第21話:媚を売る女
突然のマイスキーの到来で、ソマリはかなりテンパっていた。
「あんたが、じゃ、なかった。あなた様が、マイスキー様でございますですか?」
何だ、それ。
丁寧にしゃべろうとしているみたいだけど、ちょっとバカにしているみたいだぞ。
「えぇ、僕は、キーロビナ・マイスキーですよ、お嬢さん。何か御用ですか?」
「いえ、あの、その、用っていうか、なんていうか」
あ、だめだ、これ。
しゃべりはソマリに任せる算段であった。俺も見かけは女に寄せられるが、声までは難しい。頼んだときには任せろと大見得を切っていたんだけど。
たじたじじゃん。
仕方なし、俺は、心の中でため息をついてから、唾を一度呑み込んだ。
「マイスキー様、お目にかかれて光栄です。私は、クロエ。そして、こちらはソマリと申します。スピッツ様の紹介で参りました」
「あぁ、スピッツの紹介で来た娘達ですか。どうりで、かわいいと思いましたよ」
にこりとマイスキーが笑うのを見て、俺は内心でホッとする。どうやら、男だとはバレなかったようだ。
何だか、今日は、女声が出しやすい。自分でも驚くくらいだ。これならば、なんとかなりそうかな。
「実は、私達、マイスキー様を探していたんです。バラバラだった周辺諸国をまとめあげたのは、英雄達とされていますが、実際には、マイスキー様の手腕によるところが大きかったと聞き及んでおります。そのような立派な方と一度お話ししてみたいと思っていたんです」
「はは、買いかぶり過ぎですよ。僕は、調整役をしただけです。ただ、そう言っていただけるのはうれしいですね」
マイスキーは、満更でもないといった様子で頬をかいていた。
この手の偉い男たちは、褒められることに飢えている。特に、『祝福の日』以降、英雄に立場を奪われてから、彼らは飢えに飢えていた。
獣国に降り立った英雄たち、俺のクラスメイト達は、散り散りだった獣の国をまとめあげて、獣国連合政府を樹立し、他国との戦争に備えた。
それは、マイスキー達がやろうとしてできなかったことであり、一気に成し遂げた英雄達に賞賛の声があがった。
一方で、マイスキーが不満に思ってしまうのも自然な話だ。その賞賛は自分が受けるものだったのだから。
そこをうまくくすぐってやれば、気持ちよくしてやるのは簡単なことだ。
「私も商人の娘です。できれば、じっくりとその巧みな交渉術をお聞かせいただきたいですわ、ねぇ、ソマリ」
「え、あ、あぁ。そ、そうだ、ですわね、クロエちゃん」
ちゃん、はいらない。
マイスキーは、グラスのワインをくいと飲み干して、テーブルに置く。そして、顎に手を当てて、一度、ソマリの胸元をちらりと見てから、再びにこりと笑みを浮かべた。
「えぇ、いいですよ。シローチアの領主と取引した話などいかがですか。いや、あそこの料理の話の方がいいかな。とても、まずい鰐料理があったんですよ」
「うふふ、おもしろそうですね。でも、ここでは」
俺は、少し耳を抑えて、周りを見まわした。
「そうですね。ここは少し賑やか過ぎますね。もう少し静かなところに行きましょうか。奥のテラスは人が少なそうです」
よし。うまくいったみたいだ。
今の世界では、英雄に目がいきがちだ。ゆえに、こうやって英雄ではなく、一般人だけどおまえがすごいと言ってくれる女は重宝される。
さらに、ソマリは普通に美人だ。めかしこんで、迫られて、断る男はまずいない。
マイスキーにエスコートされて、俺はパーティ会場を横切った。ソマリは、マイスキーに腕を組まれている。なんとも表しがたい顔を浮かべるソマリであったが、俺が首を横に振ると、おとなしくマイスキーの腕につかまった。
意外と、うまくいきそうだ。
俺が、そう思って、少しワインの香りに当てられたときだった。
「おぉ、これはこれは、英雄様」
反射的に、俺はびくりと身体を震わせた。
英雄という言葉が、俺のことを指していないのはすぐにわかった。そして、それが、今回の作戦の最大の懸念事項であることも。
「あら、マイスキーさん。こんにちは」
立っていたのは、ドレスを着込んだ女子。短髪に垂れた白い耳と弧を描く角、ひょろりと伸びた尻尾、どう見ても獣人の彼女は、俺のクラスメイトで、獣国の英雄。
牛野智子。
そりゃいるわな。
運がよければ、クラスメイトが誰も参加していないこともあるかと思っていたが、さすがにそうはいかないらしい。
「そちらの方々は?」
「えぇ、スピッツの連れのようです。女性でありながら、外交に興味があるようでして、少しお話ししてあげようかと」
「外交、ですか」
牛野は明らかに軽蔑した視線をこちらに向けた。男に取り入るために、興味のない話にむりやり食いつき、媚を売る女。彼女の目には、そう映ったのかもしれない。
男であることを除けば、あながち間違っていない。
俺は、めいっぱい顔を背けて、マイスキーの後ろに身を隠した。
牛野は、ふーんとかるく鼻を鳴らして、別の者と話し始めた。一応、バレなかったようである。
さて、最後までバレずに乗り切れるか。




