第18話:オン・ザ・ベッド
不意の誘いに、俺が絶句していると、慌ててソマリが言葉を足した。
「ちょ、ちょ! 勘違いすんなよ! このベッド広いから、二人くらい寝られるって話で、エロい意味じゃないからな!」
「わ、わかってるつーの。はは、そんな勘違いするかよ」
「いや、今の間は、絶対、エロいこと考えてた。クロ隊長のスケベ! ヘンタイ!」
「おまえが紛らわしい言い方するからだろ」
「ほら! やっぱり、考えてたんだ。あ、あ、あたしが、クロ隊長を誘ったりするわけないだろ! ちょっと考えればわかるじゃん!」
「だ、か、ら、エロいことなんて考えてない。むしろ、寝相のわるいソマリと一緒に寝るのを躊躇っていたんだ」
「な! 何で、あたしの寝相を……、まさか、寝込みを襲おうと」
「遠征のときは雑魚寝だろうが。まぁ、ソマリは顔を蹴飛ばしてくるから、近くで誰も寝たがらなかったが」
「あれは、あたしが女だから気を遣ってくれているだけだろ」
「おまえの、その前向きさは貴重だな」
半分マジで、半分皮肉で。
どうしよう。ここで断ってしまうと、やっぱりエロいこと考えていたんだなと思われそうで癪だ。しかし、健全な男子として、女子と同じベッドに寝るというのは……。
迷いに迷ったところで、結局、俺はベッドで寝ることにした。
ベッドで一緒に寝て、何もなかった。
これこそが、最も紳士的な行動だと判断したからだ。本当にそうか? と疑問の余地は多分にあったが、俺はそれらの質問をくるりと風呂敷にくるんで心の押し入れに放り投げた。
俺が、その旨を伝えると、ソマリは少し黙って、そう、と告げた。
「じゃ、ちょっと待って。一応、ちゃんと身体を拭くから」
何の一応なんだ?
その後、俺も、一応、念のために身体をちゃんと拭いてから、ベッドに横になった。
確かにベッドは広かった。俺とソマリが並んで横になっても、苦にならない程度だ。お手頃価格な宿をとったつもりだが、当たりだったのかもしれない。
いささか固いが、地面と比べれば天国である。これはぐっすり眠れるかもしれない。
だが、隣にソマリが寝ていると思うと、まったく眠気はやってこなかった。
むしろ、心臓が早鐘を打っており、口から飛び出てくるのではないかと心配になるほどに。
俺は、ちらりとソマリの方に視線をやる。
部屋の明かりは消してあり、小さなランプだけが、頭上で揺れている。
その橙色の明かりにほんのりと照らされたソマリの顔は、天井を向いており、目はかるく開かれていた。
珍しく行儀よい格好で寝転がっており、息を吸うたびに胸元のタオルケットが上下した。
……何、見てんだ、俺。
寝る。
寝ればいいんだ。そうすれば、すべて解決する。何の問題もない。俺は寝つきがいい方だ。
「なぁ、クロ隊長」
俺が、睡魔を呼び寄せるために、羊を数えるという古めかしい呪文を唱えていたところ、ソマリがぽつりと話しかけてきた。
「何だよ。さっさと寝ろよ」
「あのさ。こんな機会、もうないかもしれないから、言うんだけどさ」
「何だよ。部隊への愚痴か?」
「そんなんじゃないよ。だいたい、愚痴だったらいつも言っているし」
「確かに」
ソマリは、しばらく黙ってから、震えた声で告げた。
「ありがと、な」
おそらく言い慣れていないからだろう。言ってから、ソマリはもぞもぞと足を動かしていた。
「あたし、なんかを使ってくれて。獣人だからさ、人間は敵で、王国では外れ者で、それが普通だったから。こんな生活が送れるなんて、少し前までは思ってもいなかったから」
「別に感謝される覚えはないよ。もともと獣人を活用しようという案は軍にあったし、俺はそれを推進しただけだ。獣人達の中で、いちばん信頼されていそうだったソマリを分隊長に起用した。つまり、ソマリが今の立場を得たのは、運と実力のおかげ。俺は何もしてないさ」
「そんなことないよ。クロ隊長達が来なかったら、あたしらは、ずっと日蔭者だった。街の隅で、怯えて暮らして、盗んで、奪って、身体売って、それが普通だったと思う」
戦場で、殺し合いするのとどっちがいいかわからないけれど、と思ったが、俺は言葉を呑み込んだ。
「正直、戦場では、もっとしゃきっとしてほしいっていうか、他の隊長みたく、かっこよく戦ってほしいってのはあるんだけど」
「わるかったな」
「まぁ、その辺りは、あたしもがっかりで、つい、いつも愚痴っちまうけどさ。でも、それでもさ」
ソマリは、身体を俺の方に倒して、その潤んで橙色に光る瞳を俺の方に向けた。
「あたしにとってさ、クロ隊長はちゃんと英雄だから」
ふふ、と恥ずかしそうに笑って、ソマリは俺の手の握って、より小さな声で呟いた。
「ありがと、クロ隊長」
……やばくね?
これ、何かあっちゃうやつだよね? いや、何かやっちゃっても仕方ないやつだよね!
女の子と一緒のベッドの上で寝ころんで、ちょっと弱いところを見せられて、手を握られて、あぁ、いつもつんけんしているけれど手はちっちゃくてやっぱり女の子なんだな、ってなったら、俺の中の男の子が、もう限界なのは仕方ないよね!?
何かの引力にひかれるように、いくら逆らっても、俺の身体はソマリの方に向かって転がった。
心臓の音が耳の奥で鳴る。
もう、だめだ!
理性が野生にはねのけられたとき、俺は、やっと、ソマリから聞こえてくる健やかな寝息に気づいた。
え?
俺の眼前で、まるで遊び疲れた少女のように、ソマリは、無防備な寝顔を晒していた。
「はぁ~」
よかったような、よくなかったような。
「そもそも二人とも寝たらだめじゃん。何のために、一部屋に泊まっているんだ」
俺は、根本的な問題に気づき、ソマリの頭をそっと撫でてから起き上がった。
それにしても。
「ありがとう、か」
感謝されることなんてない。それは、謙遜ではなく、事実だ。
この世界を、悪戯にかき乱すだけの、異世界の来訪者に感謝なんてすることない。そのことを、ソマリはわかっていないだろう。
わからないでいてくれたらなと、自分勝手ではあるが、俺は、つい、そう思ってしまった。




