか、マイスキーはやけに饒舌であった。
もともと話し好きなのか、こんな話をする機会がなくて飢えていたのかわからないが、上機嫌なのは俺にとって都合がよかった。
「本当に、すごいですわ。私などには思いもつかないことばかりですもの」
「ただ単に場数を踏んでいるだけですよ。あなたのように聡明な女性であれば、すぐに男など巧みに操れるようになるでしょう」
「そんな、私なんてただの小娘です。マイスキー様は特別に賢くて勇敢であることを自覚するべきですわ」
「ははは、何を言うんですか。今まさに、僕は君の手玉にとられていますよ」
「まぁ、お上手ですわね」
自分でも吐き気がするような、あまったるい露骨なよいしょだ。
だが、男を褒めるには露骨なくらいがちょうどいい、あいつらはバカだから、というコスプレ仲間のキャバクラ嬢の言葉を信じて俺は笑顔を続けた。
実際に、マイスキーは喜んでいる。
熱心に相槌を打つ俺に対して機嫌よく話を続け、片方の手で、隣に座るソマリの肩を擦っている。
ソマリは、今すぐそのいやらしい手を払いのけたいといった嫌悪に満ちた顔をしていたが、俺はなんとか堪えろと視線を送った。
しばらくして、マイスキーは酒もまわり、こちらのちょっとしたおかしさにも気づかない程度に頭がまわっていない様子となった。
俺は、満を持して話を展開させた。
「そういえば、マイスキー様にお渡ししたいものがあるのでした」
「僕に?」
俺は、手持ちのバッグから、紙包みを取り出して、マイスキーに渡した。
マイスキーは、怪訝そうにしながらも、紙包みを開いて、そして、ハッと顔を青ざめさせた。
「これを、どこから?」
「それは言えません。ただ、マイスキー様はお好きと聞きまして」
「確かに集めてはいるが、このグラスは王国の宝物だろ?」
マイスキーが周囲を見まわして、声をひそめる。だから、俺はにこりと笑みを返した。
「申し訳ありません。浅学ゆえ、どこの国のグラスかは、私にはわかりかねます。ただ、この一風変わった細工のグラスは、今、私の手元にあり、マイスキー様にお譲りしたいと申しています」
俺は一拍おいてから、マイスキーが手に取ったグラスに、そっと手を添える。
「まぁ、むりにとは言いません。マイスキー様のお眼鏡にかなわないのであれば、こちらは持ち帰らせていただきます」
「待て、ちょっと待ってくれ」
マイスキーは、グラスを強く握りしめ、そして酔いを醒まそうと頭を振っていた。
突然、目の前にふってわいたおいしい話。マイスキーはグラスの蒐集家だ。彼ならば、このグラスを理解するだろう。今、この場を逃したら、二度と手にすることはないだろうことも。
迷った末に、マイスキーは大きく息を吐いた。
「何が目的だ?」
「目的だなんて。私はただマイスキー様が喜ぶかと思いまして」
「小芝居はよせ。何か要求があって、こんな危ない橋を渡っているのだろう」
俺は、ふふと意味ありげに笑ってから、周囲をかるく見まわした。
「何もありませんよ。ただ、今後とも私共と懇意にしていただければと。これは挨拶代わりです」
「挨拶、ねぇ」
訝しんでいたマイスキーであったが、欲望の方に傾いたのか、ついに笑みをこぼした。
「ふふふ、私に近づきたくて、宝石だの女だのと貢物を持ってくる者は少なくないが、これほどのものを持ってきた者はいない。素晴らしいの一言だ」
「ありがとうございます」
マイスキーは、グラスの輝きを確かめたそうであったが、この場ではまずいと気づいてか、紙包みに戻し、大事そうにしまった。
そして、俺の方に、にやりと笑みを見せて、ソマリの肩をぐいと寄せた。
「ついでに、今晩、こちらの美人をいただいてもよろしいかな?」
「ふふ、さすがマイスキー様。抜け目ないですね。どうぞ、お好きになさってください。なんなら、私もお供致しますが?」
「いや、君はよそう。抱いたら、後が怖そうだ」
「あら、残念」
俺が、肩を竦めると、マイスキーは愉快そうに笑っていた。
一方で、勝手に処遇が決まってしまったソマリは、ゾッとしたような顔でこちらを睨んでいた。
いや、なりゆきでね。
うん、気持ちはわかるから、そんな目でこっち見るな。
ソマリの視線から逃げるように、俺は、もう一度、周囲を見まわした。パーティ会場は、ずいぶんと湧いており、文字通り宴も酣といった様子だ。
頃合いかな。
俺はバッグからリボンを取り出して、長い髪を後ろで束ね、きゅっと縛りあげた。
そのとき。
「王国の人間が紛れ込んでいるぞ!」
弓矢のように鋭い声が響き、パーティ会場は、一瞬にして静まり返った。




